第十六話 復讐者の猛攻
「じゃあ、死になさい」
「ちょっと待――」
久しぶりに聞いた、カティナの死の宣告。
俺は視覚情報よりも先に感じた恐怖のままに、身を捩る。
「くっ!」
カティナの刃が、左脇の下を掠める。服が破けるが、幸いにも皮膚には到達していない。俺は風を発生させ、カティナから距離を離す。が、容赦のない二撃目がすぐそばまで迫っていた。
スピードはカティナの方が圧倒的に早い。無駄がなく、最短距離の攻撃をノータイムで選択する。筋力は俺のほうが上の筈なのに、風の陽術による動きの先読みもしているのに、彼女の速さにはついていかない。
龍の体に慣れすぎたこともあるだろうが、いや、それは些細なことだ。
おそらくこの差を生み出したのは、圧倒的な戦闘経験。
「このっ」
風だけで避けきれないと思った俺は、炎を吐いて体を後方に吹き飛ばす。
結果的にカティナにも炎に飲み込まれそうになったが、剣の軌道を僅かに反らし炎に突き刺した。すると炎の魔力が奪われ、霧散してしまう。
だが俺は、その間に距離を取ることに成功した。
「……カティナ、落ち着け。ザンテデスキアなら、わざわざ言葉での交渉を選ぶはずがないだろう?」
カティナは返答の代わりに、刺突を繰り出す。
俺はわずかの気の緩みから、風での予知を怠ってしまっていた。
もはや躱すことは敵わない。であれば防ぐしか無いが、今俺には防げるような防具がない。
生身に触れてしまえば、身体中の魔力が奪われる可能性がある。それだけは避けねばならない。陽術が使えないこともあるが、何より変身陽術が溶けて体が巨大化してしまい、身動きがとれなくなることが一番恐ろしい。
とはいえ、良い手が思いつかない。
俺は反射的に腕を盾のように顔の前に持ってくることしかできなかった。
「テルアキ様!」
マリーが俺に向けて魔術陣を展開する。すると、俺の両腕に黒い鱗が広がった。
マリーが部分的に、変化を解いたのだろうか。剣と鱗がぶつかった瞬間、甲高い金属音が響き渡る。
無表情だったカティナの表情に、僅かな驚きが見えた。
「っ!」
今度はカティナが大きく後ろに飛び退いた。
どうやら、九死に一生を得たようだ。俺の鱗は陽術作られた偽物ではなく、本物の鱗なのだろう。
カティナの力がどういうものか具体的には分かっていないが、この鱗が有効な防御手段になりうることは理解できた。
二度へましないよう、風の陽術を展開しながら再び声をかける。
「カティナ! もうやめろ! これ以上の戦いはお前のためにならない! お前は苦から開放されない!」
だがカティナの表情からは再び感情が消えていた。
彼女は今ザンテデスキアを殺すことしか考えていない。俺の言葉は全く持って通っていない。
「それなら……」
俺の言葉を黙殺したカティナは地面に一歩踏み込み、刹那、無数の剣撃が俺を襲う。
あまりにも早いラッシュに俺は防ぐ以外為す術がない。さすがの龍の鱗といえど、攻撃を受けるためにダメージは蓄積されていく。やがてカティナの剣先は欠け、刺すというより殴られるような感触へと変わる。それでも彼女は攻める手を止めない。
今まで蓄積されてきた恨みを晴らすかのように、がむしゃらに攻め立てる。
「なんで……」
絶え間なく続いていた刺突が突然止んだ。
俺は腕を前に構えながら、カティナの顔を見る。
「なんで反撃しないの! どうして循環律を使わないの!」
カティナの顔はひどく歪んでいた。泣きそうで、悔しそうで、怒っていて……色々な感情が入り混じっているような表情だった。
呼吸を整えながら、俺は思わず笑ってしまった。
その答えが、とても簡単だったからだ。
「俺は、人間を殺したことがないんだ。だから、自分と同じ人を殺すことが怖い。殺したらきっと、俺はもう人には戻れない気がする」
理由なんて大層なものじゃない。
人を殺す度胸がない。ただそれだけだ。
カティナは納得が行かない表情をしているが、事実なのだから他に言いようがない。
「何を綺麗事を……!」
「綺麗事じゃない。この世界の人間には分からないかもしれないが……俺は殺人ご法度の価値観の元で生きてきたんだ。こればっかりは一晩賭けても変わらないと思う」
