第十五話 黒竜vs復讐者
人の姿になった俺とマリーは地に降り、穴に向かって歩いていく。
ロートロムに近付くと、先程まで見えていた火や煙・傷付いた人達が霞んで消えた。
「幻術か……」
「敵は、ザンテデスキアの心が今までとは違うことに気が付いていたのかもしれません。……どのような
下劣な手を使ってくるか分かったものじゃありません」
根性がひん曲がっているということは分かった。
だからと言って怯むわけにはいかない。
ロートロムでは村人全員が家の中に避難していた。おそらく事が終わるまで出るなと言われているのだろう。
だが、一人だけ窓から顔を覗かせていた。
村長であるザカライアだ。
彼の頬には大きな痣がある。兵との間で何か一悶着があったのかもしれない。
彼は口の動きと小さな声で、「村は無事だ」と伝えてきた。
彼だけは何があっても俺を信じてくれる。それだけで、心の重みがわずかに取り除かれる。
そしてついに、穴の傍へと辿り着いた。
マリーは立ち止まり、振り返り俺を見上げる。
「まずは私が降り、氷の幕と壁を展開します。地面の罠と周囲からの奇襲を防いだ後は、テルアキ様に任せます」
「分かった」
俺は頷いたが、マリーは訝しげな目をした。
「本当に分かりましたか? 簡単に言えば、私が防御しきって安全が確保できるまで動くな、という意味なのですけど」
「分かってるよ。カティナが目の前にいても、暴走はしない。俺だって命を賭けられるほど出来た人間じゃない」
「そうですか……まあ、そういうことにしておきましょう」
マリーは不意に俺の首に手をかけて、頬へ口付けをした。
「人間がどう言おうと、ザンテデスキア様は私の恩人であり、大切な方です。だからその体、大切に扱ってくださいね」
最後にそう言い残し、マリーは穴へと入る。
俺は手で頬をさすりながら、闇へと続く穴を見る。
「……だから俺は、ザンテデスキアじゃ……」
もちろん俺は自己犠牲をする気はない。そんな度胸だって無い。
ただ誤解を解くだけだ。戦わないで済むなら、それに越したことはない。
「ふぅ……行くか」
俺は意を決して、穴の中へと降りる。
直径ニメートルほどの穴は垂直にまっすぐ掘られている。綺麗な断面からも、人工的に作られたものであることは間違いない。
龍となり空を飛ぶ機会が増えたためか、恐怖は感じなかった。冷ややかな冷気を感じたところで、俺は風の陽術を発動する。徐々に落下速度を下げ、着地に備える。
ぶるっと、体が震える。
それが冷気によるものなのか、武者震いか、はたまた恐怖なのかは分からない。
俺は深呼吸して気持ちを整える。
一番恐れるべきは、挑発によって心を失いカティナもろとも焼いてしまうことだ。
それだけは絶対に避けなければならない。例えカティナが目の前で腕の骨を折られようが、足が斬り落とされたとしても。
そして短くも長い時を経て、俺は戦場へと足を着ける。
「ようこそ、黒竜王ザンテデスキア。我々のおもてなしの舞台へ」
「はじめまして人間。カティナ以外は全員引っ込んでいろ。そうすれば命を奪うことはしない」
俺の周囲には多量の兵が、杖を向けながら立っていた。展開している氷の壁は無傷で、まだ戦闘は開始していないようだった。
洞窟は高さ四メートル、幅十メートルと横長だった。突き出た岩が何一つなく、地面も綺麗にならされており、灯りも等間隔に付けられている。
洞窟というより、人工的に作られたトンネルと言った方が良いだろう。
俺の降り立った周囲には氷の壁が展開している。不思議なことに、どこにも戦闘をした形跡がない。
「マリー大丈夫か?」
敵に何かをされていないか念のため確認する。マリーは足元に展開している陽術陣に手を当てながらこくりと頷く。
「はい、まだ戦闘すら始まっていませんので」
