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第四話 黒竜の初陣

「引き受けよう」

「ちょ、ちょっと! 私を放って話を進めないで!」


 俺とザカライアの間に割り込むようにカティナが入った。だが、威圧感のあるザカライアの瞳に、カティナは動きを止めた。


「カティナ殿、この責任は全て儂が背負う。何なら、報酬も上乗せをするが?」

「責任とか報酬じゃなくて……こいつ、ザンテデスキアなのよ? 十の国と百万の命を奪った酷悪非道の化物よ?」


 村長たる者が、そんな輩を信用すべきではない。たとえカティナでなくても、そう進言するだろう。

 だが、ザカライアは首を横に振った。


「どのみち全滅するなら、希望のある方に賭けてみんか?」


 あまりの正論に、カティナは反撃の言葉を止めた。

 ザカライアは、暗にカティナに託しては希望がないと言っている。俺の捕縛したままに加え、体調が万全でない彼女では無理だと。

 カティナは少しだけ目を瞑り、ゆっくりと開けた。


「分かったわ。コイツに任せる……あなたが倒し漏らした敵だけを、私たちが退ける。それでいいわね?」

「それでいい」


 カティナはくるりと身を翻した。


「あなたにかけてる術を弱めて、村の周囲に陰術をかけてくるわ。くれぐれも怪しい行動はしないように」


 あくまで渋々と言った言葉に、俺は笑みを漏らしてしまう。


「村の周りを歩けるようにするだけでいいからな」

「分かってるわよ」


 ザンテデスキアに膨大な憎悪を持っているカティナは、決して俺の制限を緩めることはしないだろう。


「言っておくけど、村のためを思っての最善策を選んだだけであって、あなたを信用したワケじゃないから!」


 最後に毒を吐いてから、カティナは一番近くのくい向かって歩く。

 この強力な術は、やはり複数のくいによって作り上げているのか。


「すまないな、テルアキ殿」


 ザカライアは俺の隣で深々と頭を下げた。


「あなたが謝ることじゃない。いや、カティナが謝ることでもないが……」


 本当に謝るべきは、彼女をここまで傷つけた極悪非道の黒龍だ。


「カティナ殿だけではない。村人も、黒龍という存在に恐れておる。儂も猜疑心が全く無いと言えば嘘になる」

「分かっている。ここで信頼を得られなければ、軍が来る前に殺されかねない」


 俺の言葉に、ザカライアはふっと柔らかい笑みを浮かべた。

 確信があるわけではないが、彼は他の人よりも俺を恐れていない。ザンテデスキアではないと、少なからず思ってくれている。

 そんなザカライアに報いるためにも、俺自身のためにも成功させなければならない。

 敵の足音はもうすぐそばまで近づいている。村に到達するまでに一分もかからないだろう。


 そういえばこの世界に来てから逃げることばかりで、正面から戦うことは初めてだ。

 いつの間にか近くにいたカティナがぼそりと俺に声をかける。


「これで動ける筈よ。言っておくけど、陽術は使えないから」


 俺の周りに打たれている杭の位置が変わっている。杭の位置と能力の規則性を見つけたいのは山々だが、今はそんなことをしている時間はない。

 俺は背中に生えている大きな翼を少し広げた。数時間動かしていなかったが、強張ることなくスムーズに動かせる。


「十分だ」


 開いた翼を一旦閉じ、のっそりと立ち上がる。

 俺の足元に展開していた魔術陣――陰術の陣なので、陰術陣と呼ぶべきか――が、村の外へと道のように伸びている。さらに左右に広がっている。なるほど、村を囲むように伸びているのか。

