13 屋敷(2年目)
「ルイス、この子が話をしていたエミーリアだ。君の新しい義妹だからね」
ルイス様は言葉を発することなく頷くだけ。そしてシーラ様に手を取られ、その横に座る。
エミーリア様は瞬きもせずにそれを見つめ、小さな肩は震えているように見えた。呼吸も少し乱れている。
「今日はエミーリアがクッキーを焼いてくれたのよ。さぁルイスも食べてみて」
「苦手だったら無理しなくて良いんだからね」
アドロフ様もシーラ様もエミーリア様の異変に気付いていないのか、あえて気付かないふりなのか。ルイス様にだけ話しかけている。私から見ても異様な雰囲気と光景だ。あれだけ溺愛していたエミーリア様がまるで見えていないかのようなご夫婦の様子に、冷や汗が流れる。
「私、宿題が残ってましたわ!これにて失礼します。ルイス様、ごゆっくり」
「リア!まだ話の続きが…」
ついにエミーリア様は取り残されたような状況に耐えきれず、アドロフ様の話を聞かずに執務室を飛び出してしまった。私はニーナさんに話の続きを任せて、エミーリア様を追った。
貴族では、子宝に恵まれなかった家が養子を迎え入れる習慣がある。しかし、ダーミッシュ家には女児ではあるがエミーリア様がいる。
では血筋にいれたいほどルイス様が優秀なのかと言えば、先程の彼を見る限りは……。社交性のなさは社交界では致命的で、欠陥ともいわれかねない。まぁ話はニーナさんに後で聞けば分かる。
今はエミーリア様のフォローだ。
部屋にたどり着き扉を開けようとしたが、微動だにしない。エミーリア様は部屋に籠り、鍵を閉めてしまったようだ。開けて欲しいと頼むが、反応が全くなくて心配だ。
鍵はニーナさんとダニエルさんが持っているが、今は執務室には戻りたくない。扉の前で待つことにする。待っている間、一度エミーリア様が扉に近づく気配を感じたが、すぐに遠くなってしまった。
急にお義兄さんができましたと言われ、大好きな両親がそちらに夢中な姿を見せつけられたのはショックだろう。
もし、エミーリア様がルイス様を恨んで虐め、彼は心の傷を負い、真のヒロインと出会い癒される。そして、エミーリア様は虐めを糾弾され、断罪されてしまう悪役令嬢に……こ、これは早急に手を打たなければ!
エミーリア様に同情の余地は十分にあるけど、イジメ反対!せめて冷戦であって欲しい…………などと色々考えながら1時間ほど待つとニーナさんが戻ってきた。続きの事を聞こうとしたが、廊下では話せることではないと首を横に振られてしまった。
アドロフ様とシーラ様はまだルイス様の側にいるようだ。いつもお優しくお世話になっているが、今回のお二人の対応には憤りを禁じ得なかった。
ニーナさんには落ち着くよう言われたが、自分の大切な主を傷つけられて平気な従者などいるものか。
「お嬢様、鍵を開けさせていただきますよ!」
ニーナさんが開錠し、扉を押す。しかし少ししか動かず、まだ扉は開かない。
「お嬢様!どうなさったのですか?大丈夫ですか?」
ニーナさんが心配して呼び掛けている間に、隙間をみるとドアノブ同士がシーツか何かで結ばれて開けられないようになっているではないか。
「セリア!私はお嬢様を説得します。あなたは旦那様たちにご報告を!」
「はい!」
行儀は悪いが執務室へ走り出し、扉を叩く。すぐにダニエルさんが出てきてくれて、状況を説明する。しかしアドロフ様とシーラ様はルイス様を気にしてか、視線は向けてくれるもののソファから動かない。
するとダニエルさんが「なんとかお嬢様の元へお連れします。その間はあなたの好きなようにしなさい。責任は持ちましょう」と耳打ちしてくれた。
私は部屋へは戻らず、物置となっている天井裏の部屋へ入り、窓から屋根へ出る。お嬢様の部屋の上まで歩き下を覗くと、窓が開いたままだった。
今日は夏の終わりとはいえ、残暑が厳しい日でラッキーだった。そのままわずかに出ている窓枠へ滑り降り、部屋へと侵入する。するとすぐに固まっているエミーリア様と目があった。
「リア様、来ちゃいました」
「せ、せせ、セリア、あなた……どうやって?ここ3階……」
「あ、ちょっと待っててくださいね。ニーナさん!お時間ください!」
「セリア!?どうやって?と、とにかく分かりました!」
外で待つニーナさんに一声かけて、待ってもらう。これで、ゆっくりエミーリア様と話せるはず。私は涙で目を赤くしたエミーリア様の側へ寄り、両腕でしっかりと抱き締める。
「私はリア様のお力になれないでしょうか?お聞きしますよ」
「……セリアは、いつも私を一番に思っていてくれることくらい知っているわ」
エミーリア様の言葉が溢れてくる。
「お父様もお母様もそうだったのに……大丈夫だと思っていたのに手遅れだったんだわ!私が我が儘だから!お勉強が苦手だから!変わろうと頑張ってるけど、手遅れで見限られてしまったのだわ!ダーミッシュ家の跡取りに相応しくないと……だ……だから……ルイス様が来たんだわ。うぅっ」
「リア様が頑張っていることは皆、知っております」
「でも彼に取られてしまったわ!見たでしょ?私よりもずっとルイス様にばかり構っていたわ!私のこと全く見てくれていなかった。きっとここ最近お会いできなかったのは、彼と一緒にいたからよ!私よりも彼といることを選んだのよ!私はもう愛されないのだわ……」
「リア様」
「…………ガリガリの男の子だったわね。1年前のセリアを思い出すわ。そうよ!どうせ拾ってきた子を養子にするならセリアにすれば良いのにっ!」
「はい?」
「セリアが私の代わりなら許せるわ。大好きだもの!ねぇ、そうお父様たちを説得しましょう!」
「貴族になんてなりたくないですよ!」
なんと突き抜けた発想……エミーリア様が壊れてしまった。私も大好きです!って今はそうじゃなくて、エミーリア様の代わりはいませんって!必死に否定するが、エミーリア様は説得を止めてくれない。
「なんでよ!私と姉妹になれるのよ!」
「魅力的すぎます!でも今がちょうど良い幸せなんです!私はこれを死守します」
「どんな理由よ!」
「こんな理由ですよ!」
お互い仁王立ちで向き合う。
「ふふふ、馬鹿みたい。なんの言い合いよ」
「あはは、全くですね」
「あぁ、変なの!ありがとうセリア、落ち着いたわ」
「ニーナさんも心配してますよ」
「そうね、ちゃんと謝るわ。お父様とお母様はもう知らないわ!」
そしてドアノブに結ばれていたシーツをほどき、扉を開ける。するとそこにはニーナさんの他に――――
「あ"ぁーリア!君にそんな思いをさせていたなんて、うぐっ。私は父親失格だ。すまない……ぐす」
「リア!あぁリア!わたくし達を許してリア!母様を嫌いにならないで……うわぁぁあん」
「だから間違えてはならないと言いましたのに……」
廊下で膝をつき泣きながら懺悔するご夫婦、呆れているダニエルさん、ご夫婦を冷めた目で見る無言のニーナさんがいた。
「リア様……アイサレテマスネ」
「えぇ…キモチワルイワ」
「「───!!」」
そしてエミーリア様も感激することなく、静かにご夫婦にトドメをさした。