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第三話 偽・指名手配犯の苦悩

「ところで、私の顔に見覚えはない?」


 彼女の不意の問に、俺は首を傾げた。

 といっても、顔は動かないので心の中でだけだが。


「さあ……ないと思う。そもそも顔を覚えるほど親しくなった人間なんかいないが」


 怯えて逃げられた人間か、殺さんと追いかけてくる人間にしかこの世界では出会ったことがない。俺に背を向けるか、俺が背を向けるかの状況でしか人と対峙していない。

 そもそも俺はザンテデスキアではないのだから、

 俺がぼそりと答えると、彼女は腰に差していた剣を引き抜く。一点の曇がない銀の両刃の剣が、俺の目に向けられている。


「じゃあ、死になさい」


 唐突の死の宣告。

 彼女の瞳が、殺意だけに染まる。


「ちょ! 待て!」


 静止の声をかける間もなく、彼女は俺に刃を突き刺す。身体を動かせない俺はただ目をつぶることしかできなかった。

 これで終わってしまうのか……?

 しかし、不思議と死への怯えは感じなかった。

 金属の甲高い音が鳴り響き、右まぶたに鈍い痛みが走る。が、眼球まで刃が届いた感じはしない。


「なっ!」


 彼女は大きく目を見開いた。

 驚いたのは俺も同じだった。まさか、瞼に剣を弾くほどの強度があるなんて思わなかった。


「痛っ……いきなり何するんだ」


 けれど、全く痛みが無いわけではない。硬いだけで神経は通っているらしく、鈍いひりひりとした痛みを感じる。

 目を開けると、唖然とした顔の少女が目に入る。手に握られている剣は、まるでしなびた花のように地に向けられていた。


「……化物ね」

「身体的特徴で蔑むのは良くないな。それに、躊躇なく命を狙いに来た君の方こそ、俺にとっては化物なんだがな」


 少女は目を細め、ふんと鼻を鳴らした。


「……既に軍には連絡済みよ。直に捕まえに来るんだから」

「そうか。でも、この村と兵のいる街とはかなり遠いんじゃないのか?」


 彼女は答えないが、悔しそうな表情から答えは明白だった。

 確かこの村の北東方向には国の中核都市があった筈だが、人の軍隊が移動させるとなれば一週間はかかる筈だ。

 俺が寝ていた期間が二日なら、おおよそあと五日か。

 この強力な術を兵が来るまで持たせ続けられるとは思わない。故に放っておけば難なく逃げることができるが、この機に勘違いを解いておきたい。

 このまま逃亡生活を過ごすのはまっぴらごめんだ。


「そこまでザンテデスキアが憎いのか?」

「白々しいわね……。当たり前よ。私の家族だけでなく……あの人まで……!」


 拳を震わせながら、俺を睨みつける。

 やはり、ザンテデスキアという龍はこの少女に対してもよほど残酷なことをしてきたらしい。

 俺は小さくため息をついた。

 この束縛から解放されるためには、彼女の勘違いを解かなければならない。しかし、それを証明する方法を俺は持ち合わせていないし、誤魔化すハッタリを思いつくほど頭がキレるわけでもない。

 俺はアイデアを必死にひねり出している間、少女はずっと俺の傍で立っていた。

 二晩も徹夜で俺を見張っている筈なのに、まだ離れようとしない。まさか、兵が来る五日後まで離れないつもりだろうか。

 対して村人は、ただ恐れの感情だけを俺に向けているように感じた。少女のように怒りや私念を持っている様子ではない。


 彼女の隣でじっとしているふりをしながら、俺はアイデアを考える以外にもう一つしていたことがある。

 それは情報収集である。

 どうやらこの龍は五感が桁外れに優れている。とりわけ聴力はずば抜けており、多少遠くても意識を集中すれば音を拾うことが出来る。

 村人たちのお喋りのおかげで、彼女について分かったことがある。

 名はカティナ=チェインワース。元は王国の騎士であったが、両親を竜に殺されて以来、無所属となり竜を殺すために生きる復讐者となったらしい。この村には竜の調査のために偶然訪れ、俺がこの村に向かっているという情報を手に入れたため陰術を巡らせて待っていたということらしい。

