14 屋敷(2年目)
15年前、ベスター伯爵家の長男とドーレス侯爵家の令嬢が、お互い婚約者がいたのにも関わらず反対を押し切り結婚した。侯爵家の令嬢は勘当され、伯爵家は周囲から孤立。しかし愛し合っていた二人には子供もできて、幸せそうだった。
しかし4年前、元侯爵家令嬢は病で亡くなってしまう。
その半年後からベスター伯爵は、年の離れた派手な子爵令嬢と夜会に出るようになり、更に半年後には再婚した。自らも頻繁にパーティーを開くようになり、噂と異なるその豪華な暮らしぶりを見せつけた。
それも数年しか続かず――――先月、伯爵家は貴族の連続誘拐事件の手引きをした疑いで投獄。他にも領地に割り当てられた国からの補助金の横領が発覚し、爵位剥奪。余罪は多く、罪の重さからベスター伯爵、後妻、その子供は処刑と宣告された。
しかし逮捕の際に屋敷へ行くと、子供は後妻によって虐待され、ベスター伯爵にも庇われること無く放置されていたことが発覚。まともに世話をされた様子もなく痩せ細り、身体中には痣があった。
あまりの酷さに子供も被害者だとされ、処刑は免れ、国外の孤児院に保護された。
ここまでが国から公表されている話だ。
はじめは公表通りに国外の孤児院に任せようとしたが、傷付きすぎた子供は生きる気力を失い任せるのが難しかった。実母の実家であるドーレス侯爵家に保護を打診したが、半分は罪人の血が流れているとして子供を拒否。
そこで白羽の矢がたったのが、爵位は低いものの王家の信頼の厚いダーミッシュ家だった。アドロフ様は子供にとても同情し承諾、王命で養子に迎えることとなった。
髪や瞳の色が似ており縁戚から養子をとったと誤魔化しが効く。これは王と側近、ドーレス家、ダーミッシュ家といった一部貴族の秘密となった。
「ということで、新しくルイスと名前を変え連れてきたんだ」
「リアの気持ちを無視して、進めてしまい本当にごめんなさいね。あの子を助けてあげたかったの」
「私こそ事情を知らずに逃げ出してごめんなさい。ルイス様と仲良くなれるように努めますわ」
「あぁ、なんて優しい子なんだ。リア、父様は幸せ者だよ。その優しさをルイスにも与えてくれるね?」
「もちろんですわ」
心優しいエミーリア様はすぐにルイス様の存在を受け入れ、ご夫妻と和解をした。
ダーミッシュ家が快諾したから良かったものの、同じ話を聞いて拒否した侯爵家はなんて薄情なんだ。ルイス様が可哀想すぎる。秘密裏に保護されて良かった……ん?一部の貴族の秘密だと?
これって使用人が聞いて良いのでしょうか?という思いを込めて横を向くと、やはりできる男ダニエルさんが気付いてくれる。
「ニーナには言いましたが、これは使用人の中でもトップシークレットです。これを知るものは私、メイド長のスザンナ、シーラ様の侍女、ニーナ、セリア、そしてルイス様のお世話をするテオといったダーミッシュ家に近い者のみです。他言は無用ですよ」
「はい」
「ちなみに対外的には遠い縁戚の子供が事故で親を無くし、ショックを受けていたところを養子として迎え入れた、ということになってます。お嬢様もよろしいですね?」
「わかったわ」
「心得ました」
こうして、その日からルイス様はダーミッシュ家の屋敷で過ごすこととなった。
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「ねぇ、テオ入れて」
「セリア駄目だ、まだ早い」
「待ちきれない!入れて!」
「─っ!俺は知らないからな、入れるぞ!」
ここは寮のテオの部屋。私たちは二人きり……私は懇願するようにテオを急かした。彼は眉間に皺をよせ、ようやく叶えてくれたのだが……
「前の方が美味しかった」
「そりゃ茶葉の蒸らし時間が足りないからだよ。カップに入れるの早すぎだ」
「むー」
紅茶の良い香りの誘惑に負けて急かしたのが悔やまれる。コクが足りない。今夜はルイス様とエミーリア様の仲良し作戦を立てるために、テオの部屋にお邪魔している。
エミーリア様が話しかけるが、男女の差なのか、好みの違いなのか、短い返答はあるもののルイス様の反応が薄すぎるのだ。
「お庭にはコスモスが咲き始めましたのよ」
「うん」
「とっても綺麗ですのよ、ぜひ見て欲しいわ」
「そう」
このように会話が一方通行なのだ。あまり話しかけ続けるのも気まずくなり、エミーリア様はルイス様の隣で刺繍の練習を始めてしまい、ルイス様は基本的にひとり静かに本を読んでいる。
私とテオはひたすら空気と同化だ。
「ルイス様は嬉しい半分、戸惑い半分らしい」
「え?テオはなんで分かるの?」
「セリア達が退出した後、ルイス様が言ってたんだよ。自分はどうすれば良いのかって」
ルイス様は虐待に耐えるために感情を殺してしまい、今更どう表現すれば良いか分からないようだ。そして大人が怖いようで、アドロフ様やシーラ様の前ですら首を縦か横にふるのが精一杯で、声が出せなくなるとテオは教えてくれる。
「幸い俺たちはまだ子供のお陰で、言葉は少ないが会話は成り立つ。ゆっくり話しかけ続けるしかないな」
「そっかー。何だか歯痒いね」
「そうだな。あ、昨日チョコ入りスコーンは残さず食べてたな。甘い物が好きなのかも」
**********
「と言うことなんです」
「なるほどね、また何か作ろうかしら?クッキー以外が良いわ」
「むー」
朝の着替えを手伝いながら、テオからの情報をお伝えする。しかし私はお菓子は食べる専門で、全く思い付かない。すかさずニーナさんが提案してくれる。
「お嬢様、カップケーキはいかがでしょうか?焼き上げる直前にチョコやナッツ等のトッピングをするのです」
「まぁ!それも楽しそう♪」
「本日の菓子がちょうどカップケーキと聞いております。料理長にすぐに確認して参ります」
「頼むわね。ルイスお義兄様は喜んでくれるかしら?」
「そろそろ笑顔が見たいですねーリア様」
「美形の笑顔は至宝よね、わかるわ」
「………」
ニーナさんの無言が切ないが、彼女のナイスアシストによって予定が決まる。エミーリア様も望んでルイス様との交流を持とうとしており、悪役令嬢になることは無さそうで一安心だ。
あれからお菓子作りで簡単な作業がある度に、ルイス様に差し入れを作るようになった。
令嬢自らお菓子作りをする物珍しさから、はじめは使用人たちは『すぐに飽きるだろう』と冷めた目で見ていた。
しかし真剣に取り組むエミーリア様の姿を見て、次第に皆の心もひとつになって色々なアドバイスをくれる。
私たちは今日もお菓子を作る。『甘い笑顔が見れますように』と皆の願いを込めて。
ある日のテオの部屋の前
ニーナ「コソコソ(料理長、盗み聞きなんて……あ、セリア入れてって何を!)」
料理長「コソコソ(お前ら何を!……ん?紅茶?)」
ニーナ「(コホン……明日、何かお嬢様も作れるスイーツのご用意を)」
料理長「(……カップケーキにする。誘導頼む)」