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第十八話 エピローグ

「異世界からの転移……ザンテデスキアへの魂の乗り移り……。そんな奇天烈な人生を送っている人は初めてだ」


 あの戦いの後、俺はザカライアの家のベッドで横になっていた。

 かなりの魔力を消耗した挙句、精神疲労と重なって半日ほど寝込んでしまった。

 目が覚めた俺は、ザカライアにすべてを話していた。彼がいなければ、おそらくカティナの循環律によってかなりの被害者を出していたことだろう。


「循環律には人智の及ばないような術がたくさんある。故に、テルアキ殿の能力の全容は分からないし、どういうデメリットがあるかも分からない。一つ分かったのは、他人に魂を移すと記憶の一部が欠損してしまう、ということだ。あまり多用すべき能力ではないかもしれん」


 “転移の循環律”は、謎多き術だった。

 おそらく俺がこの世界に転移してこれたのは、あのぼろぼろな神社のせいではなく、先天的に持っていた循環律のおかげだろう。

 とすれば、もしかしたら元の世界にも陰術を使える人間はいるのかもしれない。超能力や霊能者といった形で発現している可能性もある。


「そうだな。まあ、そうそう使う機会がある技じゃないから大丈夫だと思うけど」

「あと、陽術も控えるべきだ」


 ザカライアはテーブルに置かれた探波針を見る。

 その針はザンテデスキア探知用だが、俺を刺していない。


「おそらく今テルアキ殿の体内には、二種類の魔力が混在している。陽術を使えば、ザンテデスキアの魔力が表層に浮き出て、探波針に引っかかるようになってしまう」


 ということは、陽術も使えなければ、陰術も使えない……魔術が使えない人間になってしまったということか。

 少し残念な気もするが、事態が事態だからそう言ってられない。


「その探波針は渡しておく。ライネッケのような、ザンテデスキア討伐を狙う輩は数多い。くれぐれも力に心を奪われないよう」


 ザカライアは席を立ち、部屋から出ていった。

 俺は起こしていた体を、布団に預ける。

 二種類の魔力を持つ人間。字面だけ見ると格好いいが、その内の一つはどのような効果があるか変わらない不明な魔力で、もう一つは発現した瞬間に指名手配犯となる魔力。


「ほんと、ままならないな……」


 薄汚れた灰色の天井を見ながら、俺は嘆息した。




 翌日、体調を殆ど回復した俺はロートロムを歩き回っていた。

 村にはほぼ被害がなく、村人もいつも通り和やかな生活を送っていた。俺の姿を見るや、心配の声をいくつもかけてくれた。

 俺がザンテデスキアとして行ったことを見た筈なのに、彼らは変わらず接してくれる。

 話している内に、俺は涙しそうになった。

 そして、村の端に立っていた氷柱に彼女はもたれかかっていた。


「どうやら体調は元に戻ったようですね、テルアキ様」


 俺の姿を見るや、マリーはぱたぱたと水色の髪を揺らしながら歩み寄ってきた。


「村長から聞いたかもしれませんが、ザンテデスキア様の力は暫く使わないようお願いします。私も先の戦いで魔力をかなり消耗してしまい……あなたと私の変身を維持するので精一杯なのです」


 兵からの砲弾を防ぎきり、洞窟にいるときは分厚い氷壁で守ってくれた。マリーの堅牢な陽術が無ければ、被害ゼロとはいかなかっただろう。


「分かった。ありがとう、守ってくれて」

「構いませんよ。私は血肉の全てを貴方に捧げるつもりですから」


 それは言い過ぎだろう、とツッコミを入れようとしたがマリーの真面目な顔を見て辞めた。


「一つ、昔話をしましょう。とあるところに、少しだけ体が大きく少しだけ陽術に秀でた黒龍がいました」


 唐突に話し始めたそれは、ザンテデスキアのことだと聞かずに分かった。


「彼は元々優しい性格でした。どんな龍族も平等に接してくれました。危機があればすぐに駆けつける、優しい性格でした。片田舎に住んでいた希少種の氷翼竜族にすら、その優しさを分けてくれたのです」


 マリーは空を仰ぎ見る。


「じゃあなんで、そんなやつが国を滅ぼしたんだ」


 マリーの語るザンテデスキアは、とてもじゃないが指名手配される奴とは思えない。


「彼は一つ大きな疾患を抱えていました。それが“狂乱の循環律”です。あれは怒りと共に自動で発動して、術者の心を焼くのです。テルアキ様も、身に覚えがあるでしょう?」


 身に覚えがあるどころじゃない。

 トラウマになってしまうくらい覚えている。

 残虐の限りを虐げられているロートロムの幻術を見た時、理性の欠片すら残らなかった。そして気付けば終わっていた。


「ザンテデスキア様は最初、力に溺れた陰術師から面白半分に狙われていました。少し強い龍だからって、意味なく賞金もかけられました。その頃は人に何の危害を及ぼしていなかったのにも関わらず。もちろんザンテデスキア様はそんな余興に興味なく姿を隠していたのですが、やがて陰術師たちは恐ろしいことを始めたのです」


