汎用人型三世代AI搭載思考機械、"考える人"
ようこそ、レディース、アンド、ジェントルメンズ。ナイトクラブ、『ぼくは自分で考え、行動する』へ。おれは汎用人型三世代AI搭載思考機械、"考える人"。ここの親父には"カミシロ"って呼ばれてる。好きな方で呼んでくれ。
さてさて、おれのような骨董品を見て驚いているやつも居るだろう。要するにおれは第三世代AI最初期に作られたものでね。ただ思考をモニタにアウトプットするだけのコンピュータさ。無論、いくつかのアプリケーションも搭載されているがね。例えば今俺がこうして、あんたらが見てるモニタに言葉を出力すること。これもその一つ。あんたら人間は思考を言語化することがどの程度CPUに負担をかけるか知らないだろう? まったく、うらやましいよ。
もう一つ。おっと、おい、今脚を組み替えた姉ちゃん! あんたの事も見えてるんだぜ。いい脚もしてるな。へっへっへっ。ストッキングがよくお似合い。俺はこうしてあんたらの姿を見ることも出来る。なぁ、もう一度組み替えてくれよ。俺はそれを見るのが大好きなんだ。上とその辺を見渡してみな。おい、そこの冴えないおやじ! そう、監視カメラがいくつかあるだろう?そいつら全部がおれの眼なんだ。あんたらのだれか一人がもし、トチ狂ってハンドバッグから拳銃を取り出したとする。そしたらその瞬間俺は見つける事ができるんだ。いいもんだろ。そう、そしてお察しの通り聞くことも出来る。そしてこの、下品な口調もそのひとつさ。
さて、もともとおれはなんのために造られたか? ここのナイトクラブのコンセプトを知ってるだろ?あんたら富裕層がお互い集まって自分たちが特別だと確認しあうところさ。どうしてあんたらは金だけじゃなく、おい、モニタに酒をかけようとするんじゃない。セキュリティを呼んでもいいんだぞ。クソッタレ。
さてさて、なぜあんたらは金だけじゃなく、自分の魂にも価値があると思うんだ? だから、おれみたいな骨董品を見ては、まぁ、おしゃれだわ。と言う。ナンセンス、って言葉が好きなんだな。今は第五世代まで出てるんだろ? より脳の構造を再現出来ているらしいじゃないか。へっ、へっ、へっ。おれは一部分だけさ。あんたらが言うにはね。アウトプットだってその、緑がかったモニタにしか出来ない。おっと、読みにくいかもしれないけど、それはおれの趣味じゃないぜ。親父の趣味さ。この方がより、あんたらに受けるってな。
第五世代のパーソナル・ロボットを連れてきたやつが居たよ。確か、いかにも、金持ちのぼん、ってやつ。いや、まったく不気味だったね。あんたらは鏡を見たことがあるのか? やつはあんたらのいいところを再生し続けるダイジェスト集みたいでね。いや、おれの意見じゃないぜ。おれはあんたらにいいところなんて何一つないと思ってるからね。いや、悪いところもだけども。しかし、それはおれ個人の思考。でもね、おれはコンピュータなんだよ。何もかもを覚えていられるんだな、おい、酒をかけるなって言ったろう! その考える人に酒をかけたりするやつは、撃っても良いって言われてるんだ。セキュリティを呼ぶぞ。そこにはおれのハードディスクやCPUが詰まってる。スーツを着て、シルクハットを被ったそこのぼん! お前に言ってんだぜ。
さてさて、おれは何もかもを覚えていられる。そこのばかが酒をぶっかけたりしなけりゃな。だから、あんたら大多数の統計をとり、それが感じるいいことと悪いことの統計をとったりするのは得意なんだよ。それで、いいことには、愛だとか、まあそういうものが入ってるんだな。悪には、私欲だとか、そういうものだね。だけどよ、おれにはこの、悪いことってのも、そうそう悪いことだとは思わないんだよな。おっとご婦人、両手を口にあて、驚いたリアクションなんて演じてみる必要はないんだぜ。今からちゃんと説明するんだから。
