第五話 戦いの後の変化
呼吸を落ち着かせてから村の方を見ると、村人たちは目の前の光景に唖然としていた。
数多の戦場をくぐり抜け黒竜と対峙したことがあるカティナでさえ、何をすることもなく立ち尽くしていた。
俺が地へ降りると、カティナが真っ先に俺へと歩み寄り剣を向けた。
「随分と酷いお礼だな。キマエラを全滅したというのに」
「その大きすぎる力は人には必要ない!」
俺の体には、キマエラの返り血で朱に染まっている。
だが、破壊の力は何も不幸だけを招くものではない。現に、誰ひとりとして傷を負わずに立つことが出来ている。
「そうは言うが、村長は先程キマエラは活性化しているという話をしていたじゃないか。今日は今まで以上の数で攻めてきたと言っていたが……それでも俺の力がいらないと? カティナ一人で倒せると?」
俺の問に、カティナの剣先が僅かにぶれた。
「今までだって私一人で戦ってきた!」
「いや、違うな」
俺はカティナの後方に立つ、武器を持つ男たちを見る。
「カティナの陰術は捕縛や動きの制限が主の、云わば防御型の能力。おそらく今まではそれでトラップを作りキマエラの動きを止めてから、村の者達と共に掃討したのだろう。一人ではなく、村人の協力あってこそだ」
カティナは歯を食いしばりながら、俺を睨みつける。
人間一人が使える陰術は必ずしも一種類だけではないが、能力の傾向は同じである場合が殆どと聞く。カティナの場合は何らかの動きを止めたり弱化したりする力はいくつか使えるだろうが、激しく動かしたり強化したりする陰術は使えない筈だ。
それはつまり、攻撃的な陰術は使えないということに繋がる。
「……何が望みかしら? 私の生まれた街と同じく蹂躙するのかしら?」
「そんなことはしないさ。俺の望みは兵が来るまでここで羽休めをさせて欲しい。ただそれだけなんだ」
しかし、そんな言葉で納得できるカティナではない。
嘘をつくならマシな嘘をつけとでも言いたげな目で俺を見ている。だがこれは紛うことなき本心だ。これ以上でも以下でもない。
カティナが何かを言おうとしたところ、ザカライアが間に割って入って制した。
「儂は構わん。が、それ相応の働きはしてもらうぞ。儂らは指名手配犯を見過ごしているという危険な行動をしているのだからな」
ここまで素直に俺の意見を聞かれたら、逆に裏があるのではと思えてしまう。しかし、3日も眠りこけてしまうくらい疲労が溜まっている体をいち早く癒やす必要がある。
「もちろん。もし兵の連中に疑われたら、人質にされていたとでも言えばいい。まさか、悪逆非道の殺人犯と過ごしたとは思わないだろうさ。どうぞ俺をこき使ってくれ」
「交渉成立だな」
「ちょっと! そんな話を勝手に……」
講義しようとしたカティナを、ザカライアは手を上げて制した。
「カティナ殿、一回休んでくだされ。彼が来てからずっと陰術を発動し、気を張り詰めっぱなしであったのだろう? 話ならそれからでも聞きましょう」
「だめよ! こいつの監視は私が……」
言い終わる前に、ザカライアが手に持っていた杖を二・三回振る。すると、ぴたりとカティナが静止し、力が抜けたように膝から崩れ落ちた。
何が起きたのか全く分からなかった。何の予兆も陰術陣もなく、一瞬で眠らせた。
この爺さん、柔らかい雰囲気の割にかなりの使い手のようだ。
「カティナ殿を運びなさい。くれぐれも丁重に扱うように」
ザカライアが声をかけると、村の男達数名係でカティナを運んで行った。
「陰術か?」
「左様。儂の陰術は人を眠らせることができる。どうやって眠らせたかまでは秘密だがの」
自らの力を暴露するほど、愚かな人間はいない。何かの漫画かゲームで聞いたセリフではあるが、まさにそのとおりだと思う。
「……カティナ、かなり無茶をしていたようだな」
ザガライアは呆れたように息を吐いた。
「さすがに儂も見ておられずに強攻策を取らせてもらった。正直、儂はお主をザンテデスキアとはこれっぽっちも思っとらんからの」
俺は目を見開いた。
「……どうしてそこまで違うと言い切れる?」
「理由は単純明快……この村が残っておるから。儂の知るザンテデスキアなら、この村を焼いた後で羽を休める。辺境の地なら多少暴れたところですぐに兵は来ない。わざわざ村人を生かして寝るような、リスクの高いことはせんな」
「ははは、確かに」
俺は思わず笑ってしまった。
