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15 屋敷(2年目)

 水面が揺らされて、意識が水の底から浮上するように目が覚める。窓を見ると空は月や星によって蒼く輝いていることから、今は真夜中のようだ。私は手早く黒いマントを羽織る。


 静かに寮を出て、水面を揺らした原因へと向かうため屋敷とは逆の、寮の裏側へと回りスコップ片手に家庭菜園の畑の中へと踏み込む。動く影へと声をかける。影の気配は1つ。


「動物さん?野菜泥棒は駄目だよ~」


 その瞬間、影が姿を現して襲いかかろうとしたが、地面低くまで姿勢を低くした私を見失ったらしい。私はスコップを下から振り上げて、影の顎らしき箇所にぶつける。痛みで倒れこんでいるところを背後から首を絞めて意識を奪い、脱いだマントで拘束し一息つく。




 ――――どどどどどうしようこれ!?




 私はおおいに慌てていた。長いスラム生活の影響で、寝ている間も異質の気配が近づくと目が覚める。最近は野菜を狙っている動物なのか、寮の裏から怪しい気配を感じる度に追い払っていた。いつもは私の声に驚いて逃げられており、今日のように気配と遭遇するのは初めだ。



 今日こそ捕まえたら畑荒らしの罰として、動物の肉で鍋にしてやろうと思っていたが人間は鍋にできない。


 いや、そうじゃないでしょ!なんでこんな所に侵入者が?怖い怖い!貴族の敷地内だから安心かと思っていたのに……護衛め、鍛え直してやる。



「おや、先を越されましたか」


 背後から慣れ親しんだ人に声をかけられ振り向く。


「ダ、ダニエルさん!」

「お静かに。あとは私が対応しますから、もうお戻りなさい」


 侵入者をどうしようか悩んでいたから助かった!相変わらずダニエルさんのタイミングは神レベルである。


「ちなみにこれは私たちの秘密としましょう。他の皆様を不安にさせたくはないでしょう?安心して寝てもらえるよう努めるのも大切な仕事です、セリア」

「わかりました!あとはお願いします」


 そうやって、寮に戻った私はすぐに眠りについた。そして次の朝、隠し事が下手な私は『あれは夢だった』と思うようにした。

翌日、侵入者がきたことを本当に忘れたように穏やかな時間が流れていた。朝からエミーリア様とともに私はルイス様のお部屋にお邪魔していた。



「ねぇお義兄様?お茶会に行くにはどちらのリボンが良いと思う?」

「侍女はなんて?」

「それが、ニーナもセリアもどっちも似合うしか言わないのよ!困ったわ」

「大変だね」

「そうなんですの。だからお義兄様が頼りなんですの」

「困ったなー。テオはどう思う?」



 エミーリア様がほっぺを膨らまし、不満顔でリボン選びを放棄した私を見ると、ルイス様は困ったように微笑む。

 あれから3ヶ月が経ち、まだ体つきは細いものの健康そうになってきた。お二人の距離もだいぶ近づき、テオと私にもルイス様は話しかけてくれるようになった。彼が落ち着けるように、大人のニーナさんはいつも部屋には入らない。



「俺には選べません。セリアに睨まれます」

「睨まないよ~テオが選んだリボンをリア様が着けるなんて!って嫉妬するだけだもん」

「おまえなー」



「ふふふ、ね?二人ったらおかしいでしょお義兄様」

「うん、楽しい二人だね。」


 


 主人前で使用人同士の言い合いなんてご法度だが、ルイス様が楽しんでいるので見逃されている。アドロフ様には「どんどん言い合って、ルイスをもっと笑わすように!」と推奨されるくらいだ。


 困り顔だけれど微笑むところまでは、心を許してくれているようだ。微笑んでくれた日は屋敷中が歓喜に沸いた。

 エミーリア様と私は思わずルイス様に抱きついたが、私だけ引き剥がされテオに叱られた。ニーナさんはマナーを忘れて廊下を走り、アドロフ様とシーラ様に報告へ行ってしまうほど。すぐにアドロフ様とシーラ様も駆けつけ抱きつこうとしたら大人への苦手意識は治っていないルイス様が固まってしまい、ダニエルさんによってご夫婦は回収された。


 料理長は「喜びの大きさだ」と言って特大ケーキをルイス様にプレゼント。あまりの大きさに使用人にまで配られ、皆で喜びあった。一番側で尽くしているテオが、一番冷静だった気がする。なんかごめんよ。



 これでダーミッシュ家の人々が、ルイス様を歓迎していることが伝われば良いなと思う。心からの笑顔を見れるのも遠くないかもしれないと、私たちは楽しみにしていた。



 **********



 今日はダーミッシュ家の方々は、お忍びで楽団の演奏会に出掛けている。私はまだ見習いなのでお留守番で、付き添いはニーナさんにお任せだ。テオも見習いだけれどルイス様の希望で帯同している。



 エミーリア様は誘拐事件以来、外出することがほとんどない。ルイス様は屋敷に来てから2度目の外出で、お二人とも朝からソワソワしていた。あまりの可愛らしいお二人に癒された私は、お留守番でも仕事を楽しく感じていた。



「よし、できた!鏡台もピッカピカ!あとは課題のヘアセットの練習しなきゃ」



 練習用のカツラ付き人形を持ち出して、編み込みの練習を始めたが、屋敷の玄関が騒がしい。

 エミーリア様たちの帰りには早すぎるし、急な来客だろうか?スザンナさんや他の執事たちに任せれば良いと、部屋で待機しているとエミーリア様とニーナさんが入ってきた。



「え?リア様どうしたんですか?こんなにも早い帰宅に……それに……」

「セリア……うわぁぁん」



 私を見つけるなり、大粒の涙を流しながらエミーリア様は抱きついてきた。ニーナさんの顔も苦しそうに歪んでいる。



「何かあったんですか?」



 泣きわめくエミーリア様を支えながらソファに座らせ、ニーナさんに事情を問う。


「演奏会の後半が始まって間もなくルイス様の様子がおかしく、急遽屋敷に戻ってきました。馬車にて理由を聞いても答えてくれませんでしたが、テオがルイス様の上着のポケットから手紙を見つけたのです。ルイス様を傷つける酷い内容でした」



 おそらく演奏の前半が終わり、ドリンクルームにいる時に忍ばされ、後半の演奏中に見つけ読んでしまったらしいとのことだ。

 内容は『罪人の子供は幸せになれない』『狙われている』『お前に巻き込まれ、ダーミッシュ家は不幸になる』『お前は誰にも愛されていない』そういったことが書かれていたとのこと。



「そんな事ないって言っても聞いてくれなかったの……またお人形のように何も応えてくれなくなったの……うぅ」



 エミーリア様は悔しそうに泣き続けている。私は猛烈に腹が立っていた。私たちの努力を壊そうとする手紙の差出人、そして私たちを信じてくれないルイス様に。


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