10.5 屋敷(エミーリア)
私はダーミッシュ男爵家の長女エミーリア、9歳よ。
お父様とお母様の良いとこ取りで、自分で言うのもなんだけど優れた容姿だと思う。両親も私を溺愛しているという自覚はあるわ。
我が儘を言っても怒らずに、二人とも微笑むだけ。お二人とも大好きだけど、どこかモヤモヤしていた。お母様より私を育ててくれた時間は長いだろうメイド長のスザンナも同じだったわ。
だから、そんな人達を困らせたくて悩んでいたら、新人護衛のカールに「誘拐に見せかけて、困らせましょう」と提案され頷いた。
だけど協力者と勘違いして近づいたら悪い人たちで、本当に誘拐されるとは思わなかった。
とても暗くて汚いところへ連れていかれ怖かったけれど、暴れると思ったよりも簡単に抜け出して逃げることができた。でも、場所が分からず泣くことしかできずにいたの。
すると声をかけてくれる少年が目の前に現れたのよ。私が戸惑っているとフードを外し、姿を見せてくれた。インクのような真っ黒な髪、闇のように深い瞳、中性的な顔の子供が微笑んでくれたの。見事な漆黒に見とれてしまったわ。
それから黒猫と名乗る彼はあっというまに連れ出してくれた。華麗に敵を倒し、女の子を助け出す……まるで物語の騎士様のよう。私は彼を手に入れたくなった。絶対に手放したくなかった。
黒猫さんがカールに蹴られたときは、男爵家に誘っても「こんなカールがいる所では働けない」と言われるのではとヒヤヒヤしたけど無事に黒猫さんを説得できて良かった。
どこか危うい雰囲気の彼を助けたかった。
屋敷に帰って『彼』が『彼女』だと判明したときは驚いたけど、関係なかった。私が選んだセリア、私だけのセリアが今日から一緒なのだと嬉しくて堪らなかった。
それから2週間はセリアに仕事や勉強があり、あまり話せなかったけれど楽しかった。窓から一生懸命に仕事を頑張るセリアを見てるだけで、誇らしくなった。
最初はクールな人かと思ったけど、表情の変化が鈍いだけで感情豊かな魅力的な人だった。
勉強が再開したら、楽しみが無くなってしまうことに私は苛立っていた。同じ事を繰り返す算数、ひたすら書き写しばかりの国語、社会なんて音読するだけよ。
領地のことだって将来の夫がするから、私が勉強できても意味がないわ。両親だってそう、婿養子のお父様が男爵家を取り仕切り、お母様はお茶会をするか刺繍をしている。
使用人の件だって……
昔からスザンナはいつも笑顔で私に色々な話をしてくれるわ。人気の演劇俳優の話や、新作のスイーツなど普通の話よ。でもスザンナ以外のメイドは、いつも涼しい顔で静かに仕事をこなすだけ。
去年、当時のメイド長が引退することになり、スザンナが次期メイド長になることになった。
スザンナが侍女ではなくなるだなんて嫌だったわ。
新しい侍女になって数日、やはり新しい侍女は優秀だけどつまらなかった。我慢できなくて勉強をサボると、スザンナが来てくれた。私が悪い子であればあるほどスザンナは来てくれて、結局私の侍女に戻ってくれたの。良い子に戻ったらまたつまらない日が待っている。
だから、使用人への八つ当たりは止められない。
家庭教師が復活して数日したら、妙なタイミングでセリアがそばに現れるようになったの。スザンナが忙しくて来れないから、他のメイドが代わりにセリアを呼んだのだわ。
でもセリアったら全力で私を誉めてくれたり、心配してくれたりして楽しかったわ。良い子でいたらセリアは誰よりもキラキラした目で見つめてくれるのよ!女優になった気分だったわ。説得するためとはいえ、セリアもなかなか演技派ね。
そう分かっているはずだった。
でも遅番メイドの作戦の話が改めてショックで、屋敷の外まで逃げてしまったわ。誰も私の居場所になかなか気づかなくて、でも自分から出ていくのは悔しくて悩んでいたらセリアはまた私を見つけ出してくれたのよ!
でもセリアに怒られるとは思わなかったわ。
「使用人の分際で!」と思わず私の口から出た時はもう嫌われたわ、と日頃からの悪い癖が出てしまい絶望してしまった。なのにセリアは最終的に「またここに隠れましょう!」だなんてさっきとは逆の事を言い出すんだもの、本当に面白かったわ!
私はセリアに相応しい主になりたいと思った。今の私ではダメだけど、セリアとなら頑張れそうな気がするの。屋敷で待っているお父様とお母様に相談してみよう。
執務室に戻ると二人が待っていてくれた。さすがに逃げ出すほどの行動を起こすとは思っていなかったようで、困り顔だった。
「お父様、お母様、心配させてごめんなさい」
「落ち着いたかい?」
「リア、本当に心配したわ、ダメな子ね」
お父様とお母様の間に座り抱き締めてもらう。早速、相談することにした。するとお父様が色々と教えてくれた。
「リアが変わろうとしてくれて嬉しいよ。セリアが『このままではリア様に捨てられる』と不安に思っていたようだよ」
「ありえないわ!」
「でもセリアが不安になるような行動をしていたのは分かるよね?自分よりも長く勤めている、仲の良いメイドが責められてて不安になったんだろうね」
「自分のせいなのね。私、これからは勉強もサボらないし、メイドのことも大切にするように頑張るわ!でも、いつも心が折れそうだったの……だからお願いがあるの」
「リアが頑張るのであれば、考えよう。教えてごらん」
そして、私はお願いを伝える。変わると言いつつも、このお願いが相当な我が儘だと自覚はある。でも他は我慢するわ!そう言うとお父様もお母様も許してくれたの。条件はスザンナからも許可を得ることだけだから、叶ったも当然ね。
久々に次の日が楽しみになってきたわ!