19.5 受験(テオ)
俺はテオ。領主運営の学校の教師を務める両親の間に生まれた平民で、今はダーミッシュ男爵家の執事見習い兼ルイス様の従者をしている。それまでは両親の手伝いをしたくて、子供たちに簡単な読み書き、計算を教えていた。
10歳を迎えた頃、領主であるダーミッシュ男爵家から執事見習いの求人がきた。条件は『10~15歳までの少年』『読み書きができること』だけで競争率は高かったが勝ち残り、採用されたのが始まりだ。
執事になるために学ぶことは多く指導も厳しいが、ダニエル執事長や先輩二人がフォローしてくれるため頑張れている。
それに同世代のセリアも立派な侍女になるべく頑張っていて、負けたくなかった。
セリアとの出会いは衝撃的だったが、年齢の近い俺たちはすぐに仲良くなった。
セリアは俺にとても懐いて、妹ができた気分だったのを覚えている。「お兄ちゃん!」と伝わってくるあいつの眼差しを受けて、俺がセリアを守ってあげなければと思った。
思ったのだが……セリアは強かった。
先日も買い出しの途中で遭遇したチンピラを撃退していて、俺が守られてしまった。格好良すぎだろう……エミーリア様が「私の王子様!」と夢中になるはずだ。
数年前、恋心を自覚してしまってからセリアの近くにいるのが恥ずかしくて、距離を取ろうとしてもアイツはぐいぐい近づいてくる。
でも気付かれるのはもっと恥ずかしくて、今まで通り俺の部屋で紅茶を淹れてあげたり、話をしていた。子供の頃は、それでも好きと言う気持ちを隠せたから良かった。
なのに男よりも強くて格好いいアイツは、栄養失調で遅れていた成長を取り戻すように可愛く、年々綺麗になってきている。俺はそんなセリアを意識してしまって色々と大変なのに、アイツは変わらず俺を兄のように慕ってくれて複雑な気持ちだ。
誰よりも慕ってくれるのは嬉しい。でも異性としても意識して欲しい、だけど今の関係が崩れるのも怖い。
ヘタレを卒業したくて、デートのつもりで休日に食事や買い物にも誘ったことはある。しかし、恋人同士の雰囲気には全くならず、俺が近くにいてもセリアはナンパされることもしばしば。
「セリアちゃん!パン1個オマケするよ」
「ありがとう!美味しいから嬉しい」
「………(こいつ前もセリアが来店すると厨房から店頭に出てきたな)」
「セリアちゃん可愛いからね!あのさ……俺と付き合ってくれない?君に毎日美味しいパンをつくってあげるよ」
「……!!(おい、まじか)」
パン屋の息子ジルはセリアが好きなようで、いつも堂々と「可愛い可愛い」と言ってきた。
だけどセリアは相変わらず鈍感でジルは焦ったのか、俺が隣にいるのにも関わらずプロポーズのような言葉を言い出す。まわりの常連さんも長年のジルの気持ちを知っているので、セリアの返事を期待して待っていた。
「またまたジルさん!付き合わなくても、ジルさんのパンは美味しいし、買いに来るってー!そんなに営業かけなくても大丈夫、大丈夫」
「え、そうじゃなくて」
「あ、カフェの予約の時間じゃない?テオ行くよー!またねジルさん」
「……うん、またねセリアちゃん」
さすがに同情した。
貴族のメイドは上品で憧れる若い男は多い。特にセリアは全く気取らず親しみやすさがあるのでモテやすいのだが、これが一回目ではなく他店でも起きている。セリアはそれを全て営業文句だと思ってスルーし、男たちは玉砕している。
ちなみにルイス様も俺の気持ちを知っている。彼は俺の目の前でセリアにプレゼントを渡して頭を撫でながら、俺の反応を楽しんでいる麗しの腹黒様だ。俺だってセリアの綺麗な黒髪を撫でたいのを我慢しているというのに、どんどん煽ってくる。
そんなセリアはあんな美形に構ってもらってるのに「私はリア様のついでだし、ルイス様は第2の天使だよー。リア様と並ぶと……はわわわ美しすぎる」と言って全く意識していない。
