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第十三話 “狂乱”

「ふふっ。テルアキ様、もしかして未練があったりしました?」


 彼女の消えた後を見ていた俺を、マリーが意地悪く笑う。

 俺は肩をすくめて答えた。


「そりゃな。ああまでのんびりと出来て、人間と仲良くなれたのは初めてだったんだから」


 俺がこの世界に転移してから、初めてまともな異世界生活を過ごすことが出来た。

 そんな場所に未練を感じない筈がない。


「この世界は広いです。きっと、他にもあんな村が見つかりますよ」

「そう願うしか無いな」


 俺とマリーは、より人が集まっている港の商店街へと足を運んだ。

 ロートロム付近にいる兵へと、すぐに通達が行くほどの騒ぎでなくては困るからだ。

 もし村人がへまをし、龍を匿っていたことがバレたりでもしたら大変だ。そうならないためにも、騒ぎはより大きい方がいい。


「いいですか? 再び、終わりの見えない逃亡生活の始まりですよ」

「マリーこそいいのか? 別に俺といなくてもいいんだが」


 マリーは指名手配もされていないただの翼竜。

 俺と一緒にいなければ、普通の龍としての生活を送ることができる。


「いいんです。私はテルアキ様とずっと一緒にいるって決めましたから。前回は下手をして別れてしまいましたが……今回はそうはさせません。もしテルアキ様が逃げても、追い回しますからね?」

「分かった分かった」


 正直、マリーがいるとかなり心強い。特に人の姿になれる陽術があるかないかで、この世界での居心地がかなり変わってくる。

 もちろんそんなことを言うと調子に乗るのは目に見えているから口に出さないが。

 気がつくと、商店街の中央へと辿り着いていた。前の世界では鬱陶しく思っていた人の喧騒が、今では懐かしさに浸れる心地よい旋律になっていた。

 こんな人と人との間に殺意を向けられずに立てるなんて、今後しばらく無いだろう。


「では、そろそろ始めるか」

「はい」


 俺は意を決し、手を空に掲げた。

 刹那、空中から多量の煙幕が吹き出して視界を塞ぐ。

 濃い煙にパニックになる民衆を他所に、俺は力強く地面を蹴り空へと舞い上がる。


「それでは解除します」


 眩い光に包まれたかと思うと、懐かしい感触が全身に行き渡る。

 やたらと重い体に、背中で蠢く羽。ものの数秒もかからない内に、元の姿に戻っていた。

 続けて俺は陰術で風を発生させ、煙幕を吹き飛ばした。


「おい見ろ! ザンテデスキアだ!」


 男性の一言により、さらにパニックが増す。

 久しぶりに見る光景だが、やはりこうまでして恐れられると寂しくなる。


「さすがテルアキ様、人気っぷりが凄いですね」


 俺の隣で、呑気に空を飛ぶ水色の翼竜。


「随分楽しそうだな」

「はい。人間たちの慌てふためく姿は、何度見ても心ときめきます。ときめきませんか?」

「俺はそんな悪趣味じゃないんだ」


 いい具合に人が集まってきた。兵も武器を持ちながら徐々に集まってきた。

 そろそろいい頃合いだろう。

 俺は海へ飛ばんと羽を大きく開いた。


 ふと、ロートロムの生活が脳をよぎる。


 寂しさなのか後悔なのかは分からないが、何故か村のことが気になった。マリーに言われたせいだろうか。それとも、自分が思う以上にあの村に思い入れをしてしまったのだろうか。

 だから、一度だけその姿を目に焼き付けようと振り返った。


「なっ……!」


 俺はその惨状を見て固まってしまった。

 ロートロムには、大量の兵が流れ込んでいた。のどかだった雰囲気は欠片も残っておらず、無機質な灰色のテントと鎧に埋め尽くされていた。

 王国の国旗があちこちに立てれて、一部から煙が上がっている。

 わなわなと顎が震えているのが自覚できたが、止まらない。全身から冷や汗が出ているような気もする。


「一体何が起きている……」


 ザンテデスキアの偽物を、セクレルとは反対方向に飛ばしそれを兵が追ったところまで見た。

 偽物だとバレるにはあまりにも時間が早すぎる。それに、もしバレたとしても探波針は、セクレルに向くはずだ。何故ロートロムが攻撃対象に……まさか村人が匿ったことをバラしたか?


「……単なる襲撃じゃありませんね」


 目を凝らしたマリーは、驚愕の言葉を口にする。


「村人全員、拘束しています」


 気付くと、俺はロートロムに飛んでいた。

 俺が行けば、兵たちは全員こちらに襲い掛かってくる。そうすれば、ロートロムの人たちは解放されるはずだ。

 全速力で飛べば、数分とかからない。

 風の陽術を発動し、全速力で村へと飛翔する。

 轟々と風の吹き荒れる音が耳に響く。


「くっ!」


 ロートロムの傍で展開されている部隊からの砲撃を、俺は賢明に避ける。

 人間の陰術は、どのような術が込められているか分からない。

 カティナのように、発動条件さえ満たしてしまえば陽術を使えなくされる厄介な術だってある。


「テルアキ様! 村は囮です! 大規模な陰術陣が地上で展開されて――」

「分かっている!」


 頭では分かっている。だが、心に歯止めが効かない。

 村が明確に見えてきた時、俺は思わず羽ばたきを止めた。


「そんな……」


 何人もの村人が、傷だらけになって地に伏していた。

 中には多量の血が漏れ出ている者もいる。刃に突き刺されたままの者もいる。

 そして、その中にはカティナもいた。つい先程まで隣にいたカティナが、白目を剥いて倒れていた。

 平和だったロートロムは、数刻も経たぬ間に血に染まった。


 ――これが国を守るためにいる人間のやることか。

 ――これが正義なのか。


 思考が何かによって塗りつぶされる。つんざくような動悸と熱が体を走る。

 停止した俺へと飛ばされた陰術が迫る。逃げられないように、四方八方から囲い込むように。


「ようやく分かった。カティナ、これが殺したいほど憎いってことか」


 かちゃりと、錠が開いた音がした。

 黒い何かで埋め尽くされていた思考が、一気にクリアになる。

 何故か分からないが、仄かに解放感のようなものを感じた。


「テルアキ様! 死ぬ気ですか!」


 マリーの氷の楯が、俺へと迫る凶弾をすべて防ぐ。


「死ぬ気なものか。俺はやらなければいけないことがある」


 俺の周囲に、四つの陽術陣が展開する。気持ち悪いほど鮮やかな紫の光に覆われているそれは、俺の顔の前で円を描きながら回っている。


「その術はっ!」


 驚愕するマリーを視界から外し、俺は地上に固まっている兵を見下ろす。

 回転する四つの陣の外側に、更に八つ、そしてその外側に更に十六の陣が展開する。

 こんな術、俺は一度も使ったことがない。だが、頭の中の何かが使えと嘯いている。

 これから何が起きるのか、俺には全くわからない。

 ただ、何もかも無茶苦茶にしたい気分だった。


「滅びろ……人間!」

読んで頂きありがとうございましたm(_ _)m


次回は明日更新です。


ご感想・ご指摘・ご意見等々頂けるととても助かります。忌憚なく書いて頂ければ幸いです。

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