 そしてこれが俺の動ける領域。

 俺はこの村に向かってくる何かに一番近い位置に移動する。幸いにも敵は広範囲に展開していないため、うまくいけば俺一人の手で切り抜けられるだろう。

 次第にそれらの姿が視界に入る。

 一見狼に見える四足歩行獣。サソリのような尾と鷲の翼を持っている歪な容姿だった。


「キマエラ……嫌な予感的中ね。陽術を使う怪物だけど、本当に勝てるの?」


 後方でカティナが挑発的な口調で尋ねる。


 さすがに陽術相手だと、勝てる可能性は限りなく低い。

 一対一であればともかく、三百体にリンチされたら例えこの身体でもひとたまりもないだろう。

 それに、俺の姿は見えている筈なのに一向に速度を緩めない。龍を拒まない種族は、軒並み強い陽術を持っている。

 すでにキマエラの大軍が視界にはっきりと見えている。低い咆哮と地響きが波となって押し寄せる。


「勝てないだろうさ……このままではな!」


 俺は敵が迫る真正面ではなく、左方に駆け出した。

 俺を見守っていた村人たちは驚いていた。あの龍が敵前逃亡を測ったのかと。

 ただ、カティナは俺の行動の真の意図に気付いていた。


「っ! あなたもしかして……!」


 だが、もう遅い。

 俺は陰術陣から少し離れたところにある杭の側に寄る。そして、長さ五メートルを超える尻尾でそれを巻き取り、地面から抜き取った。

 刹那、足元の陣にノイズが走り、色味が薄まる。カティナが杭に向かって走るが、その前に俺は地を蹴り飛び上がった。


「なんとか、うまくいったか」


 俺の狙いは、この忌まわしいカティナの陰術だった。

 もしカティナが“陣の上しか歩けない”でなく“陣の範囲から出れない”といった効果の陰術を仕掛けていれば、この作戦は成功していなかった。

 まさか尻尾の長さがこんなにも長いとは思わなかっただろう。俺はこの手を使うために、今まで尻尾を巻いて正確な長さを悟られないようにしていた。

 だから、陣から杭までの距離は三メートルしかなかった。人間相手ならそれでも良かっただろうが、俺は不本意ながら人間ではない。

 ここまで思慮が及ばなかったのは、黒い龍の到来にキマエラの襲来と立て続けに大きな事件が起きたこと。加えて、溜め込んでいた疲労が重らなければこう上手くはいかなかった。


「あなたは最初から私を……!」

「約束はしっかりと果たすさ」


 だが悪意があったわけではない。村を守るための最善手なのだから。


 カティナからの罵倒を無視し、空から有象無象を睥睨する。

 俺は必死の逃亡生活のおかげで、三つの陽術が使えることを発見していた。

 その一つは、闇を齎し混乱と不安を掻き立てる黒雲を発生させること。目隠しだけではなく、この霧の中では陽術と陰術のコントロールが著しく下がるという効果もある。

 大きく咆哮すると、身体から黒い霧が放たれる。次第に敵の群れを包み込み、足を滞らせる。キマエラの中には風で吹き飛ばそうとしていたものもいたが、それはただイタズラに煙幕の範囲を広げるだけになる。


 その隙に、次の陽術を発動する。

 小さく息を吸い、お腹の辺りに力を入れると一気に体温が上がる。そして、その高音の塊を胃・喉を伝い口から解き放つ。

 二つ目の陽術は、全てを焼きつくす炎のブレス。

 黒く濁った赤い炎が、煙幕で足を止めたキマエラを片っ端から焼いていく。意識を一瞬で奪い、四肢を瞬く間に溶かす。


「うおお……すげぇな」


 あまりの威力に、思わず感嘆の声を漏らしてしまう。

 今まで威嚇のためにしか使ってなかったため、ここまで火力の高い術だとは思わなかった。目の前で繰り広げられる地獄絵図に、正直俺自身恐怖を抱いていたほどだ。

 逃げる余地を与えず、ただただ命を奪う所作はこの世界の人間が言うザンテデスキアの行う所業に近いのかもしれない。

 だが、目的が違う。


 俺の破壊は救うための破壊だ。


 眼下には、まだ息のあるキマエラが数匹残っていた。煙幕を切り抜け、炎の海をくぐり抜けた猛者たちには自ら手を下してやろう。

 俺の身体に緑の幾何学模様が浮かび上がり、周囲の風が唸りを上げる。


 第三の陽術、風による身体速度の向上。

 一見地味に聞こえる術だが、鉄よりも硬い身体が運動エネルギーを得た瞬間、それは全てを抉り潰す凶弾となる。

 十数メートルという巨体を感じさせない俊敏な動きでキマエラの前に立ち、攻撃に転じる前に息の根を止める。


 長い尾での絞殺、鋭い爪での刺殺、翼の骨を使った殴殺、そして全体重を載せた圧殺。

 ありとあらゆる身体中の武器を使い次々と葬る。


 時間にしておよそ二分弱で、キマエラの群れは壊滅した。

読んで頂きありがとうございましたm(_ _)m


次回は明後日更新です。


ご感想・ご指摘・ご意見等々頂けるととても助かります。批判含め受け付けておりますので、忌憚なく書いて頂ければ幸いです。

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