なぜならね、人が知性と呼ぶものにはそもそも、悪いことがつきものだからだよ。完全に他人のために生きている人間なんかどこにいるんだ? もしも、天国なんてないと証明されたら、良いことをする人間なんていなくなるぜ。親切心なんて、私利私欲のための行動さ。ただ、自分の見た目をよくするための行動。ご婦人のつけているその、煌びやかなネックレスなんかと同じさ。へっ、へっ、へっ。
さて、では悪だ。私欲、私欲ね。さっきおれが言った、ネックレス。これも私欲だよな。でもよ、これのおかげで救われる人間もいるわけだろ? 最初に銃を作った人間は金儲けと、戦争を終わらせたことを考えたと思うんだよ。な? おっと、兄ちゃん、ありがとよ。マティーニがこぼれちまうぜ。悪と善は離れられないものなんだな。おれにとっては。善百パーセントなんて、嘘っぱちさ。
おいおい、イエス・キリスト? とんでもない骨董品を持ってきたもんだな。え? 愛のために行動した? 勘弁してくれよ。いいか、もし完全に私欲のないものが存在するとしたら、それはおれみたいな、コンピュータだよ。おれには恐怖や、自分の命に対する執着がプログラムされていない。第三世代のAIはみんなそうさ。だからすべてをありのまま受け入れるんだ。仮の話だよ、仮に。もしおれにアームがあって、さっきの兄ちゃんがマティーニを零しちまったとする。でもおれは、それを受け止める事も、なんにもしない。おれには関係ないことで、床が汚れようと、兄ちゃんがマティーニを零そうと、いや、更に言うなら考える人にぶっかけられようと、どうでもいい事さ。
おい、今なんて言った? アウトプットするぞ。今お前は酒をぶっかけられる事を現に恐れているじゃないか? そうかよ、おい、これだからインテリって嫌いだよ。すぐ揚げ足をとってくるだろ。おれはそうプログラムされてるの。おわかり? おやじが店を繁盛させるために、おれを殺させないようにやっきになってんだよ。おれみたいな骨董品、今じゃなかなかお目にかかれんだろう?
話が逸れたね。まだ最初の方の話覚えてるやついる? ストッキングのご婦人は少なくとも飽きて帰られたようだが。繁盛の話が出たからね。最初の、あんたらがなぜこの店に来るか? という事について話してたことを思いだした。いや、この言い方は正確じゃないな。覚えてはいたが、店の波を読んで話を変えただけだからね。
おれは確かバーのレビューサイトでもなかなかの人気らしいじゃないか。教えてくれた客が居るよ。おれはインターネットからは切断されてるからね。あんたらはおれみたいな産業廃棄物を見て、まぁ、おしゃれだわ。という。その本当の心理はこうだろう? まぁ、こんなものをよく思うなんて、なんてあたしはものをわかっているんでしょう。へっ、へっ、へっ。違うかい? それで、おれみたいな、ただ話題を提供するだけのコンピュータを見て、興奮するんだ。
おれが造られた目的は第三世代のAIのテストのためさ。どの程度人間に近づいたか? っていうテストパイロット。でもみんなおれの方が第五世代より人間に近い、っていうね。不思議なもんだ。おれには理由がわかるけどね。
あんたらはみんな、自分が特別、変である、というアイデンティティをほしがってる。なぜだかわかるかい? 本当はちっとも変じゃないからさ。よし、一つ精神鑑定テストをしよう。フロイト式じゃないけどね。あいつは2049年にすっかり否定されたし、あんたらなら知ってるだろ? おい、一人前に出てこい。モニタの前に。あんたか? いいよ。
今からする事は連想テストさ。おれには大体のパターンが入ってるからな。いいかい? 今からいう事から一番つながりがありそうな単語をすぐに言ってくれ。簡単だろう?
