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第二話 束縛された黒竜

 “異世界に転移できる神社がある”。


 全ての元凶は、俺の学校で流行っていた馬鹿馬鹿しい噂だった。

 学校の裏手にある子どもだけでは踏破出来ない、森林の奥深くにある神社。その神社に強く願えば、異世界へ導かれるという妄想に近い噂だった。

 もちろん成功例は一件もなく、会話のネタにすらならない下らない話だ。


 当初の俺も、そう考えていた。

 しかし、代わり映えのしない日常に何らかの刺激が欲しかった俺は、その話に乗ってしまった。

 冗談めいた噂の詳細を一人でかき集め、神社目掛けて森の中へと突き進んだ。

 後から考えてみれば酔狂な行動だったが、その時の俺は何の疑問も持たなかった。

 暗い闇夜の中、整備されていない森を一時間も彷徨った。携帯の電波が届かない山奥では、手書きのノートだけが頼りだった。

 久しく感じていなかった“恐怖”を覚えるほど、不気味な道のりだった。それでも、俺はこの世界から脱したい一心で歩き続けた。


 ようやく目的地らしき場所に辿り着いたが、それは神社といえる形を成していなかった。屋根の瓦は所々剥がれており、壁には大きなヒビ割れが無数に刻まれていた。賽銭箱や灯籠、鳥居といった神社らしい物も見当たらない。石畳が僅かに見えたが、ほぼ草で覆われていた。

 半ば疑いながらも、それでも俺は一心に願う。

 俺をここではないどこかへと連れて行ってくれと。

 そしてその願いは、歪な形で叶ってしまった。




 朝日の眩さを感じ、うっすらと目を開けた。


 目に入ったのは、静かな村だった。

 兵の姿が見当たらないどころか、魔術の気配すらしない。家の数は五十を満たず、一回羽ばたいただけで反対側に飛んでいけそうな広さしか無かった。

 数人の村人が黙々と畑仕事にとりかかっている他は、鳥のさえずりしか聞こえない。

 思わず緊張を解いてしまいそうなほどのどかだった。

 だが、この世界には隅から隅まで俺の名が広渡ってしまっている。一見平和そうなこの村にも、俺の名が届いている可能性がある。


 村の風景に癒やされながら、俺は昨晩の記憶を思い出す。

 兵を撒いた俺は、突然羽が重くなり地上に降りることを余儀なくされた。そして地に足が着くや否や、抗いようのない疲労感に包まれて眠り込んでしまった。三日三晩飛び続けていれば、さすがに龍といえども限界を超えていたのだろう。


 何度も何度も目だけで周囲を確認するが、兵は呼ばれていなさそうだ。

 それどころか、村人たちは俺に対して敵意一つ見せなかった。ここは世界的指名手配が行き届かない程のど田舎なんだろうか? 違和感を覚えながら、俺は立ち上がろうとした。

 しかし、ぴくりとも動かない。


「なんだこれは……」


 まるで強力な磁力が働いてるかのようで、体が地面から離れない。手足、首、羽どれを動かそうとしても無反応。動かないというより、力が入らないというのが正しい表現かもしれない。

 やはり、何もされていない筈が無かった。


「お目覚めかしら? この状況で二晩も寝ているなんて信じられないわ」


 不意に聞こえたのは、この村の空気以上に澄んだ女性の声だった。

 凛とした声質の中には、あからさまに勝ち誇ったかのような声音が感じられる。

 十中八九、この少女が俺の動きを封じているのだろう。


 それにしても、俺は3日もこの状態で寝ていたのか。もし俺を見つけたのが彼女だけでなければ、または、殺傷能力が高い魔術の使い手でなければ俺はこの世界にはいなかっただろう。

 不幸中の幸い、と思うべきか。

 徐々に近づいていた足音が、俺の後方五メートルほどのところで止まる。

 

「……この術は君の仕業か」


 俺は自由に動かせる眼を下に向けた。

 七色の陣が爛々と輝き、色鮮やかな粒子が湧き上がっている。周囲には、陣を囲むように木の杭が打たれていた。おそらくこれが、俺の動きを封じるための儀式のようなものなのだろう。


