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第七話 氷の翼竜

 どこからか聞こえてきた、透き通るような女性の声。

 この声はどこか聞き覚えがあった。


「な、なんなのよ! あれ!」


 悲鳴に近いカティナの叫びに振り向くと、上空に大きな翼竜が飛んでいた。

 翼竜とは、手の代わりに翼を持った龍の一族。身軽な体躯に力強い羽ばたきは、数ある龍族の中でも屈指の機動性を誇ると言われている。

 アクアマリンのような透き通った水色の鱗に覆われた姿は幻想的で、思わず魅入ってしまう。俺もカティナもイグノーも、呆然と空を見上げていた。


「少しひんやりしますが、お許しください」


 その龍は俺の側へと着地した途端、瞬く間に俺の体が氷に覆われた。

 まるで標本のようになってしまった俺は、ぽつりと呟いた。


「非常にありがたいんだが、ひんやりどころかかなり寒いな……」

「ついうっかり」


 俺よりも一回り小さい龍は可愛らしい声でウィンクをする。


「ちょ、ちょっと! あなた誰よ!」


 硬直から解き放たれたカティナが、剣を翼竜に向ける。

 翼竜は首を傾げ、剣を向ける人間に視線を落とす。


「あら、野蛮な挨拶ですね。誠意も敬意も感じない人間に、素直に応じる龍はいないですよ」

「ちょっと待つんだ」


 カティナへ顔を向けた翼竜に俺は制止の声をかけた。

 穏やかな声音だが、この龍は人間をあまり快く思っていない。何の前触れもなく敵意を向けられれば、それ相応の対応をしてしまうだろう。

 翼竜は小さくため息をついた。


「……分かってますよ。テルアキ様は本当に人間にお優しいですね」


 そう言うと、翼竜の体が水色の光に包まれる。

 それが陽術の発動だと気付くと、カティナはより一層警戒心を高める。


「ちょ、何をする気なの!」

「外見だけで物事を判断する貴方達のために、合わせてるだけです」


 光はやがて人間大のサイズになり、徐々に霞んでいく。


「え……?」


 そこに立っていたのは龍ではなく、小柄な人間の少女だった。腰まで伸びているのは鱗と同じ水色の髪で、龍のゴツさが微塵もない華奢な体つきをしていた。白色のフリルに彩られたゴシック衣装と、あまりにも龍の姿と印象がかけ離れている。