もちろんカティナの素早い攻めのせいで、攻撃に転じることができないというのもある。が、それを言うと弱みを曝け出してしまうことになる。いずれにしても、平和な日本で生きてきた俺が、兵に所属して戦いの訓練を積んできたカティナに叶う道理はない。
「あなたが……あの循環律を使わなければ、私はここまでしなくてよかったのかもしれない」
確かに循環律を使えば、カティナを倒せたかもしれない。少しでも火を浴びれば、恐怖の記憶に囚われるあの悍ましい術を使えば。
だが、あの魔術は凄惨な過去がある人間に対してはかなりの精神ダメージを及ぼしてしまう。復讐者になってしまうほどの傷を負っているカティナが喰らえば、精神崩壊じゃ済まないかもしれない。
「そうすれば、私はここまで苦しまなくて済んだのかもしれない」
カティナは俺に敵対する限り、そして、ザンテデスキアを追い続ける限り苦しみ続ける。
故に俺は、言葉での説得を試みた。けれど、どの言葉も通じない。カティナの心の壁を乗り越える言葉が思い浮かばない。
「でも、それもこれで終わり」
考えあぐねていると、怖気立つほどの魔力がカティナから発せられる。
その量は、一人の人間が蓄えられる量を遥かに越している。兵も怯えるほどで、マリーですら大きく目を見開いていた。封印の循環律とは違う、カティナの力なのだろうか。
ふと、俺はカティナから見慣れた魔力の気配がすることに気付く。
――俺の魔力の気配だ。なぜカティナから……。
カティナの背後に、巨大な陰術陣が展開する。車輪のような、花びらのような模様が描かれたそれは、くるくると周りながら光を発している。
脳が直感する。これはやばいと。何もしなければ間違いなく命を奪われると。
「せめてもの情けで……痛みを感じること無く殺してあげる」
思い出した。
カティナは“強奪の循環律”を使うと言っていた。
魔力を奪うだけでなく、それを使えるとすればこの膨大な魔力の説明がつく。
もし彼女が、俺がロートロムで眠りこけていた三日間の魔力を保有しているとしたら……。
「やめろ! 確かにそれだけの魔力なら俺を消しされる! だが、お前も吹き飛ぶぞ!」
莫大な量の魔力を、何の道具の補助も無しに、しかも一人で行うとなると、その反動もまた絶大になるのは火を見るより明らかだ。
「いいの。これで、仇を殺して、家族のもとに、師匠の元に行けるなら」
大地が震え、空気が軋む。シュナツトリィ王国の兵たちは、急いでカティナから離れようとしていた。
やはりこの技、よほどやばいのであろう。
今飛びかかったとしても、返り討ちにされるの目に見えている。正直、お手上げだ。
「テルアキ様! 逃げましょう! あれは如何に貴方であろうと殺されます!」
マリーは懇願するような表情で、俺へと向く。
あれは意地で立ち向かえるような規模でないことは分かっている。
「マリー、お前は一人で逃げろ。俺はカティナを説得する」
けれども俺は、カティナを見捨てるわけには行かない。
ここで逃げてたら、元の世界にいた時の俺と何も変わらない。
異世界に逃げて、ここでも逃げたら、もう俺は逃げることしかできなくなる気がする。
「まだそんなこと言っているんですか!」
「そうだ。それにここで逃げても、カティナは追ってくる。すまないな、マリー」
マリーは唇を噛み締めながら、ぐっと言葉を飲み込む。
ありがとう、マリー。
感謝しながら、俺はカティナの方へと向いた。
「どうしてあなたは……そんなにも……」
カティナの目から、一筋の雫が伝う。
「けれども……もう止められない」
それでいい……わけがない。
どうにかして、止める方法を見つけなければ。
……その時だった。
「っ!」
強烈な痛みが頭を襲う。
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次回は明日更新です。
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