第十七話 龍殺しの騎士
俺は頭を抱え、思わずしゃがみこんでしまった。
「テルアキ様! どうかなされたのですか!」
カティナの涙。
周りを囲う兵。
そして、対峙する二人。
一段とひどくなる頭痛。目の前の景色が霞み、代わりに別のものが見えてきた。
気付いたら俺は灰色の世界に立っていた。
音もなければ風もない、無機質な空間。現実味があまりにも薄く、まるで夢の中にいるようだ。
振り向くと、背後に巨大な黒い何かが蠢いていた。
何かよく分からないのに、それを見た途端殺さなければという気持ちになった。
気付くと俺は剣を持って、黒い何かと対峙していた。
『ねえ、逃げて! あんなの敵うはず無いわ!』
不意に、聞き慣れた女性の叫び声が聴こえる。顔をその声の方へ傾けようとしたが、動かなかった。
俺の目は、黒い何かを捉え続けている。
『お前は何故……我に歯向かう? 勝てぬと分かっているのに何故?』
黒いそれから発する声は、頭の芯にまで響くような低く恐ろしい声だった。
『その少女を見殺しに逃げれば、まだ助かる可能性もあるというのに』
なんとも恐ろしい言葉を、黒い何かが言い放った。
だが俺は動じず、一歩足を前に出す。
かしゃりと、金属が擦れ合う音がなる。足元を見ると、銀色のすね当てと靴が見えた。
俺はいつの間にか鎧を羽織っていた。シュナツトリィ王国兵が着ていたのと同じものを。
どういうことだ? これは一体何の景色なんだろうか。夢にしては、妙に現実味が有り、何より既視感を覚える。
「俺の目の前で彼女が死んでほしくない……ただそれだけだ」
俺は右手を黒い何かに向けた。右手には、びっしりと幾何学模様に埋め尽くされている。
徐々に意識が鮮明になる。景色に色がついてくる。
『たかが人間如きの循環律で、我を倒せるとでも――』
目の前にいた黒い何かは徐々に輪郭が明確になっていく。
それを見た瞬間、俺は心の中で笑ってしまった。
なぜならそれは、憎むほどに嫌いな顔だったからだ。
指名手配書で何度も見た、黒い龍の顔だったからだ。
「さよならだ、ザンテデスキア」
今、ようやく思い出した。
――この世界に転移してから、黒龍になる間の記憶を。
「“転移の循環律”!」
目を開けると、俺は洞窟の中で膝をついていた。
そして何故か、俺の姿は別の人間へとなっていた。先程の映像で見たように、俺は銀色の鎧を着ていた。
「なんで……あなたが……」
カティナは術を止め、口をわなわなと震わせていた。
彼女は慌ててニつの探波針を取り出した。
一つは今まで俺を刺していた、ザンテデスキアの魔力の波形が登録されていたもの。しかしそれはもう、俺の方を向いていない。代わりに、もう一つの探波針が俺を刺していた。
「師匠……師匠なんですか!」
俺はカティナの方を見て、ため息をついた。
「……そうらしいな」
そう言って微笑むと、カティナの目から涙を零しながら俺へと抱きついてきた。
カティナの師匠である“龍殺しの騎士”はどうやら俺のことだった。
……改めて思うと、ひどく厨二病ちっくな二つ名をつけられてしまったな。
「馬鹿な……一体何が起きている……」
ライネッケは手元の探波針を見ながら驚愕していた。
この世界において、探波針はDNA鑑定以上に信頼性がある。
故に、ザンテデスキアの探波針が俺を指さなくなった以上、彼らは俺に手出しすることが難しくなった。
ただ、これは俺も予想だにしないことだった。姿が変わるだけでなく、魔力の波形までもが変わるとは。
「なあ、マリー。これはどういうことだ?」
「さあ。テルアキ様の“転移の循環律”の効果だとは思いますけど」
やはりマリーは、俺のことを知っていたか。
それにしても、なぜかマリーが俺と目を合わせようとしない。龍殺しとして、同朋を多数葬ってきたからだろうか? とはいえ、俺が葬ってきたのはあくまで人に害を成す龍だけだった。
「たとえ魔力が変わったとしても……その鱗があれば殺した証拠にはなる」
