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第十ニ話 龍の恩返し

 店の扉が乱暴に開かれた。

 けたたましくなる音に、俺達の目が扉へと向けられる。


「腹減ったなあ。おい、いつものを出してくれ」


 大柄な男が三人、無作法に店に入ってきた。

 カティナと同じ鎧を着ていることから、彼らがシュナツトリィ王国の兵であることは一目瞭然である。だが、彼らは国民に対して良心的な兵ではなさそうだ。


「すみません、今はちょっと……もう少ししたら空きますので待ってもらえますか?」


 しかしそれはあくまでも外見と店に入る時の所作に過ぎない。

 人は外見に寄らない……と思いたかったが、


「ああ? 俺らはこの港町を守るために一働きした後なんだぞ?」


 残念ながら、外見通りの人間性だったらしい。

 ただでさえ怖い形相の皺が深くなり、まるで般若のようになっている。

 そんな顔で詰め寄られている店員は涙目になっている。


「……早く食べましょう」

「そうだな」


 こんなに雰囲気が重くなっては、美味しい飯も不味くなってしまう。俺とマリーは残りの料理を急いで駆け込んだ。この席さえ空いてしまえば、丸く収まるんだ。ならば一番いい解決方法は早々に食べきる他無い。

 ああいう連中は、どの言葉が刺激になるのか分からない。

 だが、こういう時に黙っていられないお人好しもいる。


「貴方達、シュナツトリィ王国の兵であるからといって、そのような傲慢な態度をしてもいいと思っているの?」


 カティナは店員を庇うように立ち、屈強な男たちを睨みつける。

 傍から見ると、華奢で背も低いカティナが不利に見える。が、カティナには身動きを封じる針がある。

 俺は口の中にある食べ物を咀嚼しながら、様子を見守る。


「おい、誰だか知らねえけど店の外出ていってくれねえか? じゃないと店のお嬢ちゃんが、俺らの席を用意できないんだとさ」


 挑発されるも、カティナは動じない。

 すると、先頭に立つ男が腰にかけられている剣の鞘に手をかける。

 従わぬなら力で、ということか。なんとも血の気が多いことか。

 だが、力ある者が力ない者に対して力を見せるとき、奢りによる隙ができることがある。例えば今、彼はまるで魅せつけるかのようにゆっくりと鞘に手を持っていっている。

 カティナはその一瞬を突き、上着から針を取り出して男の顎下に飛ばす。ちょうど鎧に覆われていない部分だ。

 一連の流れは一瞬で、俺ですら目で追うのがやっとだった。針による不意打ちは彼女の中で常套手段なのだろう。

 だが、針は肌に突き刺さる前に弾き飛ばされてしまう。


「残念だったなあ。俺の陰術は透明な壁を作り出すものなんだ。弱点なんて、微塵も存在しない!」


 陰術の相性は最悪だったらしい。カティナの針はおそらく突き刺すことを条件に、無効化できるような効果だろう。そうだとしたら為す術がない。

 怒りを露わにした男は、カティナの首元を勢い良く掴んだ。


「くっ……」

「兵に手を上げるということは、国家反逆罪として問われてもおかしくないなあ? さっきの針は俺の喉に向かって飛んでいたんだ、手が滑りましたっていう言い訳は聞かねえぜ?」


