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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

必要

作者: 香月日向

 私は、一貫して暴力が嫌いだ。暴力は、何があっても許されてはならない絶対悪だ。腕力が強いのをいいことに、弱者をいたぶることの、どこに正当性があるものか。戦争にしろ革命にしろ、暴力を伴ったものである以上、声が大きい力のある者がそれを制するという性質を持つ。結局、力なき者が救われることはないのだ。

 故に、私は暴力が嫌いだ。


 暗い部屋だった。暗闇は人に不安感を与える。しかし、今彼女が感じている不安は暗闇によるものではない。そもそも、部屋の天井には白熱灯がいくつか灯っていて、完全な暗闇というわけでもないのだ。それでも、彼女は自分が視界を確保できないような暗闇に置かれているのと同じ不安感と恐怖を抱いていた。

 彼女の目は包帯で目隠しされていた。たいした厚さでないから、光を感じることはできるだろう。しかし、動物の中でも特に視覚の発達した種である人間は、視覚情報を遮断されることに本能的な恐怖を覚えるものなのだ。

 また、目隠しをされるだけでも十分な不安と恐怖を感じるのに、彼女はその上、両手脚を拘束され、椅子に固定されていた。手の感覚で周囲を探ることもできなければ、歩くこともできない。文字どおり手も足も出ない状態に、彼女は置かれていた。

 不安と、恐怖と、何故自分はこんな状況に置かれているのかという疑問がめちゃくちゃに混ぜられ、彼女の頭の中を暴れまわった。理解不能という警告音と、再試行を求めるコーションマークが目まぐるしく明滅する。脳の処理機能を越えた感情は嗚咽となって、彼女の口から溢れた。

 「ここ……どこ?……やだ……怖い……」

 か細い、少女の声は、恐怖と不安で震えていた。

 少女が嗚咽を漏らした時、部屋に床板を革靴で叩く音が響いた。黒いコートに身を包んだ一人の男が部屋に入ってきたのだ。

 「……っ!だっ……だれ!?」

 少女はとっさに足音の方に顔を向ける。

 「ようこそ、僕のアトリエへ……。僕の名前はアンジェロ。今夜はよろしくね……。」

 アンジェロと名乗る男の声はどこか恍惚としていて、妖艶ですらあった。アンジェロは少女が拘束されている椅子にゆっくりと近づいた。その脚の運びは、舞台俳優を思わせるほどに、優雅で気品に満ちた物だった。

 「アトリエ?今夜はよろしく?……アンジェロさん……私に何するつもりなんですか?……怖い……」

 少女の質問に答えずに、アンジェロは椅子の後ろにまわった。ゆったりとした動きで、少女の肩に手を置く。手が触れる瞬間、びくりと少女の体が跳ね、微かな悲鳴が聞こえる。

 「……美しい君には、僕の美しい作品の題材になってもらうよ……」

 「作品?」

 アンジェロは少女の目隠しを外した。

 少女は絶叫した。自分が拘束されている部屋に広がる地獄絵図に、多くの人が恐らく一生感じることがないほどの強い恐怖と嫌悪感を抱いたためだ。少女の眼前に、血の海が、刃の山が、地獄が広がっていた。

 部屋には、子供の死体(と言うよりもはや変死体)が転がっていた。あるものは吊し上げた状態で切開した腹から臓物を引き出され、またあるものは全身至るところにナイフやハサミなどの形状も長短も様々な刃物を突き刺されている。それらの全てが、今にも叫び出しそうな、悲痛な表情をしている。恐らくアンジェロは、この子供たちを生きたまま切り刻んでいったのだろう。死体の表情は、彼等が絶命する瞬間まで、想像を絶する恐怖と苦痛に悶絶し絶叫していた何よりの証だった。

 あまりの恐怖と不安で感覚が麻痺していたのか、その地獄絵図を見た瞬間に、強烈な異臭が鼻腔を刺した。人間は、糖の豊富な食べ物をよく食べる上、脂肪も多いため、動物の中でもっとも死臭がキツいという。いま自分が嗅いだ強烈な異臭は、人間の臓物と排泄物と脂の混じった臭いだと理解したとたん、吐き気が込み上げてきて、少女は激しく嘔吐した。