てっきり奇襲をかけてくるものだと思っていたから、意外だった。だが、それなら好都合だ。十分に状況把握してから闘うことができる。
もちろんのこと、カティナの姿は見当たらない。回りにいるのは同じ鎧を着た兵たちだけだ。
「お初にお目にかかれて光栄です、ザンテデスキア様。私は、ライネッケ=カルナレーニ。シュナツトリィ王国の第二兵団長をしております」
兵たちの間を歩き寄ってきたのは、カティナの隣に立っていた男だった。彼は氷の壁の側に立ち、恭しく俺へと頭を下げた。
彼は右手で握られている探波針を一瞥し、再びこちらを見る。
「この空洞は王都からセクレルまで、秘密裏に兵を動かすためにできたものです。そして今は……あなたを殺すために使っています」
声音一つ変えず、平然と恐ろしいことを言ってきた。
他の兵は多少なりとも緊張や恐れの色が見られるが、彼の顔からは何も感じられない。
彼の考えが全く読めない。
「ところで、ザンテデスキアは問道無用に逆らう人を殺すと聞いていましたが……私はまだ生きていますね。奇跡でも起きたのでしょうか?」
「カティナはどこだ?」
こんな奴の会話に応じる必要はない。
睨みつけると、ライネッケは肩をすくめた。
「怖い怖い。睨みつけなくても逢わせますとも……カティナ、お呼びですよ」
彼がぱんと一回手を叩くと、背後からカティナが姿を表す。
彼女は初めて出会った時以上に、身を鎧で固めていた。まるで戦争を間近にした兵士のように。
「カティナ……俺は……」
言い終わる前に、彼女は剣を抜いた。
その剣に刻まれている模様には、既視感があった。
ロートロムで俺の動きを封じていたあの杭に似ている。
彼女は瞳をゆっくりと俺に向ける。
ぞくりと体が震えた。怒りとも恨みとも違う、けれどそれ以上に恐れを抱く目をしていた。
あれが殺意というものか。
「ザンテデスキア=パレルモ。今度こそ逃がさない。私の全てを奪ったお前を……“強奪の循環律”によって葬ってやるわ」
カティナは剣を氷に一刺しする。
すると刺した箇所を中心に、徐々に氷が溶けていく。まるでバーナーで焼いているかのような現象だが、彼女の剣は全く熱を放っていない。
「強奪……まさかカティナの能力は無効化ではなく……」
今まで、カティナは動きを封じたり、無効化にしたりする陽術を使っているものだとばかり思っていた。
しかし、違う。それでは“強奪”という言葉に合わない。
彼女の能力が文字通りなら、指定した対象の何かを奪うことにある。
ロートロムでは俺の体の動きを奪い、セレクルでは兵の魔力を奪い取った。そして今は、氷の熱を奪っている。
どこまでが強奪の対象範囲に出来るのか分からないが、ある意味無効化よりも恐ろしい。
カティナは全てを奪われた代償として、全てを奪う能力を手に入れたのか。
「マリー、カティナが入ってきたらすぐに穴を塞げ。説得したらすぐ上に逃げる」
「……了解」
人一人が通れるくらいの穴が開く。彼女はゆっくりと氷のドームへと足を踏み入れる。
「信じたかった。あなたがザンテデスキアでは無いと」
「それで正しいんだ。ザンテデスキアじゃないんだから」
「そうね。きっとついさっきまでの私なら、その言葉を簡単に信じていたでしょうね」
カティナは探波針を俺に向けた。
相変わらず赤い針は俺を指し続けている。
「探波針は嘘をつかない。そして、魔力の波動が同じ生命体がいることも絶対にない。……全く同じ循環律もありえない」
「有り得るかもしれないだろ。お前のその常識が、必ずしも正とは限らない」
彼女は剣を、俺へと向ける。
その目には迷いの欠片もない。俺の言葉はもう届いていないようだ。
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