第十話 再び始まる逃亡生活
マリーは悠然と今の状況を述べ、ザカライアの方へ顔を向けた。
「おじさま、この村に一番近い村はどこですか?」
「セクレルだ。この村から二十キロほど西にある港町だが……」
「西ですか。ちょうど、あの兵たちとは逆方向ですね」
俺とマリーは、姿変われど人間を超えた身体能力があるため、全力疾走すれば毒の魔の手から逃れられるだろう。だが、確実に村に凶弾は降り注ぐ。
「マリー、この村を見捨てる気なのか?」
「そんな怖い目で見ないでください。ダミーを東の空に向けて飛ばします」
マリーが手を右に向けると、大きな氷塊が生まれる。
「ちょっと待ちなさい! 例え形だけの龍を作っても、探波針は誤魔化せないわ!」
そうだ、この世界には探波針という厄介なアイテムがあった。
例え偽物を飛ばしたとしても、針は変わらず俺を指し続けるだろう。たとえ先にダミーを飛ばしても、俺がこの村から動いてないことは向こうから丸わかりになってしまう。
「では、あなたの探波針を見てみてください」
カティナは持っていた探波針を取り出した。なんとそれは俺でなく、氷塊の方を指した。
「一体なにを……まさか魔力の波形まで誤魔化せるの!」
「そんな大層なことはできませんよ。ただこの氷塊の中に、テルアキ様の魔力を多く閉じ込めたんです。対して本物のテルアキくんは私の魔力に囲まれているので、気配は薄くなります。ですから、探波針はよりテルアキ様の魔力が濃いダミーに向くのです」
探波針は決して万能ではない。似た波形がある時は、より気配が濃い方向にのみ指針が向いてしまう。
そもそも、探波針でも判別できないほど似た波形を持つことはほぼ無いらしいため、そこまで探波針の精度を調整しなかったのだろう。
「ただ、もう少し外見を本物に近づけましょうか」
氷塊は水色の光に包まれ、巨大な黒い龍に……俺の姿へとなった。
しかし、初めて俺の姿を人間視線で見たが……おぞましいくらいに大きいんだな。そりゃ、人間に畏怖される理由も分かる気がする。
「姿を変える陽術は、生命以外にも使えたのか」
「はい。そして、このダミーは氷で出来ている以上、ある程度の距離までは遠隔操作できるのです」
マリーがパチンと指を鳴らすと、偽の俺は数度羽ばたきをし東の空へと羽ばたいた。
しばらくすると凶弾の雨は止んだ。攻撃がロートロムではなく、マリーの飛ばした偽の龍に移り変わったようだ。
「さ、テルアキくん。今のうちに港町へ行きましょう」
「ああ、そうだな」
偽物と分かれば、次は間違いなくこの村に来る。そうなる前に、港町で一騒ぎを起こして注目を村から逸らし、そのまま海にトンズラすれば兵はさらに村から遠くなるだろう。
「すまん、マリー。助かった」
「あなたが謝る必要はないですよ」
全て悪いのは……ザンテデスキアとかいう悪の龍。
だが、マリーには本当にお世話になりっぱなしだ。
「私も行くわよ!」
カティナは立ち塞がるように俺の前に立つ。
こいつ、こんな時でも復讐にこだわるつもりか……!
「……もういいわ。認める。あなたがザンテデスキアではないということを」
カティナは少し顔を俯かせながら言った。
認めると。俺がザンテデスキアでないことに。
「本当か……?」
「だから、私の気が変わらないうちに逃げて欲しい。でも、あなたが本当に何もしないか、私は見届けなければならない」
俺は安堵のため息をついた。
最後の最後に、彼女は分かってくれた。
「分かったよ。好きにすればいいさ」
どうせ断ったところで付いてくる。
付いてきたとしても、デメリットがあるわけでは無い。ならば、好きにさせてやろう。
「きゃっ!」
と決めたところで、俺はカティナを抱えた。
「なっ……!」
「人型とはいえ、身体能力は人間より遥かに上だ。陰術を使えば痕跡も残り気付かれやすい。異論はあるか?」
「……無いわよ」
カティナはふんと顔を反らした。何か気に障ることでも言っただろうか?