「確かにこの陰術を使っているけれど、それが分かったところでどうするのかしら?」


 少し前に知り合った竜から得た知識だが、この世界の魔術は“陰術”そして“陽術”の二種類が存在するらしい。

 陰術は人間が使う魔術のことで、脳内に描くイメージを現象として現実に投影する術。この世の摂理から外れた現象を顕現できるため強力ではあるが、精神状態に依存するため不安定であるのが弱点となっている。

 陽術は人間以外の生物が使う魔術で、自然に命令を行い、自然現象を操る術。引き起こせる現象は物理法則内に限られるが、体力に依存するため安定して発動することが出来る。


 彼女の言う通り今の状況は何も変えられない。魔術には魔術で対抗する他ないが、今の俺はその魔術を封じられてしまっているのだから。


「俺を解放してくれないか? 悪いことはしない。取って食べたりもしない。人を殺したり村を破壊したりしない。少し休んだらどことなく消えることを約束する。だから解放してくれないか?」

「この世界のどこにザンテデスキアの言葉を信じる人がいるのかしらね」


 彼女の声は氷よりも冷たく、疑心に塗り固められている。

 まあ、何人もの命を奪った龍の言葉を信じないほうが正常ではあるのだが。


「俺はそのザンテなんとかじゃないんだ。身なりは似てるらしいが、全くの別物なんだ」


 こんな田舎町でも、悪名高き龍の名は知れ渡っていたか。一体その龍はどれだけやらかせば気が済むんだ。

 ザンテなんとかへの恨みを脳内で呟いていると、声の主たる少女が俺の目の前へと姿を表した。

 プラチナブロンドのセミロングの髪が、磨かれた剣刃のように強く美しく輝いている。サファイヤのような青い瞳には、落ち着きながらも怒りと殺意が込められている。小柄な体型をしているものの、彼女から溢れ出る毅然とした雰囲気には一切の幼さを感じない。

 彼女の目の下には、綺麗な相貌を損なわせる大きなクマが出来ていた。不眠で俺の番でもしていたのだろうか?

 彼女は俺に鋭い眼差しを向けたまま問うた。


「ザンテデスキアが、そんな下手な演技をするなんて……落ちたものね」


 彼女は不敵な笑みを浮かべながら、ポケットへと手を入れる。


「ねえ、これは知ってる?」


 そして見せつけるかのように、それをゆっくりと取り出した。

 ああ、知っている。

 俺はそれを知っている。

 彼女の手の平の上には、薄い半透明の円柱が乗っている。その中にはうっすらと橙色の幾何学模様が描かれており、中央には赤い矢印がふらふらと浮かんでいる。

 神秘的でファンタジックな方位磁針、という感じだろうか。だが、その役割は俺にとっては迷惑極まりないものだった。


探波針ヘリアンサ……魔力の波形を探知する装置だ」


 指の指紋のように、この世界では魔力の波は生体認証の代わりに利用される。人間だけでなく、魔力を持つ者なら龍であろうが無機物であろうが判別ができるためだ。

 そして探波針は登録した魔力の波形を持つ者を探す道具である。登録された魔力の波を持つ者にある程度近付けば、赤い指針が反応を示す。

 現に彼女の持つ探波針は、俺の方向を向いて微動だにしていない。まるで俺にガンをつけているようだ。


「本当なら警察や軍上層部しか持たないような代物だけど……あまりにもあなたが人を殺されたせいで、配られたのよね。あなたを追尾する探波針が」


 そのおかげで、俺はどこに隠れてもすぐに見つかってしまう。この村に来る前のように兵を振り切ったとしても、いずれ探波針が俺を探し出してしまう。

 俺は魔力の波形までも似ているそっくりさんを、恨まずにはいられなかった。

読んで頂きありがとうございましたm(_ _)m


次回は明日更新です。


ご感想・ご指摘・ご意見等々頂けるととても助かります。批判含め受け付けておりますので、忌憚なく書いて頂ければ幸いです。

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