 カティナの首を掴んでいる方と反対の手で、両刃の剣を抜く。丁寧に磨かれた銀の刃が、カティナの喉元に当てられた。

 店員は小さく悲鳴を上げ、思わず退いてしまう。

 まさに絶体絶命、というところだろう。

 男の目の色からして、殺されなかったとしてもカティナはただでは済まない。


「ごちそうさま」

「私も食べ終わりました」


 俺とマリーが立ち上がると、男の視線が僅かに俺らの方へ向く。


「すみません。只今席を開けますので少々待ってもらえないでしょうか?」


 マリーが珍しく人間に向かって低姿勢な言葉を投げた。

 人間を龍よりも下に見ているマリーらしからぬ行動で、俺は呆気に取られてしまった。

 だが、


「それとこれとは話が別だ。お前らもそれを片付けて料理の準備をとっととしろ。その間、俺はこの女を――」


 マリーの言葉はあっさりと無視される。

 そして、彼の後ろに控えていた男二人が俺らの方に歩み寄る。カティナと同じように武器で脅すつもりだろう。


「……残念だ」


 俺はため息を付いた。

 あれだけ温情が篭った言葉を無視するなんて、命知らずにも程がある。


「ああ? どういう意味だ?」


 俺へと迫っていた男が睨みつけながら、武器に手をかける。


「つめたっ……なんだこれは!」


 だが、武器を引き抜く事はできない。

 マリーの陽術によって、剣の鞘が巨大な氷塊と化していた。何の動作もなく、音もなく生じた現象に兵たちは狼狽える。

 水色の髪をさっと払い、マリーは冷たい目で男たちを睨みつけた。


「……テルアキ様に手を出さないでください」


 穏便に済ませようとしていたマリーをわざわざ怒らせるなんて……本当に残念なやつだ。

 動揺により陰術の鎧が崩れた隙を突き、カティナは拘束していた男へと針を刺す。


「くっ……力が……」


 男は術が使えなくなるだけでなく力も入らなくなったようで、膝から崩れ落ちた。


「貴方たちの所業は上の方に報告させて頂きます」


 カティナはそう吐き捨てて店を出た。

 俺とマリーは店員に一言、平和が訪れたことだけを伝えて後を追う。

 カティナはすぐさま街にいた他の兵に事情を説明する。一般人であれば対応に時間や手間がかかったであろうが、元兵士であるという身分を利用して即時対応が可能となった。

 三人の兵が連行されるところを見届けたカティナは、何か言いたげにこちらをチラチラ見ていた。


「どうしたカティナ?」


 俺が尋ねると、カティナは意を決したようにこちらを向いた。


「あの……ありがとう。助けてくれて」


 そう言って顔を反らしてしまう。


「食後のデザートにしては、不味すぎたからですよ。あなたや店を助けたいとかって訳じゃありませんから」


 マリーは腕を組みながら、ぶっきらぼうに返した。

 二人の素直のなさに、思わず吹き出してしまう。


「何よ」

「何なんですか」


 二人してぐいと俺に迫ってくる。


「ふたりとも案外仲がいいなって」

「「誰が!」」


 声が綺麗にハモってしまい、二人は気まずそうに顔を反らした。

 龍を忌み嫌う人間に、人間を忌み嫌う龍。

 仲良くなる筈のない二人なのに、互いに背を向けられるだけの絆が出来ている。


「……そういえば、少し昔のことを思い出したわ」

「昔?」


 カティナは北の空を見ながら言葉を続ける。


「ええ。昔に一度だけ、ザンテデスキアに挑んだことがあるの。もちろん、殺されかけたわ」

「当然でしょう。人間一人でどうこうできるお方じゃありませんから」


 ふふんと鼻を鳴らし、我が身のことのように威張るマリー。


「けれど、その時に助けてもらったの。龍殺しの騎士に」


 マリーの顔が一変し、苦虫を噛み潰したようになった。

 確か龍族にとって危険な存在であり、カティナに戦闘のイロハを教えた師匠だったか。


「二人とも、龍殺しの騎士に会うことがありましたら、殺す前に一つ言伝をしてもらえませんか? カティナ=チェインワースが感謝していたと」

「分かったよ。会うことがあればな」


 龍殺しという異名がつく以上、それをなりわいにしているのだろう。とすれば、俺らのほうが龍殺しの騎士に会う可能性は高い。


「ありがとう」

「それで礼が返せるなら、安いものだ」


 カティナとロートロムには、多大な恩がある。

 本当なら永住したい気持ちではある。しかし王国に目を付けられている以上、あの村に迷惑をかけてしまう。


「カティナ、もう行け。そろそろこの街で一騒ぎする」

「分かった」


 カティナは短く頷くと、翻して颯爽と人混みの中へ消えていった。

読んで頂きありがとうございましたm(_ _)m


次回は明日更新です。

そしていよいよ、終盤に向かって突き進みます。


ご感想・ご指摘・ご意見等々頂けるととても助かります。忌憚なく書いて頂ければ幸いです。

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