16 屋敷(2年目)
私はエミーリア様が落ち着かれたタイミングで退室した。そしてすぐにアドロフ様に『ルイス様に意見する許可』を貰いに執務室へと向かった。意見する内容を説明する前にアドロフ様はすぐに承諾してくれた。
──コンコン
「セリアです!お伝えしたいことがございます」
ルイス様の部屋の扉を叩き、返事を待つ。 扉が開きテオが顔を出すが曇っており、制止させられる。
「今は駄目だ。誰とも会いたくないと……」
「旦那様の許可は得てる。入りまーす」
私はそれを無視して、部屋へと押し入り布団に隠れているルイス様に話しかける。
「ルイス様は私たちよりも、差出人不明の手紙を信じるのですか?私たちの時間はお嫌いでしたか?」
今はそっとしておくべきと言う人もいるかと思うが、ルイス様は駄目タイプだと勘が訴えている。
私がそうであったように、『本当に悪いのは別の人間なのに、自分が一番悪いと錯覚する』タイプの人間は時間が経つほど心は疲弊する。
私は前世で自分が子供を救えず殺してしまったと思い込んでいたが、殺したのは刃物男だ。そして他にも誘拐された子供を救う手段があるのにも関わらず、贖罪を理由にスラムにこだわり、外に助けを求めず必要のない危険をおかしていた。エミーリア様と出会ってなければ、私は今ごろどうなっていたか……
数分待つと立ち去らない私に諦めたのか、ルイス様は布団から顔を出して答えてくれる。
「……嫌いじゃない。でも僕には父の罪人の血が流れている。母上も実家から勘当されるような人だ。僕は君たちみたいにキレイな人間ではない。幸せになってはいけない……」
「私はスラムの孤児でした。親はわかりません。連続殺人犯かもしれませんし、マフィアのボスかもしれません。私自身も盗みを働きました。人を殴り、蹴り、嵌めたこともあります。どこもキレイではありません。そんな私は不幸であるべきですか?」
「…………」
「なるほど、私は幸せになっては駄目なんですね。リア様に辞職を願い出てきます」
「やめて!……リアが悲しむ」
「同じです。ルイス様が不幸になろうとすればリア様は悲しみます!私はリア様を悲しませようとするルイス様を許せません!」
「セリア言いすぎだ!」
テオが止めようとするが、知らない!
「こんな私でもダーミッシュ家の皆様は受け入れて、優しくしてくれます!ルイス様も感じているでしょう?」
「狙われているかもしれないんだ!そんな優しい人たちを巻き込みたくない……分かってよ!」
確かにルイス様が心配するように、怪しい侵入者は現れていた。だが私がこの屋敷にいる限り守ってみせる。私だけではない。神執事のダニエルさんもいるし、テオだってルイス様のためならできる男だ。力は無くても、そんな理由でダーミッシュご夫妻やエミーリア様は見捨てたりしない。
「どこの誰にです?ではリア様は私が守りましょう!旦那様や奥様にもお強い護衛や万能ダニエルさんがついてます!ルイス様にはテオがいるでしょう?それでもダーミッシュ家よりも手紙を信じるのですか?阿呆ですか?私たちがこんなにもルイス様を愛しているのに!大好きなのに馬鹿野郎!分からずや!以上です、失礼しました!」
「え?」
「はぁ!?おい、待て!」
少し暴走してしまったが、言いたいことは伝えたので退出する。テオが後ろで何か言っているが知らない!ルイス様の扉の前にはエミーリア様とニーナさんが目を見開いて固まっていたが、勢いのまま二人にもたたみかける。
「今から料理長も誘ってお菓子を作りましょう。ルイス様が元気になるまで、何度も何度も作るのです!いざ!」
「そ、そ、そうね!作るわ!」
「……ご一緒致します!」
そして料理長も巻き込んで、材料が揃う限りのお菓子を作り始める。クッキーにスコーンにカップケーキなど、ルイス様が喜んでくれたお菓子を作る。
最初は何事かと様子を見ていた他の料理人も、気付いたら参加し始めてコンテストのようになってきた。
「僕の3層のチョコレートケーキでルイス様の笑顔の復活も決まりですね」
「何だと!俺のシュークリームタワーだろ!」
「若僧が……デラックスウエディングケーキに勝てると思うな」
「「副料理長!!?」」
メイド達も負けてはいない。彼女達は私たちの作る小さい菓子のラッピング技術で争っていた。そこにはニーナさんも混ざり、収拾がつかなそうだ。
「というか、私知りませんでしたわ!セリアがお義兄様を愛してるだなんて。廊下まで聞こえてましてよ?」
賑わっていた厨房が一瞬で静寂になる。どうやら『私たち』のところが聞こえていなかったらしいが間違いではない。
「勿論です!ルイス様はダーミッシュ家のお方です!愛してます。旦那様も奥様も先輩達も。あ、でもリア様が一番ですよ!!きゃー恥ずかしいっ!」
『だよなー』と誰かが呟くと、再び厨房に賑やかさが戻る。大丈夫です先輩方!貴族に恋するほど、私の頭は咲いてません。
「あ、ありがとう!?もう驚いたじゃない。なら私もお義兄様を愛してますわ!」
「はい!でもルイス様に元気になって欲しいという気持ちは誰にも負けてませんよ!」
そう言って自慢気に回りを見渡すと――――
「何言ってるんだ!さっきから味見ばかりしてるセリアめが」
「料理長!確実に美味しいものをルイス様にお渡しするためです!もぐもぐ」
「また食いやがって!儂の菓子で不味いことがあったか?」
「ありません!全て完璧な美味しさです!」
口いっぱいにケーキの切れ端を頬張り、料理長に率直な感想を述べる。隣では私と同じように口いっぱいのエミーリア様がいる。
「わかるわ!お義兄様に喜んでもらうためよね!もぐもぐ」
「お嬢様まで!儂の菓子がルイス様に届く前に消えてしまうっ」
「「「あはははは」」」
料理長からツッコミをうけ、そのやり取りで皆に笑われてしまう。エミーリア様の淑女らしくない振舞いも今は見逃されて、更に厨房は盛り上がる。
その姿を彼らに見られているとは気づかずに、私たちは作り続けてた。