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第八話 束の間の平和

 人間の姿になったことで、俺の評判を加速度的に上昇した。

 今まで俺と交流があったのは男性が殆どだった。しかし人の姿になったためか、女性や子供から喋りかけてくるようになった。

 龍の馬鹿力や陽術を使っての家事の補助や子供の面倒が、今日の主な仕事になった。

 水分の生命線となっていた水汲みがマリーの氷によって解決できなければ、川と村を往復することになっていただろう。

 マリーは可愛らしい容姿と、貴重な水の提供をしてくれるということで、正直俺よりも村からの人気を得ていた。


「おい、お前ら! マリー様に気軽に話しかけるんじゃ無い!」


 まるでマリーのマネージャーになったかの如く、イグノーは色香に誘われてきた男共を追い払っている。幼い容姿であるが、水色髪から漂う神秘的な雰囲気と、誰でも気さくに話せる性格が人気を得た理由なのだろう。


「あの、イグノーさん」

「はいっす!」

「ちょっと煩いです」

「はいっす! 黙りまっす!」


 そう言って黙りこくるが、一分も持たない。

 イグノーのマリーへの一目惚れぶりには呆れるほどだが、おかげで俺は安心して他の作業に打ち込むことができる。

 マリーは本気で嫌いな相手には容赦しない。もし本気でイグノーが嫌ならばとっくの昔に氷付けにされている筈だ。そうなっていないのは、おそらくイグノーに邪な心を感じないからだろう。


