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流れるもの

 いつも通り後宮の人気のない建物の屋根の上、あたしは寝ころがってはるか頭上を雲がゆっくり流れていくのを眺める。

 あちらとこちらでは流れる時間が違うみたいだ。手を伸ばしても、あたしには雲の上のことなんて、わからない。



 夏至をすぎても、結局レジスタンス側にあたしが渡せた情報は姫と王様が微妙な関係だってことくらいだった。



 あたしがスパイとしてもたもたしているあいだに、レジスタンスはいつのまにか革命軍と名前を変え、勢力をちゃくちゃくと広げているようだった。


 地方領主を倒し、ときに取り込んで、この王都に向かって順調に進軍している。

 親父たちのいた鉱山も夏の終わりごろに解放されて、いまでは有志が革命軍のために火薬を掘り出していた。親父たちも鉱山の元奴隷をまとめて、生き生きと鉱山で働いているらしい。

 親父たちの無事にほっとしたけど、これで姫のそばに居続ける理由がなくなってしまった。その事実が胸に重くのしかかる。


 革命軍は国軍にも離反を呼び掛けている。上層部は貴族階級出身の騎士が独占しているけれど、下士官クラスまでなら平民出身が多いからだ。




 ◇◇◇




「これ、いつものやつ」


「こんなのなんに使うのさ」


「いろいろよ。あって邪魔になるもんじゃないし、なんなら自分に使ってもいいのよ」


「これまでもらったもんの隠し場所にも困ってるって言うのに」


「これくらい香水だって言い張ればいいじゃない」


「匂いのしない香水があるかよ」



 アビーは、人目を盗んであたしに色々なものをくれる。今回は無味無臭の眠り薬。これまでにもらったのは、最初の短剣、縄、各種使用人の制服、変装用のかつらなどなど。ヒルダはあたしになにをさせたいのだろう。



 アビーは女官なのになんで協力してるのかわからないけど、ここのルールを教えてくれたりしてさりげなく助けてくれるのだ。



 アビーによると、つい一週間前、王都から馬で五日ほどいったところに領地を持つグラスゴー公爵が革命軍についたらしい。

 この出来事によって国中に激震が走った。いよいよ城のなかの空気もおかしくなり、櫛の歯が欠けるようにだんだんと人が少なくなって、きらびやかだった王宮の備品が消えて二度と出てこない……なんてことも何度かあった。

 あんなに堅固な警備だったのに、どこまで革命軍の手が入っているのか、騎士たちのやる気も減ってしまったようだ。



 グラスゴー公爵が革命軍に合流したことで、貴族のなかでもお偉い人が味方についた、これで革命は成功したも同然と小躍りをするようなやつも居れば、貴族に利用されるだけだと反感を抱くやつもいた。

 ヒルダは前者で、あたしは後者だった。



 アビーに教えてもらったことだけど、この国は王族が少ない。


 もともと後継者争いをさけるために、王太子を決めたあと、その他の王子・王女はみんな臣下に下るか、婿や嫁に出されると決まっている。

 その結果、王には絶大な権力が集まり、強い王が思うままに国の舵をとる仕組みだ。

 賢く頼れる船長がすべてを仕切ってくれるなら、こんなに心強いことはない。船頭多くして船山上るというように、指揮する人間が多いと下が混乱するからだ。でも、もしただ一人の船長が愚かで弱くて乱暴なだけだったら、すぐに沈没してしまう。そして、それを止められるものが誰もいないのは、とてもおそろしいことだ。


 今の王は船長に向いていない。

 はじめは穏やかで優しい王だと評判だったらしい。でも、歳をとるにつれ、様子がおかしくなった。


 まず、政治を投げ出して部屋に引きこもった。かと思えば、反逆罪をでっち上げ王太子をみずからの手で殺し、残った王子も王太子になれそうな順番から次々に処刑した。王女も実家の身分が高すぎるものは殺し、そうでないものは「好きにするとよい」と言って臣下に与えた。それでも、一人か二人かは生き延びて外国に亡命したらしい。

 数多くいた妻たちは豹変した王におそれおののいて、自主的に実家に帰った。帰らなかった(帰れなかった)ものは、みんな自分の生んだ子どもと一緒に墓の下にいる。



 現在、王城にいる王の子どもはヘレナ姫だけだ。後宮がずっと静かだったのは、墓場の静けさだったのだ。


 ヘレナ姫がいまも無事なのは、母が奴隷という極端に低い身分だったことと、その美しさのせいだ、ともっぱら女官たちは噂していた。一人だけ生き残った姫を、城の使用人たちはみんな、なにか卑怯な手を使ったんだろうと軽蔑しているらしい。





 まあ、とにかくなにが言いたいかというと、王族がほとんどいないってことは、王を倒したやつが一気に玉座に近づくってことだ。




 ――ロビン、前は悪いこと言ったかも。貴族にも私たちのこと理解してくれる人間がいるのね。お姫さまはどう?


 夏服の受け渡しのとき、会ったヒルダは態度を一変させていた。グラスゴー公爵の演説を間近で聴いたのだ。彼はひとりひとり、聴衆の目をしっかり見て「任せてくれ」と言ったらしい。聴衆は彼よりずっと低い身分だったのに、普通ならあり得ないことだ。公爵からは革命軍の有志を労うための酒まで振る舞われ、会場は熱気に沸き立った。ヒルダいわく「一体感があった」って。それから、すっかりヒルダは公爵の熱意にやられてしまった。


 ヒルダは、あたしにとってのヘレナ姫のことを、ヒルダにとってのグラスゴー公爵のように解釈したようだけど、全然違う。あたしにとっての姫は、もっと別の存在で、そんな期待なんて一回もしたことがない。

 だって、あたしたちがお互いについてわかったことがあるとすれば、それはもう無理だってことだけだから。あたしたちがお互いを理解するなんて幻想だ。わかろうとすればするほどに、間にある溝の深さを知ることになるだけ。



 あたしたち孤児のような弱いもののために革命軍は戦っている、とヒルダは言ってた。


 ヒルダはあんなに貴族を憎んでいたのに、グラスゴー公爵は理想を掲げ平民のために闘ってくれてるって心酔している。

  あたしはその変化がちょっと怖い。振る舞われた酒に変なものでも入っていたんじゃないかと思う。

 公爵がついたことで、革命軍が有利になったのは確かなんだろう。公爵に会ったことないからわからないけど、ほんとにいい人なのかもしれない。



 でも、王さまのいとこであるグラスゴー公爵が指揮をとり「彼が次の王だ」という噂が流れはじめ、あたしは革命軍の戦いを遠くに感じるようになっていた。

 いままで、親父たちの義賊の戦いの延長線上にあると思っていたものが、いつのまにか雲の上の貴族のボードゲームにすりかわっていたような、そんな感覚だ。


 流れる血は、いつもあたしたち平民のものなのに。




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