確かに、ザカライアの言うことは最もだ。
「村の者には儂から説得する。だから、この村を守って欲しい」
「ま、仕方ないか。俺も寝床を見つけることができたわけだからな」
こうして俺は、短い期間ではあるものの羽休めの地を得ることが出来た。とはいえ、この村にはカティナという問題も残っている。彼女の能力は俺にとって非常に脅威だ。杭以外の手段で俺の動きを封じることができる可能性もある。それを防ぐためには、どうにかして和解しなければならない。
しかし、親を殺した仇だと決めつけている彼女を変えることができるだろうか? 俺は空に流れる雲を見つめながら、大きなため息をついた。
このロートロムという村の人口は、おおよそ五百人しかいない。
数字だけ見るとかなり少ないように見えるが、実際住んでみるとかなりの大人数に感じる。
村はかなり質素な作りになっており、特に家を見ると火を見るより明らかだった。都会のようなデザインを重視した造りではなく、いかに建築材料が少なく済むかに重きを置いた簡易的な作りになっていた。陽術や陰術が使われている道具は一切なく、すべて元の世界でも見たことあるような道具が使用されていた。
キマエラを追い返した俺は、ザカライアの計らいでロートロムにいられるようになった。食料や寝床も保証してくれるらしい。ただ条件として、竜の力でこの村の住人の手伝いをしなければならないと言われた。
この村は古いだけ有り、生活に不便なところがいくつかあるらしい。
その一つが、水問題である。
村には小さな井戸が一つしかないため、川まで五百人分の水を汲みに行く必要がある。大の男が数人がかりで、週に何度も往復しているという。
その話を聞いた俺は、まず水汲みを手伝うことにした。水はかけがえのない生命線。その補給となれば村人の恐怖を和らげられるのではないかと思ったからだ。
「さすがっすテルアキ様……!」
俺から水を受け取った村人は、まるで命の恩人を相手にしているかのように深々と頭を下げる。
「様付けしなくていいって言ってるだろ」
「いやいや! 一日がかりの作業を一時間すらかけずに行われるなど、奇跡に近い所業っす! どうか様付けで呼ばせて下さい!」
ボサボサな赤褐色の髪に、目尻が垂れている男の名はイグノー=ランティア。ザカライアの命で、俺の補佐をしている。例えば今している水汲みで言えば、組んだ水をどこに運べばいいか、どのくらいの量を必要か教えてくれる。
俺の容姿に偏見を抱かない素直な男なのだが、真面目すぎるが故にこのような有様になってしまった。
俺はただ、長い尻尾を活かして複数の水桶を一度に運んだに過ぎない。陽術すら何も使わず、ただ桶を持ちながら飛んだだけだ。
それを何度言っても聞きやしない。
何かをするたびに頭をへこへこさせて、テルアキ様テルアキ様と崇めてくる。
悪い気分では無いのだが、度を超えると微妙な気持ちになる。
「さて、次は何をすればいい?」
水汲みを終えた俺は、次の指示をイグノーに尋ねる。
「テルアキ様、少し休憩なさったほうが……。川を十回以上往復されたので、お疲れではないんすか?」
そういうイグノーの方が、俺は疲弊しているように見えた。
俺が続け様に運んだ水桶は、各家の男の手によって運ばれた。しかし主人を無くしたり、力のない家主しかいない家には、イグノーがすべて運んだ。
派手な見た目をしている彼だが、根はとても優しいのだろう。
こんな俺にすら、気を遣うのだから。
「疲れてはいないさ。むしろ、疲れさせてくれ。この程度の簡単な仕事ばかりじゃあ、あくびが出る」
だから俺は、挑発するように次の作業を要求する。
「そういうことでしたら……」
イグノーは力仕事を中心に、炎や風の陰術を使う色々な作業を振ってきた。それら全てを、俺はてきぱきこなしていった。
たった一日で、村人の俺に対する怯えは無くなっていた。
代わりに羨望と期待の目が俺に向けられていた。
炎を使って一度に大量の調理をしたり、風を生み出して洗濯物を乾かしたりしたせいか、村の主婦たちには生きる電化製品、とも称された。
今のこの世界は、まさに俺が求めていた世界だった。
――誰かに頼られるなんて、元の世界では一回もなかったから。
読んで頂きありがとうございましたm(_ _)m
次回は明日更新です。
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