「ねえ。さっきは聞きそびれたけど、あの子とはどういう関係なの?」


 俺がじっとマリーの様子を見ていると、横で子供をあやしているカティナが尋ねてきた。


「兵から逃げてる時に匿ってくれたんだ。その時に俺を人間の姿に変えて逃がしてくれたんだ」

「なるほど。ザンテデスキアは龍の世界では指名手配にはなっていないのね」

「そうらしいな。マリーのように好意的に接する龍もいれば、龍全体に悪影響が及んだとザンテデスキアを恨む龍もいたな」

「当然ね」


 子供に向けて柔和な笑みを浮かべながら、冷たい言葉を放つ。

 俺はため息をつきながら、肩をすくめた。


「ところで人間になったあなたを殺れば、龍の方も死ぬのかしら?」

「しぬのー?」

「どうだろうな。ってか、子供がいるところで物騒なことを言うな」


 おそらくこの体でも死ねば間違いなく死ぬだろうが、それを言うと容赦なく剣を抜きそうだったのでやめた。

 カティナは膝に顎を乗せながら、重い溜息をついた。


「はぁ……こういう時に〝龍殺しの騎士〟がいれば良かったのに……」

「龍殺しの騎士?」


 聞き慣れない単語に、俺は思わず聞き返した。


「龍退治専門の騎士よ。私をザンテデスキアから助けてくれた恩人で、戦闘技術を教えてくれた恩師でもあるのよ」


 その騎士の話をしてる時のカティナの顔は、今まで見たことのない顔だった。復讐の色どころか警戒すら浮かんでいない……そう、今のカティナは復讐者じゃない。

 ただの少女だ。


「何じっと見てるのよ」

「いや、その人がいたと思うとぞっとするよ」

「そうよ。アンタなんて秒殺なんだから」


 まるで我が物顔で威張るカティナ。


「俺を秒殺ね。よほどそいつの強さを信頼してるんだな」

「当然よ。数多くの化物を華麗に葬ってきたのをこの目で見たんだから」


 カティナの威張る顔を見ていると、どことなく意地悪をしたくなる。


「そうか。てっきり恋でもしてるのかと思った」

「っ!」


 カティナは両手で顔を隠してしゃがみ込んだ。

 予想以上に面白い反応だ。子供が何事かと傍で首を傾げているのが、余計に面白い。


「どうした? 耳が赤いな? 風邪でも引いたのか?」

「うるさい! うるさい!」


 両耳を抑えてカティナは逃げ出してしまった。

 ――代わりに赤くなった顔が見えていたけど。

 俺は置き去りになった子供をあやしながら思う。

 ファンタジー世界というのは、かなり残酷な世界なんじゃないかと。

 例え力がなくとも、体力がなくとも、賢くなくても、性格が向いてなくても、少しの魔術ときっかけがあれば戦場へ赴く羽目になってしまうのだから。

 カティナだって親の死さえなければ、戦場から遠い平和な街で過ごす事が出来ていたかもしれない。いや、きっとそうしていただろう。


「女の子を泣かすのが趣味になったなんて、テルアキくん鬼畜になりましたね」

「趣味じゃねぇよ。少し意地悪したくなっただけだ」


 仕事を終えたマリーが、俺の側に置いている椅子に腰を下ろした。


「なあ、ザンテデスキアって今どこにいるんだ?」


 カティナの復讐劇を終わらせるには、元凶であるザンテデスキアをどうにかしなければならない。俺に取っても、そいつのせいで追われる身になってしまっているのだから、退治できるならしておきたい。


「私にもさっぱりです。あの方は心の赴くままに行動される方ですから、行き先など想像つきません」


 マリーは神水色の髪を手櫛で梳かしながら答える。


「確かマリーは、ザンテデスキアと知り合いだったんだよな」

「はい。一時期は匿っていたこともありますよ。人間に対しては厳しいですが、敵意の無い龍には優しい方ですから」


 そんなマリーでも行き先が分からないのであれば、見つけるのはかなり至難かもしれない。そもそも、ザンテデスキアはそのままの姿でいる可能性が低い。十メートルを超える図体を隠すため、姿を変えたり消したりできる術を使っているだろう。

 マリーは半開きの目で覗き込んできた。


「もしかして、挑もうとしてます? あの方に」

「まさか……。ちょっと会ってみたいだけさ。ところで、俺とそいつが戦ったら、どっちが勝つと思う?」

「あの方に決まってるじゃ無いですか」


 有無を言わさない即答だった。


「そ、そんなにか……」

「はい。陽術や体術の優劣は私には分かりませんが、あの方の最強たる所以は勝つ為に手段を選ばないことなんです。例えば人間を盾にされたら、テルアキくんは攻撃できますか?」


 俺はその質問に答えることができなかった。

 例え異世界といえど、ここは現実。ゲームのように真っ向から戦う以外の選択肢が取れる。

 そんな単純なことを、俺は忘れてしまっていた。


「つまり、そういうことです。そんなあの方に挑む愚か者は、龍退治専門を名乗る騎士だけで十分です」


 また龍退治の騎士。よほどの有名人らしい。


「マリーもそいつのことを知っていたのか」

「戦ったことはないですけど、龍族の間じゃとても有名な人間です。人間にとってのザンテデスキアと同じように、その騎士は私たちの間で危険視されていますから」


 その騎士はよほど大勢の龍を殺してきたのだろう。ザンテデスキアが人間にそうしてきたように。カティナの話を聞いたときは会ってみたいと思ったが、会った瞬間に首を落とされそうだな。


「ただ、その人も最近じゃ行方知らずらしいです。あの方の消息が掴めなくなったのと同時期なので、心中したのではという話もありますが、根拠は何もありません」

「龍の最強と龍殺しの最強が同時に消える……因果関係が無い可能性はかなり低いだろうな。ま、何を考えたところで机上の空論から抜け出さないが」

「テルアキ様の潔い引き、私は好きです」

「分からないから思考放棄してるだけさ」


 ザンテデスキアも龍退治の騎士も、俺に取っては架空の存在のようなものだ。

 顎に手を当てて考える俺を、今度は笑みを浮かべながら覗き込んできた。


「今のテルアキくん、とても楽しそうですね」

「まあ、そりゃ。逃亡生活じゃなくなったからな。食料も寝床も安心して確保できているし」


 そして何より、久しぶりに人間の輪に入れて、頼りにされていることが大きい。

 マリーには俺が元々人間だということを話していない。人間と龍族の仲が悪いのは火を見るよりも明らか。わざわざ殺されるようなことを自ら言う馬鹿では無い。


「だから俺は出来るなら長くここへ――」


 不意に、俺はそれを感じてしまった。

 マリーも険しい顔で俺を見つめている。

 百、いや、千を超える人間の足音を聞いて。

水色髪って神秘的だと思いません?

読んで頂きありがとうございましたm(_ _)m


次回は明日更新です。


ご感想・ご指摘・ご意見等々頂けるととても助かります。忌憚なく書いて頂ければ幸いです。

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