「よ、幼女……!」


 イグノーが目を大きく開いて、ごくりと喉を鳴らした。こいつ、危ない趣向の持ち主だったのか。

 少女はゆっくり目を開けて、カティナに微笑んだ。


「私はロスマリーナ=オフィキナリス。親しい者にはマリーと呼ばれています。どうぞ宜しくお願いします」


 丁寧にぺこりと頭を下げるマリーに、カティナの剣先が一瞬震える。さすがの彼女も、少女相手に喉を苅ることに躊躇いが生まれるらしい。


「貴方は一体……」

「私は氷を操る翼竜で、姿を変える陽術を持っている……それだけですよ」


 にっこりと柔らかい笑みを浮かべるが、カティナから警戒の色は薄まらない。


「ところで、せっかくこの村の気温を下げてあげたというのに、いつまで私は剣を突きつけられなければいけないのですか?」


 カティナは渋々と剣を下げた。


「っていうか、俺も人間にしてくれれば氷付けにしなくても済むんじゃないのか?」

「……ほんとですね。ついうっかり」

「うっかりは分かったから、早く解放してくれ……」

「もうせっかちさんですね。いいでしょう」


 マリーが俺に向けて両手を掲げると、水色の光に包まれる。

 痛いような痒いような、不思議な感覚が全身を包む。何度か体験しているはずなのに、未だこの感覚にはなれない。

 気がつくと、俺はカティナと同じ目線で立っていた。側にある氷を見ると、そこに映るのは紛れもなく人間の姿になった俺だった。

 艶やかなオールバックの黒髪に、金色の瞳。深紅の鎧。

 現実にいた時のみずぼらしい容姿はとはかけ離れている容姿だ。


「ありえないわ」

「俺も同感だ。……相変わらずこの姿には慣れないな」


 たとえ人型になろうと、本来の俺とは体型が全く違う。体の動かし方から、呼吸の感じまで、以前の体とは違っている。ただ立っている今ですら、違和感を覚えている。


「そう言われましても、これはテルアキ様の魔力から形成されたものですから仕方ありませんよ。格好良くていいと思いますけど?」


 そう言って、マリーは腕にしがみついてくる。


「マリーちゃんに好かれてるなんて……」


 イグノーはがくりと地面に両膝を落とした。こいつ、かなり重症だな。


「親しい間柄だとは思っていたけど……まさかそういう関係だったなんて」


 カティナは半開きの目でこちらを見てくる。


「いや、誤解だ。こいつが勝手にくっついてるだけだ」


 俺にとってのマリーは、前に命を救ってくれた恩人であり、お節介焼きな妹のような存在だ。

 くっつかれたからといって元が龍なのは変わらないし、平坦な体には惑わされもしない。むしろ、ひんやりとした冷気に堪えるので精一杯だ。

 マリーは俺の腕を引っ張り、俺の耳元でそっと尋ねる。


「私、やけに警戒されていますね?」

「あいつはザンテデスキアに家族を殺された経緯があるんだ。だから、龍に対して気を張ってしまうんだろう」

「そういうことですか」


 マリーは少しばかり悲しい表情になる。

 そういえば、マリーは以前ザンテデスキアと知り合いだと言っていた。何か感じるところがあるのだろうか。


「ところで、テルアキくんはこの村に馴染んでいたようにお見受けしましたが……どのような手を使ったのですか? ザンテデスキアになりきって脅しました? それとも誰かを見せしめに殺したとか?」

「そんなおぞましいことはしてない! 単に村のために働いて、認めてもらっただけだ」

「なるほど……つまるところ、村人を依存させたのですね。反感を買うことなく、自然に人を従わせるなんて、さすがテルアキくんです」


 幼い容姿をしながら、えげつないことを次々言ってくる。ほんとに可愛げのないやつだ。


「でも、要領は得ました」


 訝しげな目でこちらを見ていたカティナの真正面に、マリーは立った。


「では、私もテルアキ様と共にここに居座るために、村のために働きましょう」

「いらないわ」

「なっ! 即答! わたし超便利ですよ? 一家に一頭必要って言われるくらい便利ですよ?」

「図体のでかい龍に出来そうな力仕事は、一頭で十分なのよ」


 断固として断ろうとしているカティナに、マリーはフフフとほくそ笑む。


「いいでしょう……龍がただ図体がでかいだけではない存在であることを証明しましょう!」


 マリーは両腕を大きく広げ、目を閉じる。

 すると、彼女を中心に水色の魔術陣が展開する。彼女の元だけではなく、村のあちこちに展開する。


「一体何を!」


 カティナが叫んだ瞬間、それは起きた。

 村に展開していた魔術陣の中心から、五メートルほどの氷柱が顕現した。直径三メートルを越える太い三角錐の形をしており、まるで罪人を串刺しにする地獄の針山を連想した。

 瞬く間に村には冷気が流れ込み、村に立ち込めていた熱気を瞬く間に相殺していった。


「それだけじゃありません。空中の水分から汚れを取り除いてから作った水なので、飲むことは可能です。川が遠いこの村にとってはありがたいでしょう?」


 カティナは苦虫を噛んだような表情になっていたが、否定はしなかった。


「まるで奇跡っす! こりゃこの村にとっての救世主になります! 俺は最初からマリー様を信じていたっす!」


 ここぞとばかりに取り入ろうとするイグノーだが、マリーは若干引き気味だった。

 俺は言葉を失うカティナの横に立った。


「まだ、俺を殺そうと思っているのか?」

「思ってるわ。何をしようとどんな仲間がいようと、私の大切な人を葬った龍には違いないもの。そして貴方はザンテデスキアなのだから」


 カティナの心はオリハルコンの如く硬い。

 複数の化物を倒し、村のために体を動かし、マリーがリスクを省みずほぼ全魔力を使って村に冷気を齎しても、そのビクともしない。


「まだ……変えられないか」


 家族を失い、今日という日までザンテデスキアを殺すためだけに生きてきたのだから無理も無い。


「変わらないわ。ザンテデスキアを葬るまではね」


 だからこそ俺は、カティナの心を変えたいと思った。

 殺すために生きるなんて、寂しすぎる。それで死んだ人は帰ってこない。カティナの夢の先には虚しい達成感だけが生まれるだけだ。

 争いの一切無い世界で生きてきた俺の考えは、カティナに言えば鼻で一蹴されるだろう。

 それでも別に構わない。

 これはただの自己満足なんだから。


ついに水色髪ヒロインの登場です!やったぜ!

読んで頂きありがとうございましたm(_ _)m


次回は明日更新です。


ご感想・ご指摘・ご意見等々頂けるととても助かります。忌憚なく書いて頂ければ幸いです。

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