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16.5 屋敷(ルイス)

 僕は父上と母上と一緒にいれて幸せだった。母上はとても優しく儚げな美しい人で、父上はそんな母を愛していた。僕は母にそっくりの容姿だった。



 しかし、母上がなくなると世界は変わってしまった。僕も悲しかったが、それ以上に父上は毎日悲しみにくれ、酒に溺れるようになってしまった。元気付けようと色々やってみたが、僕の姿を見ると母上を思い出して辛くなるようで、姿を見せるなと言われて以来、父上と顔を会わせることは減った。




 半年すると父は、母上とは正反対の派手で妖艶な女性を屋敷に連れてくるようになった。随分と年下の子爵令嬢で、姉と言えるほど僕の年に近い人だった。その女性は屋敷に入り浸り、まるで我が家のように振る舞うようになった。


 それでも父は以前より元気になり、父のためだと思い我慢していた。



 父は僕に説明もなしに女性と結婚してしまった。結婚してからますます継母の行動は派手になり、遂には母上の遺した宝石やドレスまで手を付け始め、我慢ができなくなった。そのことで継母と口論していると、ちょうど父がやってくる。僕は女性の行動に問題あると訴えようとするが………


「私のことを母とは認めてくれないのです。だから前の奥様の宝石で身を飾り、代わりになろうとしてたのに……この子は……」



 誰だこの人は?と思うほどの変わり身で継母は涙する。父は僕を睨み、すぐに優しい顔で継母の肩を抱き寄せて彼女を庇う。



「可哀想に、君にこんな思いをさせるこいつはもう息子ではない。君の好きなようにしなさい」

「ありがとうございます。嬉しいわ」



 信じられなかった。

 愛してくれていたはずの父は幻だったのかと思うほど、父はあっさり僕を捨てたのだ。それからまるで洗脳されてるかのように父は女性の言いなりになり、僕の居場所は無くなっていった。


「あなたの母は侯爵家から勘当されるような悪い人だったのよ。旦那様が可哀想ね」


「この家は私の物よ。未だに部屋があるだけ感謝しなさい。……なんて生意気な目なのでしょう。躾が必要ね」


「口で言っても駄目ね。これくらいしないと」


「こんな価値のない子に服もご飯も与えるのは勿体ないわ!新しい帽子を買うほうがマシだわ」


 父は見ぬふりを決め込み、継母の行動はエスカレートしていった。

 使用人達も継母に権力があると分かると態度が冷たくなり、世話すらしなくなった。もう大人は僕の敵だった。


 暴力という躾で反応すれば、更に殴られることを学んだ僕は感情を隠し、ひたすら耐えることだけに集中した。逃げ出すという考えは思い浮かばなかった。幸いにも監視は緩かったため、忍び込むように書庫に入りびたり、読書に没頭し現実逃避した。




 どれくらいの月日がたったのか、突然見知らぬ大人達が屋敷へ踏み込み僕を外へ連れ出した。父と継母の行いと顛末を知らされたが、どうでも良かった。

 少し経つと、ダーミッシュ男爵家の人間と紹介された優しげな夫婦が訪ねるようになったが、何も感じることはなかった。ただ僕はこの夫婦の子供になるらしい。



 血の繋がった親子でさえ愛はなかったのだ。きっとそのうちまた捨てられると思っていた。


 しかし相変わらず夫婦は優しいし、義妹エミーリアは毎日僕のもとに来て隣で刺繍をしている。世話役のテオは僕が快適に過ごせるように、常に気を配ってくれて心地が良い。



 気付いたら義妹のメイドのセリアも混ざり、四人で過ごすことが楽しくなっていた。知らない間に僕は微笑んでいたようで、義妹とメイドに泣きながら抱きつかれたのは驚いた。

 久々に人の温もりを感じて、『愛されている』と勘違いしそうになった。僕はまだ『愛されたい』のだと気付いてしまった。



 それが駄目だったのだろうか。出掛けた先で知らない間にポケットに入っていた手紙を見て、夢から覚めた気分になった。

 男爵家の人たちは優しいから大切に扱ってくれているように振る舞っているだけだ。僕は罪人と悪人の血が流れ、価値のない子なのに……愛されているのかもと思うとは勘違いにも程があったんだ。



 そう思うと悪い思考は止まらない。屋敷に戻り部屋へ入ると誰にも会いたくなかった。テオとも顔を合わせたくなくて、ベッドに潜り込んだ。きっと皆と話してしまえば、また僕は勘違いしてしまう。



 だと言うのにセリアは部屋に乗り込んできた。『これ以上言わないで、勘違いしてしまうから』と言葉を避け続けるが、彼女は止まらない。



「私たちがこんなにもルイス様を愛しているのに!大好きなのに馬鹿野郎!分からずや!以上です、失礼しました!」

「え?」



 僕が愛されている?セリアは僕が一番欲しい言葉を言い放ち、部屋を出ていってしまった。本当に?だって僕は……僕は……



 どれくらい考えていたのだろうか、急にテオが僕の手をつかみ部屋から連れ出そうとする。



「ルイス様に見て欲しいものがあります。こちらに来て下さい」

「い、嫌だ。出たくない」

「今回ばかりは聞けません。無理矢理にでも連れていきます!」



 こんなにも荒々しいテオは初めてで、やっぱりテオにも見放されたのかと思った。

 だから諦めてテオに付いていくと賑やかな声が聞こえ、そこは厨房のようだった。きっと使用人達で僕の悪口を言っていて、テオはそれを聞かせるために連れてきたのだ。


 前の家と同じように……だけど聞こえてきたのは明るい声だった。



「可愛いラッピングができたわ!可憐なルイス様にぴったりでしょ!」

「何言ってるの?元気になって欲しいなら、パァっと華やかで派手な方が良いわよ!」



 僕のためを思ってラッピングするメイド達の声。



「副料理長!ウエディングケーキは駄目です!ルイス様がお腹一杯で、俺たちのスイーツまで順番がきません!」

「うるせぇ!俺のケーキが笑顔を取り戻すんだ」



 僕のためのスイーツを作る料理人達の声。



「お義兄様への愛では負けないわよセリア!料理長、生クリームをちょうだい!」

「挑むところでしょう!ルイス様への愛の表現力で勝負です!料理長、イチゴをハート型にカットしてください」



 訳の分からない言い争いをしながら、カップケーキに飾りつけをする義妹エミーリアと侍女セリア……



 厨房のテーブルにはたくさんのスイーツ。全て僕のために……

 だとしたら、僕は……僕は……


「ルイス様、これでも信じられませんか?」



 テオが僕に聞く。でもこれじゃまるで……



「俺も彼ら、彼女らと同じ気持ちです。まだ、伝わりませんか?」



 本当に?僕は、僕は……!



「信じて良いの?僕は……僕は愛されてる」

「はい、間違いありません」



 僕はもう頷くことしかできなかった。

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