12 屋敷(2年目)
屋敷に来て約一年が過ぎて二年目に突入した。
座学を修了した時はお嬢様に「こんなの早すぎるわ!裏切り者!」と言われてしまったが、聞こえないふりをした。
数学は前世の記憶のお陰で難なく修了。他の教科もひたすら暗記系だったため、1教科ずつ暗記で攻略し頭がパンクせずに済んだのだ。ダンス、マナー、音楽の実技が伴うものはまだまだ終わりそうもない……。
私は11歳になり、少し髪も伸ばして結べるようになった。少し体にも肉がついてきて、女の子らしくなってきたはず。
私が外出の時に黒髪が気になって、帽子を深くかぶっていると知ったエミーリア様から誕生日に“茶髪のカツラ”をプレゼントされたときは驚いた。もちろん外出時には愛用している。
エミーリア様は10歳になり、更に天使になった。性格は以前より穏やかになり、ニーナさんとも仲良くなれたようで、認められたニーナさんが来月から正式な侍女になり、私が補佐というポジション変更があった。
エミーリア様はニーナさんをはじめ、「メイドの態度は人形のようで、話もしてくれないからスザンナ以外は嫌だったの」と告白した。するとニーナさんも告白する。
「実は侍女以外のメイドは主の話に踏み込んではいけないマナーがあるのです。話したくても話せないのです。そして当時私は緊張のあまり、侍女になったのにも関わらず、距離を置いてしまい申し訳ございませんでした」
「そんなの知らなかったわ!私がちゃんとマナーの勉強をしていなかったせいね……ごめんね、ニーナ」
「お嬢様っ」
感動の和解に、当事者のお二人より私が号泣したのは今もネタにされる。
テオは13歳。最近、急に身長が伸び始め体が痛いと嘆いている。マナーの授業の時には私たちに、練習も兼ねてお茶を淹れてくれる。先生とエミーリア様が厳しい指摘をするため、テオのお茶はどんどん美味しくなっている。
一緒にいる時間も多く、年も近いこともあり、私たち3人は仲が良い。夏の終わりが近い今日もエミーリア様のお誘いで私とテオはエミーリア様の部屋で休憩のお茶をしていた。
「最近、お父様もお母様も忙しそうで寂しいわ。ねぇセリアもテオも理由を知らない?」
「私は分かりません」
「俺もハッキリとは。まぁ先日お二人は執務室で大量の資料とにらめっこしてましたけど」
「資料……お見合いだったら嫌だわ」
アドロフ様もシーラ様も二人でお出掛けになることが多く、帰ってきても執務室からなかなか出てこないのだ。新聞を読むと貴族間での争いがあるようで、お見合いではなくその対応で忙しいのかもしれない。
「お見合いにしては深刻な顔つきでしたよ」
「そうなの?なら、会う時間が欲しいなんて我が儘は言えないわね」
エミーリア様はしょんぼりとしてしまうが憂いた顔も美しい……。でもやっぱり笑顔が見たいので力になって差し上げたいと提案をしてみる。
「リア様、旦那様と奥様の疲れが癒されるよう手作りお菓子の差し入れをしては如何でしょうか?」
「私がお菓子を作るの?」
「嫌ですか?」
意外そうな顔をされ戸惑っているとテオが説明してくれる。
「セリア、暗黙の了解で貴族の令嬢が厨房に立つことなんて稀なんだ。料理人も雇えないのかって見られるからな。でも……まぁ、クッキーの型抜きくらいは許されるはず。渡す相手も家族ですし、お嬢様どうですか?」
「それなら出来そうね。お父様とお母様に会える口実もできるし、素敵よ」
「分かりました。料理長や執事長に相談して、お二人の都合などの根回しは俺がやっておきます。セリアはメイド長とニーナさんを頼む」
「了解!」
ダニエルさんの教育の賜物か、テオのお兄ちゃん属性のお陰なのか、最近すごく頼りになる。良い執事になりそうだ。私も負けてられない!
早くも夕方にはテオが訪ねてきてくれて、予定を教えてくれる。明後日、朝食後すぐに型抜きをして、授業中に料理長に焼いてもらう。昼食後にラッピングをして差し入れに行く流れだ。
エミーリア様も凄く楽しみにしており、ニーナさんはラッピングのリボン選びに気合いが入っていた。私はクッキーの味見が待ち遠しい。
2日後、今は無事に型抜きとラッピングを終えた私たちは執務室へ向かっている途中だ。赤と白のストライプのリボンにハートのクッキーを胸に抱き、久々に両親との時間がとれるエミーリア様は上機嫌である。彼女は大人ぶっているが、まだ10歳の子供だ。よほど寂しかったのだろう。
「旦那様、エミーリアお嬢様をお連れしております。宜しいでしょうか?」
ニーナさんが執務室をノックすると、ダニエルさんが扉を開け入室を促してくれる。中に入るとアドロフ様とシーラ様が笑顔で出迎えてくれた。
少し疲れは見えるものの元気そうで良かった。私とニーナさんはエミーリア様の背後に控える。
「お父様も、お母様もお疲れ様です!クッキーの差し入れをお持ちしましたの。受け取ってくださる?」
「まぁ嬉しいわ、ありがとう、リア」
「どれ、お父様にもくれるかい?」
「もちろんですわ♪型抜きだけでしたが、とても楽しかったわ」
三人の話はとても弾んでいる。エミーリア様は白い頬をピンク色に染め、満面の笑みを浮かべているだろう。直接顔が見れなくても、声色や背中から嬉しさが伝わってくる。
「頑張ったんだね、ダニエルお茶を」
「かしこまりました」
そういってダニエルさんはティーポットで茶葉を蒸らし、すでにカップに淹れていた。相変わらずできる男である。
紅茶を一口啜ったところで、アドロフ様が「大切な話があるんだ」と切り出した。私たち使用人は退出しようとしたが、ニーナさんと私にも聞いて欲しいと呼び止められた。
「リア、紹介したい人がいるんだ」
「え?もしかしてお見合い!?」
「まだ早いわ、違うのよ。アドロフったら、ちゃんと伝えて」
「ごめんごめん、ダニエル。あの子をこちらに」
すると隣の休憩室からダニエルさんが少年を連れてきた。ミルクティー色の髪は後ろで結ばれ、オリーブのような深い緑の瞳にとても整った顔。しかし表情は死んでおり、服の上からでも体は痩せ細っているのが分かる。
「この子はルイスといって今年で13歳になる。エミーリアの新しいお義兄さんだよ」
突然の知らせに、私たちは息を飲んだ。