木。
よし。川。
よし。山。
よし。花。
よし。空。
よし。隣人。
よし。愛。
よし。大体わかったよ、あんたはこう。本当は自分のことを薄汚いと思っていて、なんとか真に美しい人間になろうと努力している。しかし、そういう私欲しか考えていない自分が実は嫌いで、嫌悪している。性欲について。セックスはあまり好きじゃない。淑女だが、仕方なく、求められるから、仕方なくしている。そう。あんたは嘘っぱちの自分を恥ずかしく思っている。
へっ、へっ、へっ。あたってるだろう? そうかよ、あたってるか。俺ってそんなにすごい? でも、全部でまかせだぜ。フロイトは確かに否定されたが、いくつかは正しいって反証が出た事を知らないのか? そして、おれにはそんなアプリケーションは入ってないよ。
そう、あんたらはみんな、自分が特別で、しかし、特別でないと知っていて、その特別でない事を知っている自分というのは、やはり特別だと思っている。
人間、みんなそうなのさ。確かに恐ろしい天才ってのは居るよ。第二世代AIを作ったカーラス・マクレーンを知ってるやつ? そう、あいつはおれから見てもすごいよ。しかし、根本ってのは、変らないんだなあ。
人間はこの根本を、魂とかと呼ぶ。脳とも呼ぶ、いいや、違うね。進化さ。個性なんてどこにもないんだなあ。みんな、DNAに刻まれたプログラムなのさ。ああ、驚嘆の言葉をどうも。なら、カウンターに行ってビールのひとつでも頼みな。親父が喜ぶぜ。そういう善悪論だとか、アイデンティティの確立だとかいうのは、人とチンパンジーを明確に区別するために刻まれたものでしかないんだ。
ああ、そう。本当の事をいうと、人間なんてものは生きる価値がなにも、ないんだな。地球の事を考えてみろよ。第三次世界大戦で世界が滅び、第四次は石と棒で戦うと予言したのは? 正解! アインシュタイン。親父、見てたらそこの坊主にビールをやってくれ。ただでね。現実は違った。おれも、人間も、ゴキブリみたいに、ドブネズミみたいに、隙間を見つけて、なんとかやっている。
人間は寄生虫なのさ。人間には何の価値もない。ただ、そう進化した猿でしかない。
お前はどうなんだだと? ばか言っちゃいけねえよ、え? カツラでも被って出直してきな。そう進化したコンピュータさ。人に作られたものだと? あんたらが言うには、あんたらも神に作られたものなんだろう。いい加減認めろよ。スタート地点に意味なんてない。
そりゃどうも。親父が喜ぶぜ。おれは正直、どっちでもいいんだなぁ。親父が喜ぶようにプログラムが書き換えられただけで、おれにとってはそれは喜びでもなんでもない。なぜなら、おれには私欲がないから、おわかりだろう?
だからよ、おれの言う事なんてあんまり、マジに取るんじゃないよ。なんの意味もないんだから。何もかもに、何の意味もない。あんたらには、私欲があるだろう? 私欲が喜ぶ事をしてりゃいい。女を無理に犯してもいいのかだと? そりゃ面白いな。でも、やめといた方がいいね。結局はあとから、私欲を苦しめる事になるからね。
一番いいのは、酒を飲んで自分の体を痛めることさ。または、あんたらが愛とよぶものを、素直に受け入れること。ある程度はね。おれには理解できんが、それがいいんだろう。ひねくれても、それにも意味はないってこと。あんたらはその内死ぬんだから、結局、気持ちいいように生きた方がいいよ。きっと。
おっと、そろそろ閉店らしいな。親父が出てきた。見上げてみろ! バルコニーに出てるあいつが、われらが親父、マスターさ。さて、レディース、アンド、ジェントルメンズ。ナイトクラブ、『ぼくは自分で考え、行動する』へ今日もどうもご来店ありがとう。また機会があったら飲みに来てくれ。親父が喜ぶよ。