 加えて彼女は俺が眠りこけていたニ日間、寝ずの番をしていたらしい。本当に感服するほどの復讐心だ。

 それ以外にもいくつか情報は得たものの、カティナの弱みとなるようなものは何一つなかった。

 そして結局何の進展もなく、この村での一日を終えた。




 異変を感じたのは、東の空が徐々に明るくなってきた頃だった。

 遠方から聞こえた多数の足音に気付き、俺は目覚めた。おそらく百を超えた何かが、こちらに向かって接近している。

 龍の耳は音だけでなく、風の流れや地の振動に対する感知力がずば抜けて高いらしく、集中すれば数キロ離れた生物の足音を聞く事ができる。

 とはいえ、足音を聞いただけでは具体的にどの動物か分からない。何がどんな足音をするのか、人間だった俺が知る由もない。

 けれど、そんな俺でも一つだけ聞き分けられるようになった足音がある。


 それは人間の足音である。


 一週間の逃亡生活の中で嫌というほど聞いたせいか、その音だけは聞き分けられるようになっていた。特に鎧を着た兵の足音は聞き間違うことはない。

 だから俺は、迫りくる生物が人間ではないことだけはまず分かった。

 人間以外であれば必ずしも無害ということはないが、大抵の動物は竜という種族に恐れ攻撃をしてこない。あくまで経験で学んだことであるため、例外もいるのだろうが。

 村が騒ぎになったのは、それから数分も経たぬ内だった。

 見張り役の村人が、迫り来る何かに気付いたらしい。静寂に佇んでいた村が、一瞬にして慌ただしくなった。


「みんな! 落ち着いて! 私がなんとかするから!」


 カティナは動揺する村人を落ち着かせながらも、襲来に備えて戦える村民の指揮も取っている。睡眠不足とは思えない機敏さで村人を律する。

 しかし武器を手に持っている村人は五十人もいない。襲い掛かってくる敵次第にもよるが、単純に数だけ見れば圧倒的に不利だ。

 それに隠そうとしているが、寝不足のせいかカティナはふらふらになっている。さきほどから何度も自分の頬を叩いては眠気を振り切ろうとしている。

 そんな彼女を見ていたら、ふと、俺の中で妙案が浮かんだ。

 間違いなくカティナとの友好度が下がる手だが……他の案を考えるには時間が少なすぎる。


「なあ、カティナ」


 俺が名を呼ぶとびくりと大きく身体を震わせた後、カティナは恐る恐る俺の方へ振り返った。

 ここまで恐れられると、少しばかり悲しく思えてしまう。


「なんで私の名前を……」

「村人が話してたのを聞いただげだ。ところで、俺も手を貸そうか?」


 しかし、彼女は間を開けずにはっきりと頭を横に振った。


「いらない」

「即答か……。でも、今の状況じゃきついのは分かってるんじゃないか?」


 カティナは苦虫を噛み潰したような顔をする。猫の手も借りたい状況ではあるがプライドが邪魔をするといったところだろう。

 まあ、これは想定内の返事だ。


「なら、陽術は使えないままでいい。飛べなくても良い。村の周囲だけ歩けるようにしてくれればいい」


 俺の提案に、カティナは眉をしかめた。


「呆れるほどの自信ね。そのゴツい体であの数を捌けるのかしら? しかも、陽術を使ってくるかもしれないのよ?」

「捌ける。例え陽術を使ってきたとしても、だ。それにもし俺が死んだら、それはカティナの望むところだろう?」

「そうだけど……」


 カティナは訝しげな瞳で俺をじっと見ている。何か裏があるのではないかと疑っているのだろう。

 時間がないのは分かっている筈なのに、カティナは頑なに頷こうとしない。

 しかし、俺にはこれ以上カティナを信じさせる言葉がない。

 その時、思わぬ援軍が俺の見方をする。


「カティナ殿、ここは迷うところではないのでは?」


 カティナの後方から、しわがれた声が聴こえる。カーキ色の服に身を包んだ長い白髪の老人は、何一つ恐れること無く俺の眼前に立った。

 確か、この村の村長をしている男だったはず。


「ですが……!」


 カティナや他の村人が驚愕の表情をするが、老人は構わず俺に口を開く。


「儂はザカライア=ウォルジー。このロートロムで村長をしておる。お主の名は?」

「俺は……朝野輝明だ」


 ダメ元で本名を名乗った。どうせ怪訝な顔をされるに決まっていると思いながら。

 しかしザカライアは表情を変えることなく、真正面から俺を見つめる。


「テルアキ殿、どうかこの村を救って欲しい。ここ最近、周囲の獣たちが活発でな。いつもはカティナ殿に対処していただいているのだが、テルアキ殿の力を封じ込めているせいで、十二分な力が発揮できないだろう。加えて、ここまで多い群れは初めてだ。故に、テルアキ殿にお任せしたい。この村の者は戦いに慣れておらん」


 恐れることもなく、蔑むこともなく、諂うこともなく。

 この世界で初めて人間と対等に扱われた気がした。

 そんな彼の頼みを断る理由はどこにあるだろうか。

読んで頂きありがとうございましたm(_ _)m


次回は明日更新です。


ご感想・ご指摘・ご意見等々頂けるととても助かります。批判含め受け付けておりますので、忌憚なく書いて頂ければ幸いです。

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