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22.5 学園(見守り隊)

 俺は子爵家の長男ジャン。グランヴェール王立学園に通う1年生です。急に誰だって?まぁ聞いて下さいよ。



 学園の寮に住む生徒は全体の8割だ。あとの2割は学園と屋敷が近いため、馬車で通学している。

 まぁ寮に入った際は、王族以外は使用人や護衛を連れてくることはできない。クリーニングサービスがあるため、部屋の掃除や洗濯物は業者任せにはできるが、他は全て自分でやらなきゃいけない。

 男子生徒でもなれるまで寝癖直しに時間がかかる。これが大変なんですよ……



 つまり今まで全てを侍女任せで、ヘアセットやひとりで着替えをすることに不慣れな令嬢達の姿は残念なものだった。華やかにしようと挑戦した髪型は午後には崩れかけ、制服の指定リボンは曲がり、化粧も何度も直したのか濃くて怖い。


 他のクラスも同様で、1年男子生徒の嘆きが止まらない。


 俺も女子に夢を押し付ける訳じゃないんだ。

 不馴れだけど、失敗しながら頑張る姿はむしろ愛おしい。分かるだろ?

 

 でもな、彼女達はプライドもあって実家に帰り侍女に素直に教えも乞えず、なかなか上達しない。上級生の令嬢の美しさは、努力の美しさだと1年生はこの時知ったよ。



 入学式から1ヶ月たった頃、変化があった。クラスメイトの濃い茶髪の三つ編みの女の子で、目立たない大人しい平民セリアさんが動いたのだ。

 豪商の娘リリスさん以外と会話したところを見たことがなく、あまり表情に変化がない。そんな彼女がクラスで『ツンツン姫』と影のあだ名がつけられている令嬢に話しかけたのだ。



「あの、趣味でヘアアレンジをしているんです。綺麗な髪なので触らさせていただいても良いですか?」

「急になんですの?どうしてもと言うなら仕方ないけど、変にしたら承知しないわよ!」

「ありがとうございます」



 するとセリアさんはその場でへアセットを始めてしまう。男子はマナーとして教室から出ようとしたが、他の令嬢が興味をもってツンツン姫と彼女を囲うことで自然のバリケードができた。出ずに済んだため、男子は息を潜めて会話から様子をうかがう。

 囲いの中からは「なるほど」「知らなかったわ」という感嘆の声が聞こえ、まるで勉強会のようだった。


 次の日にはツンツン姫がセリアさんにこう言った。


「セリアさん!私の美しい髪を触らせてあげる。喜びなさい」

「光栄にございます」


 なんて上から目線なのだ!

 いや、貴族だから平民より確かに上なんだが……まわりが動揺している中、彼女は再び平然とへアセットを始めた。教室ではへアセット勉強会が数日続いた。

 そして翌週にはメイク講座に変わり、あっという間にクラスの令嬢達は他のクラスの令嬢より綺麗になっていた。美しい令嬢に満ちた教室はオアシスになったのだ。俺たち男子はお茶で祝杯をあげた。




 セリアさんは奉仕癖でもあるのだろうか、男子生徒の世話もしてくれた。俺は昼にこぼしたソースの染み抜きをしてもらった。他の男子はテキストで切った指の手当て。

 あまりにも何でもできるので騎士を目指す男子が、ふざけて筋トレの相談をしたのだが……


「ずっと筋肉をいじめ抜いてはなりません。痛めるだけです。ちなみにどんな筋肉をお求めですか?瞬発系ですか、持久系ですか?」

「しゅ、瞬発系かな?」

「それでしたら、酸素を絞って───」


 という的確すぎる回答が得られた。効果を実感した彼は後にセリアさんに弟子入りを志願したが、断られたようだ。



 一部の貴族からは「貴族に媚を売って、必死すぎよね」「お金でも取ろうとしてるのかしら?平民は貧乏ね」という声も聞こえたが、彼女は全く気にしている様子はなかった。

 セリアさんは見返りを求めず、淡々と奉仕する教会のシスターのような人だ。



 そんな彼女がある日、制服のブレザーを着ず、毎日持っているお弁当と水筒を持たずに昼休みから戻ってきた。しかも、いつも表情の変化に乏しい彼女だが、その時は悲しみに耐えている顔だった。

 クラスメイトは察した。彼女は平民が故に理不尽ないじめに合ったのだと。



 もしかしてお昼御飯すら食べれなかったのでは?と心配して俺は購買で買っていた夜食用のクッキーをセリアさんにあげた。

 次にツンツン姫が春とはいえ、ブレザーのない寒そうなセリアさんに不器用な言葉をかけながらブランケットをあげていた。

 いつも平民を見下してそうな彼女が、だ。



 セリアさんも驚いているのかポカーンとしていた。

 フォローをしているのだろう、リリスさんが耳元で話をしていると、セリアさんの目からじわり涙が浮かび、ハラリと流れ始めるではないか。



 そんなに怖い目にあったのか!可哀想に。

 世話になったあんな優しい子を放っておいて良いのか?それは否!紳士として見過ごせない。

 クラスの男子の気持ちはひとつだった。



 そしてツンツン姫が率いる女子と目があった瞬間に俺たちは通じあった、『セリアさんを助けたい』と。

 しかし、貴族が表だって平民を贔屓すると、彼女が悪目立ちしてしまう。そのため本人にも極秘で、彼女と親しいリリスさんをリーダーに『セリちゃん見守り隊』が結成された。



 リリスさんの話によると、セリアさんはひとりの時間を大切にする女性のようだ。そのため見守り隊に3ヶ条が制定された。


 一、彼女の昼休みはひとりにしてあげる

 一、彼女の過去を詮索しない

 一、彼女の趣味を邪魔しない


 そして、立場の弱いセリアさんを狙う怪しい者がいたら、即刻メンバーに報告することとなった。


 セリアさんは今日も昼休みには姿を消して、始業チャイム直前に戻ってくる。今回は制服もランチボックスも失うことなく無事に戻ってきたことを確認でき、見守り隊のメンバーと共に安堵した。


 この固く結ばれた仲間意識、友情がなんと素晴らしいことか!暑苦しい?知るか。

 俺は青春が楽しめそうなクラス分けに感謝した。


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