 マリーの目に怒りが浮かぶ。涙が滲み出るのではと思うくらい、強い怒りの色が。


「幼い黒龍を捕まえ、虐待したのです。殺さずに、ザンテデスキア様が現れるまでありとあらゆる方法で。あとは、言わなくても分かりますね?」


 助けようとしたザンテデスキアが循環律の怒りに飲まれ、国を滅ぼした……ということか。


「ザンテデスキア様は孤独でした。だから、今はある意味幸せなのだと思います。心は乗っ取られたとはいえ、こうして人間に愛されているのですから」


 マリーは俺へと目を移し微笑んだ。

 そういえばザンテデスキアと対峙した時、彼から寂寥感のようなものを感じたことを思い出した。もしかして自分を止めて欲しくて、わざと俺の循環律を受けたのではないだろうか?


「ですからテルアキ様を恨みはしませんし、むしろ感謝したいほどです。個人的にもテルアキ様は好きですから」


 マリーはニッコリ微笑んだ。


「さて、言いたいことは言いました。あとはあなたの好きにしてください。村を出て身を隠してもいいですし、ここに住むのもいいでしょう。まあ……どうせあの方と決めるんでしょう?」


 マリーは森の方を指差す。


「彼女は川の方にいますよ。行くなら、どうぞ行ってきてください」




 カティナは河のほとりで、足を三角に立てて座っていた。

 水面を見つめながら呆けている。


「どうした、カティナ」

「っ! 目を覚ましたんですね!」


 ばっと立ち上がり、俺の側へと駆け寄る。


「えっと……テルアキ……さん?」

「いいよ、呼び捨てで。喋り方だって今のままでいい。俺もそのほうが話しやすいからな」


 龍殺しの騎士として師匠だった頃は、カティナは俺に敬語を使っていたのを思い出した。

 まだ記憶は断片的にしか回復していないらしい。


「これから、どうするんですか?」


 カティナは俺の顔を覗き込みながら尋ねた。何かを心配しているような表情で、どういう答えを求めているかはっきりと分かる。

 俺は思わず笑ってしまった。


「な、何か顔についてる……?」

「違う違う。えらく態度が変わったなって」

「そりゃそうよ! だってお師匠様が生きているなんて思わなかったし……」


 カティナは恥ずかしそうに目を伏せた。

 おっかないやつだと思っていたが、頭を撫でたくなるような可愛さがある。


「決めた。とりあえず、俺はロートロムで恩返しする。この村には本当にお世話になった。それからどうするかは、ゆっくり決める」


 その返事に、カティナはほっと安堵のため息をついた。


「……私を心配させた罪も償いなさいよ」


 上目遣いでそう言われると、ぐさりとくるところがある。

 俺がザンテデスキアに乗り移ったのはカティナのためであったのだが、そう言ったところで心配させたことには変わりようがない。


「罪を償うと言ってもな……何をすればいいのやら」

「それはその……」


 カティナは顔を伏せて、口をもごもごさせている。

 カティナの気が楽になるのであれば、してあげられることがあるならしたい。

 しかし、声がはっきりと聞こえない。


「カティナ、何を言おうとして――」

「ではテルアキ様、償いとして私とみっちりお話しましょう。主に将来のことについて」


 いつの間にか現れたマリーが、俺の右腕にしがみつき村へと引っ張ろうとする。


「なっ! 待ちなさい!」


 負けじと左手をしがみつくマリー。

 つい先日も似たようなことがあった気がするが、彼女たちは俺を引っ張りだこにするのが好きなのだろうか?


「カティナちゃんは川岸で黄昏ていればいいと思うのです」

「あなたこそ氷にずっと頬ずりして凍傷すればいいのよ」

「本当に仲が良くなったんだな、二人共」

「「だから誰が!」」


 声も顔の振り向きもタイミングがばっちりだ。

 俺は雲一つない空を仰ぎ見る。


 やっと、俺の過ごしたかった異世界ライフが始まる気がする。

 二人の騒がしい声に鼓膜を震わせながら、俺はこれから先の異世界生活に心を踊らせた。

少し短めのお話しでしたが、ここまで読んで頂きありがとうございました。

くどいようですみませんが、ご感想・ご指摘・ご意見等々頂けるととても助かります。


この作品については完結です。

次回作について……1月頭には何かしらの更新ができればいいなと思います。

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