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第六話 変わらない疑惑の目

「さすがテルアキ殿。たった一日でここまで評判をよく出来るとは」


 太陽が西の空を赤く染め始めた頃、俺の元へとやってきたザカライアは感心した様子で村を見渡した。

 評判が良いと聞いて、俺はほっと安堵した。

 そうでなくては困る。村の人から畏れられないよう、挙動一つ一つに細心の注意を払った。

 

「ここにいることを許してくれた村長のおかげだ」

「儂はただ、村の者に先入観をなくして欲しいと伝えた以外何もしとらんよ」


 彼は笑いながら言うが、その先入観を無くすのが一番難しいことなのである。人の得る情報は視覚が八割と言われることもあるくらい、人は見た目で行動を決めてしまうことが多い。


「それでも、約一名からはまだ忌み嫌われているようだが」


 俺はザカライアの後方にある建物の影を見つめる。

 その物陰から、ずっと突き刺さるような視線が向けられていた。

 俺にバレていることを悟ったのか、物陰からカティナは姿を表す。


「あたりまえじゃない。誰がどう言おうと、私は認めない」


 腕を組んで仁王立ちし、彼女は俺を睨みつける。

 まだ寝起きなのか、カティナの髪の毛が飛び跳ねていた。


「カティナ。儂も最初からザンテデスキアではないという保証は無かったが、今日一日で確信に変わった。こやつは、あの邪悪な黒竜ではない」


 カティナは視線を俺からザカライアに移す。


「証拠でもあるというの?」


 冗談では済まさない、と言わんばかりの強い口調。

 俺も、どういう理由でザンテデスキアではないと思ったのか気になる。その理由で、今後疑いを回避できるかもしれないからだ。


「証拠は無いが、性格が違いすぎる。あの龍は意にそぐわぬ事は全て力で捩じ伏せる。それをしない事以上の証明が他にあろうか。ザンテデスキアの所業を知らぬお前であるならば、儂よりも分かる筈だがの」


 ザカライアの述べる理由はとても単純だった。目が合った人間を片っ端から殺すという噂が立つほど、ザンテデスキアは残忍な性格の持ち主だと言われている。

 そうでなければ、国を三つ破壊するに及ばないだろう。

 そんなザンテデスキアが、小さな村のために水くみやら何やらするのはありえない。そうザカライアは言った。

 カティナは悔しそうに顔を歪ませ、俯いた。

 おそらく彼女は頭では理解しているが、心が受け入れないのだろう。

 俺はどう言葉をかけるべきか悩んだ。ザカライアの理由は、俺自身が言ってしまうとひどく胡散臭く聞こえてしまう気がした。


「無理に受け入れようとしなくていい」


 ザンテデスキアを否定しろとは言わない。人に言われて渋々、ではなく、納得した上で疑いが晴れて欲しかった。

 俺がザンテデスキアでないと割り切るのが難しいのは分かっている。

 それに、平和な世界で生きてきた俺にはただ想像でしか分からない。

 ――殺したいほど憎む気持ちが。


「殺したければ殺しに来い。気が済むまでな」


 俺の言葉に、カティナはぽかんと顔を上げる。

 だからこそ俺にはこういう言葉しか投げられない。

 漫画に出てくる主人公のような、言葉で人を救ったり心を変えるなんて所業は出来ない。

 それならば、気の済むようにさせるほか無い。

 しかし、カティナはふいと身を翻す。


「……いずれにしても、王国の兵が貴方を終わらせる」


 その言葉を残して去っていった。

 彼女の背中を見ながら、ザカライアは俺へと問いかけた。


「兵が来たらどうするつもりで?」

「逃亡生活を送るだけだ」


 ロートロムで休めているおかげで、若干の体力は回復してきた。一週間は逃げ延びられるくらいのことはできるだろう。

 それに、この村には迷惑をかける訳にはいかない。

 人間はキマエラとは違い、戦略を組み立てて攻めてくる。

 頑丈な体と強力な陽術があるとはいえ、応戦するのは無謀極まりない。


「ほんと、ままならないものだ」

「それが人生というものじゃよ。いや、お主の場合は龍生か?」


 かかか、と笑うザカライア。

 俺は彼女の見ていた地を見つめた。

 村長を初め、大半の村人からの信頼は得た。

 一日目に比べ、かなり進捗はあった。

 それなのに、心が晴れない。異世界で充実した生活を送っているというのに、わだかまりを感じたまま二回目の夜を迎えた。




「あっちぃ……」


 空を仰ぎ見れないほどの眩い日光と熱射が降り注ぐ。

 昨日と同じ晴れなのに、太陽の輝き具合が全く違う。昼になると、その差はより顕著になった。

 元の世界ではあり得ない気候に、俺はバテてしまっていた。


「今日は火の精の動きが活発っすね」


 イグノーが手で顔を扇ぎながら、気怠げに地面へ座っていた。

 なるほど、この世界では太陽の力は火の精によるものなのか。しかし真夏並みにまで気温を上げるなんて、その火の精とやらは本気を出しすぎではないだろうか?