ライネッケはほくそ笑みながら、俺を見つめる。
こいつ、まだ俺を殺すのを諦めてないのか。
「全軍構え!」
ライネッケの掛け声と同時に、兵たちが杖を構える。
さすがにこれほどの物量で攻められたら、一溜まりもない。
だが、カティナが俺を庇うように立った。
「カティナ=チェインワース……貴様何を」
「無実の人間を攻撃しようと言うなら、私が許しません。ライネッケ団長……私の能力をお忘れですか? たとえ千人いようとも、私の“強奪の循環律”で奪い切るわ」
ライネッケは唇を噛み、視線を落とした。
カティナの言葉が本当ならかなり強力な能力となりそうだが、ライネッケの反応を見る限り嘘ではないのだろう。
だが、撤退の指示を出さない以上、彼は必死に策を考えている。
「もうよさんか、ライネッケよ」
とん、と軽やかに目の前で着地したのはザカライアだった。
いくら彼が凄腕の陰術師だとしても、相手の数が多すぎる。
「ザカライアさん、下がっててください。私達だけで十分ですから」
「ザカライアだと……」
ライネッケは目を大きく見開いた。
そうして、ゆっくりと腰を折って頭を下げた。
「ザカライア……ザカライア=ウォルジー“元”元帥。まさかロートロムにおられるとは思っておらず……未だご健康そうなご様子で何よりです」
「ふむ。お前は相変わらず心にもないことを言うのが得意よの」
ザカライアは顎髭を撫でながら、おどおどしている兵たちを見回す。
「ところでライネッケ。ロートロムを守るために、これ以上やろうというのであればカティナに加勢せねばならん。強奪の循環律に加え、儂の循環律も加われば……どうなるか分からんお前でもあるまい?」
「しかし!」
反論しようとするライネッケに、ザカライアは人差し指を向けて黙らせた。
「ザンテデスキアの魔力反応がない人間を痛めつけて、挙げ句の果てに村一つ崩壊させたと王に伝われば、降格どころでは済まないだろう」
脅しにも近い言葉に、ライネッケは大きく舌打ちした。
「……撤収だ」
その一言により、兵たちは杖をおろし、足並みをそろえて洞窟の奥の方へと歩き去っていった。
「ありがとうございます、ザカライアさん」
俺は深々と頭を下げた。
「ザンテデスキアの循環律を使ってまでも村を救ってくれたお礼にすぎん」
そういって、地面を軽く蹴って穴の出口へと駆け上っていった。
あのじいさん、やはり只者ではなかった。おそらく彼の循環律も、チート級な能力に違いない。
と、急に力が抜けて、地面へと倒れてしまった。
「大丈夫?」
「問題ない。緊張が解けただけだ」
カティナは心底心配そうに俺を見つめる。これが先程殺意を向けてきた女騎士とは思えない。
「言っとくが、謝らなくていいからな。家族を殺されれば、ああなるのは当然だからな」
「……でも、私は」
「俺がいいって言うんだから気にするな。な」
カティナはこくりと小さく頷いた。
「それで……マリーはどうする? ザンテデスキアの魂を乗っ取った人間が覚醒したわけだが」
腕を組んで氷の壁にもたれかかっていた彼女は、肩をすくめた。
「どうもしませんよ。確かにザンテデスキア様のことで思うことが無いわけじゃありませんが……テルアキ様が気に入っていることにも変わりありませんし」
そう言って、マリーは俺の右腕にしがみついてきた。
「な! 離れなさいよ! どこか怪我があるかもしれないんだから」
「そういうあなたこそ、ちゃっかり左腕にしがみついてますよ? どうぞ、先に離れてください」
「信用ならないわ! マリーから先に……」
俺の左右で言い合う彼女たちの声を聞きながら、俺の気力は限界を迎え、気を失ってしまった。
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次回はついに最終回。
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