ルイス様を意識していなくて安心もしたが、俺はどう攻めれば良いか迷走し、完全に初恋を拗らせていた。
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俺が17歳になった今年、セリアはエミーリア様の受験に巻き込まれていた。
「ルイス様……これは想定内だったんですか」
「まさか、リアはセリアを優先すると思ったんだけど嬉しい誤算だね。まさか本当に受験するとは……セリアは合格してみせそうだしね」
「では来年はなんだか静かになりそうですね」
「寂しい?じゃあ僕はテオに会いに毎週末は帰ってくるよ。デートに誘われても二人が断るしかないように、リアとセリアも連れてね」
「ルイス様……気遣いが台無しです。腹黒発言さえ無ければ、感動したんですが」
「酷いなぁヘタレは」
「うるさいシスコン」
そう言って二人で笑い合う。彼は認めていない男が、エミーリア様とセリアに近づくことを許さない人だ。
ルイス様の雰囲気はどんどん当主のアドロフ様に似てきており、数年前は壊れてしまいそうだった面影はどこにもない。
ダーミッシュ家の皆様とは生まれたときからの家族のように仲が良く、養子ということを忘れてしまうほどだ。
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「あぁ~疲れたよ…テオのお茶が飲みたいよ。部屋に入れてーお茶も入れてー」
「部屋が散らかってるから駄目だ」
受験本番まで残り1ヶ月を切り、ヘトヘトになったセリアが疲れを癒そうと俺の部屋を尋ねてくる。問題は夜という時間帯と、カーディガンを羽織ってるとはいえセリアの無防備なパジャマ姿だ。
警戒心のなさに少し苛立ち断ると、セリアはシュンとするがすぐにニヤニヤし始め、俺は警戒した。
「じゃあ私の部屋なら良いでしょ?」
「セリアの部屋…?(なんでそうなる、夜に部屋に男を簡単に入れるなんて)」
「うん、初めてだよね?狭いからベッドに座ることになるけど」
「ベッドの上…?(いや、でも入ったことないし、少しくらいなら……)」
「大丈夫!ティーセットが置ける机はあるから」
「………そ、そんなに飲みたいなら仕方ない。行ってやるよ」
「わーい♪」
俺は好きな女の子の部屋が気になり、紳士のマナーを捨て誘惑に負けた。普段は男前だけど、最近のセリアの私服はおしゃれだし部屋も可愛いのだろうかと想像しソワソワしていた。
そうして案内された部屋は淡いピンクのカーペットにウサギのヌイグルミ(エミーリア様とお揃い)が飾られ、シャワー上がりのせいか石鹸の林檎の爽やかな香りが広がっていた。女の子らしい第一印象に俺の心は浮つき、踊る。
しかし天井には懸垂のための棒、床には筋トレに負荷をかけるためのレンガ、ベッドには蹴り強化のために結ばれたゴムバンドが目に入り、一気に冷静になった。
「……良い部屋だな」
俺の理性をしっかり繋ぎ止める素晴らしい部屋だった。まぁ襲ってしまったところで、セリアの方が強いから返り討ちに合うだけなのだが、関係を壊さずに済んだこの部屋に感謝だ。
そしてこの部屋を見て痛感した。セリアは主のために侍女の仕事も上達させ、護衛のために体を鍛えあげ、受験勉強までして何でも頑張っている。
そんな真っ直ぐで一生懸命な彼女を好きになったんだ。こんな煩悩に負けている俺では、セリアに意識なんてしてもらえないのも当たり前だ。俺はもっと仕事を磨いて、一人前の執事になってセリアに釣り合う男になりたい。セリアを支えられるほど余裕のある男になりたい。
セリアは俺の紅茶が好きと言ってくれる。今度は意地を張らずに、淹れてあげよう。むしろ、俺の紅茶なしではいられないくらい美味しいお茶を淹れよう。お菓子もつけてやるか。
「……淹れてやるから帰ってこいよ」
「うん」
「じゃあ勉強頑張れよ。俺も仕事頑張るから」
「うん、ありがとう」
そして俺は決意を新たに、セリアの部屋を出ていった。