「またな、テルアキ殿」
「ああ。結局あなたにはずっと助けてもらってばかりだった」
「よいよい。色々手伝ってくれたからの。村のことは儂に任せて、後ろを振り向かずに進むが良い」
最後、ザカライアにもう一度頭を下げた。
彼がいなければ、俺はこの村にいることすらできなかった。
「じゃ、走るか!」
俺は全速力でセクレルへと駆け出した。
マリーも後方から俺の後を追う。
この世界に来て始めて受け入れてもらえた村なだけに、ロートロムから離れることに寂寥感を覚えてしまう。
けれども、ロートロムの人のおかげで分かったことがある。気持ちさえ通じれば、例え龍の形をしていても人の輪に入れるということを。
兵から逃げることには慣れている。今はマリーという心強い味方がいる。
しかし俺はその時侮っていた。
人間の執着心というやつを。
「ザンテデスキアが東の方向に逃げたとの報告が!」
彼の足元で膝をついたその男は、明らかに動揺していた。
自分たちの渾身を込めた陰術は尽く防がれ、更に逃げられようとしているのだから。
たとえシュナツトリィ王国の誇る百戦錬磨の兵団であろうと、人智を超えた存在を目の当たりにしてまともにいられる者は少ない。
これ以上の失態はしまいと慌てて立て直す兵の後方に、一人落ち着いて葉巻を吸う男がいた。
「そうか。まあ、計算内だがね」
茶色の革のコートを肩からかけ、黒い軍服に身を包む男は目を空に向けた。
「あの龍は村から〝今〟東に向かったのか……なるほど……」
悠長に言葉を並べる男。
ザンテデスキアを逃したと知られたら、地位が下がり兼ねない筈なのに。
「不思議だな」
「私も不思議だと思っていました。西に逃げ港経由で国外に逃げればいいものを、わざわざ――」
「違う違う、そこじゃあない」
男は大きく煙を吸い込み、そして空に吐き出した。
「ロートロムに被害はあったかね?」
「いえ。遠目ではありますが、村に被害があるように見えません。建物も無事でしたし、死人や悲しむ様子の人は見受けられ……」
そこまで言ったところで、兵は気付いたようだった。
「……なぜあの龍がいておきながら、被害が無いんでしょう?」
「そう。ザンテデスキアがロートロムにいた五日間……村人は誰も死んでいない。戦闘跡すら起きていない。あり得るかね? あのカティナ=チェインワースがいたにも関わらず。そもそも、シュナツトリィ王国の中核都市が近いという危険性の高い村に長居するメリットがあると思うかね?」
答えられない兵に、呆れるように男はため息をついた。
「分からんでも仕方ない。俺もまだ確信しきっているわけではない。だからこそ……作戦を変えよう」
男は葉巻を掴んだ手を空に掲げた。すると、周囲にいた兵たちは一斉に彼の方を向く。
「一部の偵察兵は、東に向かう龍を追え。それ以外の全ての兵は、ロートロムに侵攻し村人を拘束せよ。多少痛めつけても構わん。そして、幻術士は大規模な幻術の発動を準備せよ」
その命令に、兵たちは固まった。
彼の発する命令は下手をすれば国家反逆罪になってしまう。例えザンテデスキアを捉えるためと言えど、自国の民を傷付けることに抵抗を覚える兵は多い。
動揺が走る中、シュナツトリィ王国の第二兵団長ライネッケ=カルナレーニは悪魔のような笑みを浮かべた。
「すべての責任は俺がとる。俺の考えが正しければ……奴は再びロートロムに戻る。そのための罠だ」
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次回は明日更新です。
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