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02 スラム

 マントの損失は実に惜しい……黒髪を隠すのに重宝していたし、スラムの子供が衣類を手に入れるのはかなり大変だ。前世の常識の影響なのか罪悪感が出てきてしまい、新しく盗みも働きにくい。



 前世を思い出したと言っても、全部を思い出せたわけじゃないようだ。自分の名前や通っていた学校名、お気に入りのお店の名前は思い出せない。でも確かに「高校」や「大学」という学校に通い卒業して、警備会社で働いていたことは覚えている。



 そして、趣味はネット小説や漫画を読むことだった。ゲームは友達付き合い程度で、どんなソフトがあったかはあまり覚えていない。



 前世を思い出すなんて、まさに小説の異世界転生じゃないか。転生者なら流行りの乙女ゲームのヒロインや悪役令嬢、ファンタジーの勇者やチート持ちであるはずなのに……現実はスラムの住人だなんて辛すぎる!



 今までは裏の世界であるスラムの生活しか知らなかったから、これが普通かと思っていた。そりゃ表の生活が豊かそうなのは知っているが、スラムからの抜け出し方を知らないから……関係ない世界だなぁ程度の認識だった。



 前世では衣食住に困ることなく、仕事もしっかりしていて、趣味にかけるお金もあり、家族の愛を知っていた。それはしっかり覚えているのだ。

 だからこそ、この環境の過酷さや理不尽に気づいてしまった。なんの罰なんだと……




 あぁ、そうか罰なのか――――




 前世では警備会社で働いていた。主な内容は要人のボディーガードだった。依頼主を安全に目的地へお連れしたり、トラブルがあれば避難誘導し、間に合わなければ盾になることが使命。



 あの日はショッピングモールでイベントがあり、この日も同僚と共に依頼主の警護をしていた。そこへ依頼主を狙った刃物男が現れて、こちらに走ってきた。

 刃物男と我々の間には逃げ遅れた子供がいて、このままでは危ないと分かってはいたが依頼主から離れるわけにはいかない。狙いは依頼主だ。子供なんかには目もくれず、こちらに来るはずと思っていた。


 そう願ってしまい迷いが生まれたが、やはり不安が拭いきれず子供の方へ踏み出した。その判断は遅く、目の前の子供は切られてしまった…………間に合わなかったのだ。



 いつもならば刃物を持った相手でも倒す事のできる経験と自信があった。でも動揺していたのか、相手を取り押さえることができず、結局は盾になり刺され倒れてしまった。



 倒れながら見えたのは、刃物男が同僚に押さえ込まれ縛られているところ。

 怪我のない依頼人が、自分に向かって何かを叫んでいるところ。

 自分と同じように血まみれで床に倒れている子供。

 これが最後の記憶だ。



 迷っていたせいで間に合わなかった。


 大人の自分でさえ死んだのだ。子供が助かってるとは思えない。

 これは子供を見殺しにした罪なのだ。過酷な環境で生きよ――と神からの罰なのだろう。辛いくらいがちょうど良い。そう思い込むことにした。




 それにスラムではオレは恵まれている方だ。今年の春には流行り病で亡くなってしまったけれど、血の繋がらないおばさんがオレの面倒を見ていてくれた。

 おばさんがいなかったら、今頃は餓死するなり、冬に凍死するなり、奴隷にされて廃人=心の死になっていたはず。それよりも、今はずっとマシだ。


 物を盗むときの見張りや囮にされたり、謎の不味い草を食べさせられて実験されたり、ナイフ一本で森に放り込まれてサバイバルさせられたり……



 それでも、死んでないからマシだ。鍛えられたお陰でオレは強いはず!

 というより栄養が足りていないわりには、足は速いし、気配には敏感だし、毒にも強くなったこの体はハイスペックだ。

 これは、この身を使って子供を助けて罪を償えってことなのだろう。



 **********



 それからオレは奴隷商人に捕まった子供や、誘拐された子供を助け出すようにした。

 アジトに潜り込んだり、輸送中に罠を仕掛けて逃がしたり。


 スラムの子供に関しては判断が難しかった。スラムで死んでしまいそうな子は、奴隷になった方がまだ幸せになるんではないかと。生きていればいつかは……と。

 でもどっちが幸せかどうかは本人にしか分からない。だから少しでも嫌がっている子に限っては、迷わず全て助けることにした。



 助けたあとは、おばさんがオレに教えてくれたスラムの生き方を伝授して、生き残れることを信じてお別れした。養える力はオレには無い。といってもスラムに捨てられる子供が狙われたのは、前世を思い出した春から3ヶ月で2人だけ。



 それよりも身なりの良い子供の誘拐らしき取引が、あの春から異常に増えていた。オレが助けただけでも7人。しかも2人は2回も誘拐されていた。おかしすぎる。


 誘拐された子供全てをオレが見つけ出せているわけではないはずだ。おそらく、まだいるはず。


 富裕層の子供なら護衛がいるはずなのに誘拐されるとか、護衛が無能すぎる!今までは子供を救出したら警備隊に見つかるように、静かに表通りに逃がしていたが、もう我慢なら無い!

 あんなに可愛い子供たちに怖い思いをさせるなんて許せん!


 こっちは1人なんだよ!しかもオレ自体が狙われているから、こんなにも誘拐が多かったら身が持たない。護衛達は、なぜスラムに探しに来ない!

 今度助けることがあったら、親なり護衛に文句を言ってやる!護衛の極意を叩き込んでやる!




 そうやって意気込んで、今日も魔石を拾いつつ巡回を始めた。何故かスラムには豆サイズの魔石が落ちており、集めて換金しながら生活している。おばさんに教えてもらってなければ、ただの薄汚れた歪んだビー玉にしか見えずスルーしていただろう。今となっては他の誰かに取られることはない安定した収入源だ。







「グス…う…ぅぅ」



 夜中になり、隠れ家に戻ろうと歩いていたら泣き声が聞こえてきた。まわりの気配には注意しつつ、泣き声の主に近づく。

 見えたのは崩れたレンガの山の小さな隙間に、小さな女の子が身を隠して泣いていた。また、身なりの良い子だ……

 心の中で護衛に舌打ちをしつつ、怖がらせないように女の子に声をかけてみる。



「ねぇ、おうちに帰る?」

「え?」



 顔をあげた女の子は、まるで妖精と間違えそうなほどの美少女だった。


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