 「どうだい?僕の美しい作品は……。素晴らしいだろ?」

 「これが……作品?」

 この男、狂ってる。


  私は、一貫して暴力が嫌いだ。暴力は、何があっても許されてはならない絶対悪だ。腕力が強いのをいいことに、弱者をいたぶることの、どこに正当性があるものか。戦争にしろ革命にしろ、暴力を伴ったものである以上、声が大きい力のある者がそれを制するという性質を持つ。結局、力なき者が救われることはないのだ。

 故に、私は暴力が嫌いだ。

 しかし、時として、暴力が必要悪として必要な場合がある。例えば、か弱い少女が今にも、拳銃を持った明らかな殺意をもった男に殺されそうになっている時、同じく自分も銃を持っている場合などは、その銃を男に向けて止めるよう促さなくてはいけない。銃は、人に向けただけでもかなりの暴力であるが、この場合においてあえて銃を捨てて少女を庇いにかかるのは、かえって男を刺激し少女を危険にさらすことになるかも知れない。自分が躊躇っているうちに、少女が殺されるかもしれない。例え男を殺すことになっても少女を助けたいと思う勇気と、同じく暴力にさらされる覚悟があった場合のみ、暴力は必要悪となるのだ。

 故に、私は暴力を振るう。


 ドアの向こうから、少女が悶絶する声が聞こえる。必死で助けを求める声は悲痛で、あまりにも幼かった。このドアの向こうに、オモチャを分解して遊ぶように、子供たちを生きたままばらばらにして楽しむ、最低最悪の殺人鬼アンジェロがいる。

 怒りが、激しい怒りが込み上げてきた。

 私は手にしたサブマシンガンMP5の照準をドアの鍵穴に合わせ、フルオートで9ミリ弾を叩き込んだ。弾倉が空になるまでぶちこんだ。かなり固かったけど、ようやくドアが破れた。

 弾倉を交換し、破壊したドアを開けて部屋に突入する。

 「アンジェロ!」

 子供の変死体に埋め尽くされた部屋に、私の怒号が鳴り響く。血の海の中、部屋の奥に、服を脱がせた少女に煙草の火を押し当てるアンジェロの姿があった。なんという凌辱、なんという非道。

 私は怒りに身を任せ、アンジェロに飛びかかった。

 「止めろてめえ!」

 少女が被弾するのを避けるため、私はMP5からケイバーナイフに得物を持ち換え、アンジェロに斬りかかる。

 「貴様!よくも僕の美しい作品作りを邪魔したな!君には!僕の作品の美しさが……」

 手の甲に深い切り傷を負ったアンジェロが泣き叫ぶ。

 「ごめん……俺バカだからさ……芸術とか美しさとか、よくわかんないな!」

 一蹴して、私はアンジェロの肩口に刃を突き立てた。アンジェロが絶叫する。そのまま刃をぐりぐりと押し込み、アンジェロにさらなる苦痛を与える。

 「いやああ!やめっ!止めてええええ!痛い痛い痛い痛い痛い痛い!」

 「これが!お前が子供たちに味わわせてきた痛みだ!」

 あまりの恐怖と苦痛に、アンジェロはとうとう泡を吹きながら気絶した。私はアンジェロの四肢の腱を断ち、例え目覚めても少女に手が出せないようにした。

 少女の方を見ると、あまりの出来事に、まだ自分が助かったことを認識できていないようだった。私は少女を拘束するワイヤーを断ち、少女を解放する。

 「服を着たら、今すぐ外にでるんだ。すぐそこまで警察が来ている。訳を話せば助けてくれるはずだ。」

 少女の正気が戻ってから、私は少女がとるべき行動を指示した。少女がうなずくのを認めると、私はその場を立ち去った。私は警察に追われる身だ。少女と一緒にいるべきではない。アンジェロに共犯者はいないし、きっと無事警察に保護されるだろう。

 少女の身は、一先ず安心だ。問題は、あの地獄絵図を見てしまった少女の心だ。

 曇天のような言い知れぬ不安を胸に、私は次の場所へと向かった。

 暴力による助けを、必要とする者の所へと……。

(終)

 

 

 

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