第十一話 港町での休息
セクレルは活気あふれた商人の街だった。
どこに立っていようが見渡せば必ず店が見え、必ず商人たちの交渉の声が聞こえる。
食料、武器、薬品などなど、売っているものは様々だ。高級店から安価なディスカウントストアまで、多種多様な店が入り混じっている。
道行く人も様々で、農民から兵士まで様々だ。
「ここは人間でごちゃごちゃしてますね。いっそ全てを氷の標本にしたい気分です」
人混みが嫌いなマリーはしかめっ面でセクレルを歩いていた。
「海に出るまでは穏便に、な」
「……分かってますよ」
マリーは感情のままに行動するやつじゃないが、念のため釘を刺す。
「あなたこそ、人混みに紛れて逃げようとしないことね。その皮膚なら、私の力が通じそうだもの」
カティナは投擲用の針を弄り、後ろから脅してくる。
街の人に騎士であると悟られないように、カティナは腰に付けていた剣を持ってこなかったようだ。だが、あの小さな針でも十分に脅威だ。
彼女の陽術は、対象の動きや陰術を封じる類の術と俺は推測している。ここで力を奪われ人間に捕まるのはまっぴらごめんだ。
「分かってる。だから、そんな物騒なものはしまってくれ」
「私があなたの言葉を信用すると?」
「……じゃあせめて、脅すように俺に見せびらかすのはやめてくれ。さっきから冷や汗が止まらないんだ」
「分かったわよ」
そう言ってカティナは針を上着の内側にしまった。
今カティナは物騒な騎士の服装でなければ、肌面積の多いタンクトップでもない。街中を歩ける普通の服を着ていた。紺のジーパンに白いインナー、そして黒い上着と無難に無難を重ねたような服装だった。柄やプリント、ワンポイントもないシンプルすぎる服装だが、今まで着ていた服に比べれば遙かに目立たないだろう。
「セクレルに着いたはいいけれど、これからどうするのよ?」
「まずは腹ごしらえだ」
そう言って、俺は目の前にあった飲食店を指差した。外見は煉瓦造りの一軒家だが、家の中からは美味しそうな香りが漂い、表には美味しそうな料理名がびっしり書かれた看板が置かれている。
……そういえば、俺は体が龍になったためかこの世界の文字や言葉を理解出来ている。言語系授業――英語や国語のことだが――の成績が赤字だった俺からすれば嬉しい誤算だった。
「賛成です。私も先程の戦いでエネルギーを使い切りました」
くぅと可愛らしくお腹を鳴らすマリー。陽術の使用には体力を要するため、お腹を空くのも早くなる。
「別にいいけど……お金持ってるんでしょうね?」
カティナの言葉に俺とマリーは顔を見合わせた。
「「無い」」
「いや、それ言葉合わせてまではっきり言う言葉じゃないわよ……まあ期待はしていなかったけど」
カティナは肩をすくめながらため息を吐いた。
そう言われても、龍という種族に通貨は存在しない。無茶振りにもほどがある。
彼女の性格的に、奢るという選択肢は無いだろう。かといって強盗する気も無銭飲食する気も全くない。やむを得ないが、空腹のままここを発つしかない。
海の方に行こうと身を翻そうとした時、カティナは店へと歩きだした。
「何ぼーっとしてるの? 一食くらいなら出すわよ」
その提案は予想外すぎて、思わず耳を疑った。
カティナは俺たちに背を向けたまま、フンと鼻を鳴らした。
「私はただ、あなた達に早くこの国から出ていって欲しいだけよ」
「カティナちゃんはツンデレさんなんですね」
「誰がツンデレよ、誰が。デレを見せる予定なんてこれっぽっちもないんだから」
からかうマリーの頬を、口を尖らせながらつねるカティナ。
彼女の心境の変化なのか、何か裏があるのか。どういう思惑があったとしても、食べ物にありつけるのであれば何だって良い。
「マリー、どちらかというとクーデレだと俺は思うけどな」
「あ、そっちでしたか」
「どっちでもいいけど、どうしてデレが含まれてるのよ! って、ちょっと待ちなさいよ! 私がいなきゃ食べられないんだから!」
俺らが入った店は、外装のイメージ通り民家のダイニングのような内装だった。四人用の席が三つあるだけの狭さで、すぐ隣にはキッチンがある。