「ここまで活発のは珍しい……テルアキ様は大丈夫で?」

「少しバテてるだけだ」


 火を吐くこともできたことから、この体は熱に対して高い耐性があると思っていたがそうではないらしい。体中に怠さが蔓延っている。黒いせいか鱗に熱を持ってしまってることも大きいのかもしれない。


「いつに増しても暑苦しいわね」


 カティナは花柄の日傘を持ちながら、わざわざ俺の傍に歩み寄り毒を吐いてきた。

 けれど襲い掛かってくるようなことはなかった。少しは考えを改めてくれた、と思っていいのだろうか。


「カティナさん、もう認めたらどうっすか? この方があの龍じゃないって」

「ふん」


 カティナは顔を背けてイグノーの言葉を聞き流した。

 まだ彼女の考えは変わっていなさそうだ。まあ、一朝一夕で変わるとは思えないし、気長にしていくしかない。


「それにしても、姉さんこういう日は大胆っすねえ」


 イグノーはニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべながら、カティナを眺める。

 白いタンクトップにグレーの短パンという、まるで部屋着のような軽装だった。タンクトップは肩紐が細めで肌面積を広げており、長時間直視できるような服じゃない。

 カティナは半開きの目でイグノーを睨みつける。


「暑いのが苦手なのよ。ま、おっさんと龍に見られたところで気にはしないけど」

「おっさん……」


 イグノーはがくりと項垂れてしまった。赤髪にアロハシャツというチャラい格好をしている彼だが、齢は三十後半と中々いい年をしている。

 イグノーはともかく、俺は思春期の男なんだけどな……。

 しかし不思議なことに、カティナを見ても全くムラムラしてこなかった。汗で艶やかに濡れているうなじ、不思議な魅力を感じる腋、脱いだ姿が強制的に思い浮かんでしまうような体のライン。

 あまりにも刺激が強いはずのその姿を見ても、何も感じない。

 もしかして、俺は人間ではなく同族の龍にしか発情しない体になっているのだろうか。

 ……何故だか凄く寂しい気持ちになった。


「にしても、本当に暑いわね」


 俺らのことが本当に眼中に無いのか、胸元をぱたぱたと扇ぎ出した。


「……この熱気、あなたの方からも感じる気がするんだけど」


 カティナはじろりと俺の方へ視線を向ける。


「イグノー、触ってみて」

「俺の方が年上なのに呼び捨てっすか……ってあちぃ!」


 俺の体に触れた瞬間、イグノーは大きく飛び跳ねた。涙目になって、俺に触れた右の掌に息を吹きかけている。


「大げさだな、イグノーは」

「自覚ないんすか! 熱した鉄板のような熱さっすよ!」

「自覚があったなら、こんな悠長に構えてないわよ」


 カティナは呆れるようにため息をついた。

 気付かぬ間に、周囲の気温を上げるほどまでに熱くなっていたのか。


「あなたは村の人を焼き殺してまで、羽休みしたいわけ? せめて村の外に行ってもらえないかしら?」

「言われなくても出て行くさ。恩を仇で返したくないからな」


 俺の言葉に、カティナは不満そうな表情をした。

 彼女にしてみれば、残忍な言葉を吐いた方が躊躇いなく殺れる。俺がザンテデスキアであろうとなかろうと。しかしそうでないから、彼女にとっては手が出しづらい。

 復讐に生きているとはいえ、根は優しい女の子なんだ。本当であれば、その手は剣を持つべき手では無かったのだろう。

 そんなことを考えながら、俺はのっしりと体を持ち上げる。


「兵もあと三日ほどで来るからな。早めに逃げておくのも手だな」

「そう。でも――」

「逃げ切れるとは思ってないさ。けど、逃げるしかない。俺の無実が晴れるまではな」


 俺の言葉を目を閉じながら聞いた後、カティナは俺に背を向けた。


「テルアキ様……もう行ってしまうんですか!」

「人のことより、自分の心配をしろ。干からびてミイラになるぞ」


 汗まみれになりながらも、俺の側にいるイグノー。ほんと、こいつは馬鹿だ。

 そして、イグノーの言葉を無視しながら、村の外に移動しようとした時だった。


「テルアキ様、その必要はありませんよ」

読んで頂きありがとうございましたm(_ _)m


次回は明日更新です。


ご感想・ご指摘・ご意見等々頂けるととても助かります。忌憚なく書いて頂ければ幸いです。

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