22 学園(春)
大したことは無いと思っていたが、殿下との遭遇は思ったより動揺していたらしい。
教室へ帰ると何故か前の席の男子が私にクッキーを分けてくれた。クラスの令嬢までもが「もう使わないから、これを処分してちょうだい!勿体ないですって?さすが平民ね、自由にしなさい」と春の新作らしきブランケットをくれた。
金髪美少女の強気なツンデレが可愛すぎて鼻血が出そうだったが、耐えた。
クラスの誰もが私を可哀想な目で見てくるのを不思議に思っていると、リリスがコソっと教えてくれる。
「平民で素行も良い子なのに、いつも持っているお弁当箱や水筒を持たずに、ブレザーも無くしているから……みんな貴族の理不尽ないじめで失ったと思ってるのよ。しかも凄い悲しそうな顔しているし」
「……!」
なんだか申し訳ないし、今更事実を言いにくい。寮部屋に帰ったらリリスにだけ言おう。
友達がいないと思っていたが、良いクラスになったと感動してしまい、次は涙がじわりと滲む。それがまたクラスメイトの同情を誘っているとは、すっかり頭から離れていた。
放課後になり植物園に行くと、木の下には綺麗に畳まれたシートとブレザーが置いてあった。
横には水筒とランチバックも置いてあったのだが、お菓子はなくなっていた。代りに『野鳥がイタズラしないよう、勝手に処分した。許して欲しい』という置き手紙が入っていた。
確かにカラスなどは賢いから、お菓子がバレてイタズラされたら大変だった。さすが殿下、できる男のようだ。
そして夜の寮でリリスに事実を打ち明けると、殿下との遭遇には驚きつつ、最後は「さすがセリちゃん!」と爆笑された。意味が分からず考え込んでいたため、リリスの「フラグホイホイだなぁ」という呟きは聞こえなかった。
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あれからいつもの平和な日常が戻って――――こなかった。
「やぁ、今日も良い天気だね」
「殿下……」
「今日のお菓子は何かな?」
「本日はなんちゃってクレープです。ジャムも二種類ご用意しております」
実はあの日の一件で安全だと認識したのか、再び殿下は植物園に現れるようになった。またこの場所を譲ろうとしたのだが「気にしないでくれ。この場を譲られたら、君に申し訳なくてまた逃げ込みにくくなる」と悲しそうに言われ、同席することになったのだが……殿下はそれ以降、二日置きには来るようになった。
ひとりでおやつをするのも気が引けたので半分を渡したところ、懐いてしまった。今日もお手製のクレープの皮にジャムを塗って紙ナプキンで包み、お茶と一緒に渡してあげる。
「この素朴な手作りの味が良いな」
「恐縮です」
素人の味に興味を持たれたのか、よく誉めてくれるため前日のお菓子作りも不思議と面倒に感じない。アランフォード殿下もおやつを食べるときは王子ではなく、ただの好青年のような様子で食べるので親しみが持てる。
私たちは二人でいても特にお互いに詮索せずに、言葉もあまり交わさない。
目の前でストレッチするわけにもいかず私は乙女小説を読んでいるか人間観察をして過ごし、アランフォード殿下は日々お疲れのようでお昼寝することが多い。無防備過ぎて暗殺されないか近頃心配である。
クレープのジャムが垂れてしまった彼の手もと拭いてあげると、ブレザーのボタンが取れかかっているのに気が付く。
「殿下、お袖のボタンが取れそうです。直しますので、一度脱いで頂けますでしょうか?」
「あぁ、気付かなかった。頼む」
アランフォード殿下からブレザーを受け取り、寒くないようブランケットを渡す。
私が裁縫セットを取り出している間に、自ら新しいクレープにジャムを塗り食べ始めるアランフォード殿下に「まだ食べるの!?頼むから私の分は残しておいて!」と心で叫びながら、ボタンを縫い始めた。
「セリア、誰といるの?え……アランフォード殿下!?」
ボタンに集中していて気配に気付かなかったが、振り向くと固まったルイス様が植物の間から顔を出していた。うん、驚いた顔も麗しいですルイス様。
「おまえは?」
「ダーミッシュ男爵家の養子ルイスにございます」
「そうか。セリアの友達か?」
そういえば、殿下には私の素性は聞かれなかったので名前しか伝えていなかった。もちろん殿下はお忍びだろうと思って、ルイス様にも最近殿下が来ていることを言ってなかった。
運良く(?)今までエンカウントしなかったため忘れていた。殿下に隠し事はよくないと思い、素直に答える。
「私はダーミッシュ男爵家の娘、エミーリア様付きの侍女でございます」
「なるほど、侍女か。だからセリアの側は心地よかったのか。ルイス殿、君の妹は良い侍女をもったな」
「ありがとうございます」
今更の自己紹介をし、ちょうどボタン付けも終わった。ルイス様は大物のアランフォード殿下の前でなんだか気まずそうだ。私もはじめはそうだった。
「殿下、ボタンをつけ終えました。どうぞ袖をお通し下さいませ」
「ありがとう。助かった。じゃあ私はそろそろ待ち合わせの時間だから今日は戻るよ。セリア、また来るね」
「かしこまりました」
「ルイス先輩もそんなにかしこまらないで欲しいな」
ルイス様が静かに礼をすると、殿下は植物園を出ていかれた。『よし、私もクレープを食べようかな、ルイス様も食べるかな?』とクレープにジャムを塗ろうとしていたら――――
「セリア、はじめから説明してくれるよね?」
そう微笑みながら(でも目は一切笑ってない)ルイス様のお顔があった。
年々、アドロフ様に似てきたと思う。ルイス様を恐れた私はこれまでの経緯を細かく説明した。
「なるほど、そして今では二人で小さなお茶会……」
「男女が二人きりという状況を誰かに見つかれば良からぬ噂も広がるのも分かるんですが、断ることもできず……すみません」
「ううん、これは不可抗力だよ」
そう言ってルイス様は頭をぽんぽんと優しく撫でてくれる。私には心の兄テオがいるのに、ルイス様にも『お兄ちゃぁーん!』と呼びたくなる。殿下に慣れてきたとはいえ緊張していたので、癒される。
「殿下のことは秘密にするから、ねぇセリア?僕もお菓子が欲しいな」
「もちろんです!」
ルイス様は微笑むと、今日まで報告しなかった罰なのか容赦なく全て食べていかれた。私の分はなかった。
無念である。