もはや飲食店と言えるのかどうかという狭さだが、飲食店らしいポイントが皆無なわけではない。テーブルにはちゃんとメニュー表が置かれており、壁には季節限定メニューの宣伝チラシが貼られている。
「よくこんな店を知っていたな」
「この港、少し治安が悪くて……ロートロムの人が買い物に来る時に護衛とかしてたのよ。その時に教えてもらっただけ」
「なるほどな」
治安が悪いと言われると、西部劇によく出てくるような酒屋の中での乱闘をイメージしてしまう。が、この店の内装にはそのような跡が見当たらない。
店とわかりづらくしているのも、自衛の術なのだろうか。
「ささ、早く頼みなさい。そして……早く出ていきなさいな」
「分かってるよ」
カティナに急かされて、俺はメニューを手に取る。
見たこともない料理名ばかりだが、それぞれ補足が書いてある。そのおかげでどれが食べられそうか判断することができる。
「……カティナ。念のため確認するが“一食”奢ってくれるんだよな?」
「そうよ。何を懸念しているか知らないけど、早く頼まないと気が変わるかもしれないわよ?」
「分かった。……すみません!」
俺は手を上げて店員を呼ぶ。
カティナはまた勘違いをしている。俺たちは今人の姿をしているが、元々は人より遥かに大きい姿であることを。
それはつまり各所作に膨大なエネルギーを要し、同じく食事により取り込むエネルギーの量もまた膨大である。
「これとこれとこれ、あとこれも頼む。あ、ついでにこれも」
元の国で言うならば定食にあたるメニューを五つオーダーする。
「私も同じでお願いしますね」
マリーはメニューも見ずに、清々しい顔でオーダーした。
「ちょっとちょっと、待ちなさいよ!」
カティナは予想外の注文量に待ったをかける。
「どうした? “一食”奢ってくれるんだろ?」
「だけど十人分の注文をするなんて聞いてないわよ!」
「ちなみに、これでも控えめにした方だ」
「……これで……控えめ……」
カティナは呆然としながら注文をメモする店員の手を見る。
「あ、このスイーツ美味しそうですね……ならこれも」
「あなた容赦ないわね……」
「次はいつありつけるか分かりませんからね」
マリーは微笑みながら言ったが、カティナは口ごもってしまった。
「気にするな、カティナ。俺にとってそれは当たり前の事だし、何よりお前にとってはこれから縁の無い話だ」
カティナは首を縦に振るが、どことなく納得していなさそうな表情をしていた。
つい先程まで敵視していた龍族にすら同情するカティナ。やはり彼女は優しすぎる。復讐者には向いていない。
「それよりお前は頼まないのか?」
「……頼むわよ」
「カティナさんは何品頼まれますか?」
「一品よ! アンタたちと一緒にしないでもらえるかしら?」
カティナがわーわーと喚いているうちに、次々と料理が届く。一つのテーブルでは足りなかったため、空いていた二つのテーブルをくっつけてもらった。
完全に貸し切り状態である。
カティナは店員さんに謝っていたが、店員は客単価がここまで高い客は滅多にいないから構わないと言ってくれた。客に対してストレートに客単価という言葉を用いるのはどうかと思うが、その潔さのおかげで気兼ねすることなく食べることができた。
俺とマリーは大量に並べられた料理を次から次へと食べていく。
不思議なことに、どれほど食べても満腹感の気配すら感じない。この龍、一体どれだけ底なしの胃を持っているのだろうか。
そんな俺達を横目に、カティナはぱくりぱくりと可愛らしく食べていた。
この食事が終わったら、短いながらも楽しかった平穏が終わってしまう。現実世界では感じたことのない感傷に身を浸している時だった。
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次回は明日更新です。
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