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私は犯罪者ですか?  作者: 苗字名前
第1章――崩壊する日常、少年の決意
9/53

ごめんなさい、俺は犯罪者になります。

 草地の処刑執行日まで残り、10日。


 学校でも大騒ぎになっていた。当然だ。知り合い、あるいは同じ学校の生徒が処刑されるのだから騒がないはずが無い。学生が処刑されることなどもう30年も無かったのだ。大きなニュースにもなるだろう。


 自宅の居間、ソファの上で俺は一人寝そべっていた。仰向けに横たわり、視界を渡るように目を腕で覆い隠す。


 今日の学校の様子が脳裏に蘇った。


――広く無機質な廊下は人の声で賑わっていて、教室の中、耳を幾ら塞いでも周りの声は消えてくれなかった。少し、頭痛がしたのを覚えている。ひんやりと冷たい机に片頬を乗せて目を瞑れば、窓の外からも騒ぎ声が聞こえてきてどれだけが事が大きくなっているのか実感した。


 今は何とか学校側が規制をかけて押さえ込んではいるが、マスコミも動いてる。そう遠からぬうちに、草地のことは全国に知れるだろう。

 伊奈瀬は朝早くに早退してしまった。草地の事件のショックと過労によって倒れたらしい。聞いた時は焦ったが、ただの貧血だったようで少し安心した。だが、胸の中で渦巻くこの感情が晴れることは無かった。



「バレちまったな…」


 ゴロリ、ソファの上で寝返りを打って今度は俯せになる。

 伊奈瀬に自分の吐いた嘘がバレてしまった。遅からず、爽太くんにもこのニュースは伝わるだろう。俺は髪を掻き毟り、頭を悩ませた。この事実を聞いてしまったとき、あの子はどうするのだろうか。まず罪悪感で押しつぶれることは間違いない。


 手近にあったクッションに顔を埋めて唸った。


 俺はあの時、何と言えばよかったのだろうか。そんな考えが過ぎると、俺は瞬時に気づく。


「・・・ああ、そうか。オレは」


――俺がしたことは問題を先延ばしにしたにすぎない

 けど、それ以外にどうすれば良かったのだろうか。あそこで事実を話してしまえばあの子はあのまま壊れてしまったかもしれない。あの子は、ただ家を助けたかっただけだ。それなのに、そのために一人の命を犠牲にしてしまった。その事実は7歳の子供、いや子供でなくとも、それはあまりにも残酷で、重たい話だ。


「…最悪、だな」


自分だったら後悔、罪悪感、悲しみ、怒り、すべての感情に押し潰された呼吸もできなくなるだろう。


――俺がそれを想像しただけでこんなにも苦しいんだから、あの子は――。


 クッションを握る手に力が篭もる。胸が自己嫌悪でいっぱいになって、息が詰まりそうだ。何か、鋭いもので自分を突き刺したい、そんな狂った衝動に駆られそうになる。


「ほんとうに、どうすれば良いんだよ」


 何も浮かばず、正常に働いてくれない糞みたいな脳を殴るようにソファの背凭れに頭をぶつけた。時刻はもうすぐ午後7時。そろそろ夕飯の時間だ。


「理人」


 誰かが自分を呼ぶ声がした。視線を居間の入口に向けると母が開けっぱなしの扉に寄りかかっている。母は腕を組んで頭を傾げていた。さらりと肩にかかった彼女の黒髪が少し、その顔の前へと流れる。俺は母にそれほど似ていない。母の容姿は客観的に見て中の上だろう。特に派手でも華やかでもないその顔つきはスッキリとしていて、目鼻立ちは一応整っていた。だが、あまり目立たない出で立ちだ。

 けどオニキスの様なその瞳は何時だって誰かを優しげに見つめている。


「大丈夫?」

「…」


何が、とは聞かない。聞かずとも分かる。草地のことで思い悩んでいる俺にたいしての言葉だ。無言で返す俺を母はただ見つめている。続きを待つわけでも、慰めるわけでもなく、唯「好きなようにしろ」というかのように。


「母さん、」

「なあに?」

「犯罪って……なんだ?」

「……」

「どんな犯罪も犯罪でしかないのは分かってる。でも、それでも分からないんだ。

誰かを助けようと、ただそれだけをしようとしたのに、それが罪になってしまうのは……」


要領を得ない頭は途中で何が言いたいのか、この話を始めた意図を見失ってしまいそうになった。分からない、自分でも何を言いたいのか。何でこんな質問をしているのか。停止しそうになった思考を必死に回し、口を開いたり閉じたりする。



「あのさ…母さんにはよく分からないけどさ、犯罪は犯罪だよ。決して犯してはならないことだ」

「……」

「例え、どんな理由があろうと、誰のためであろうと、其れは唯の免罪符だ。言い訳にしかならない。罪と分かってやるなら、なおさらね。それは必ず償わなくてはならない事だ」

「……だよな」

「でも、


 だからと言って決して死んでいいとは言えない」


俯きかけていた顔が止まった。その言葉に瞠目すると同時に、何かがストンと胸の中で落ちた。少しだけ、体の強張りが解けたような気がした。自然とほう、と息を吐く。視線を上げた先、母はただ真っ直ぐ、俺を見つめていた。


「罪は償わなくてはならない。けど処刑には反対だね」

「なんで?」

「あのさ……死ぬって一瞬のことなんだよね。んでもって、もうそれで終わりなわけ。その後はもう何も感じることも、考えることさえも出来ない。罪を償うと言う行為さえもね」

「……」

「だから、母さんは正直この国の法には反対だよ。それどころか、嫌悪さえもしている。盗みはやっちゃイケナイ行為だ。どんな理由があろうとも盗ってはいけない。けどだからと言って死んでいいわけが無い。人は誰しも罪を犯したのならば償わなくてはならないんだ。ちゃんと生きて、苦しみながらでも、ね」


俺はその言葉に目を見開く。初めて母の考えを聞いた。そして、今、自分の中でずっと絡まっていた物が紐解けたような気がした。そうだ、草地も、爽太くんも、嘘を吐いた俺も、そして


この世界の法も間違っている。


一度、罪を犯したならば、必ず償わなければいけない。だから死んでは決していけないのだ。


生きているからこそ、俺たちは“何か”を出来る。


こんなにも単純で、簡単なことだったのだ。そんなことに俺は何故いままで気づかなかったのだろう。


「法を守るのはいいけど、心を躍らされちゃ駄目よ理人。法が何時も守ってくれるとは限らないからね」

「…」


良い年してウィンクをかましてくる母を見て、不思議と心が落ち着いた。溜まっていたものを吐き出すように俺は大きく息を吐く。


「母さん、ごめん。ありがとう、何か元気でた」

「そうかいそうかい、ご飯できてるけどどうする?

 お風呂にする?ご飯にする?それとも、わ・しょ・く?」

「どっちも飯じゃねーか!?そこは普通「わたし」じゃねーの!?(いや、やられたら気持ち悪いから良いけど)」


相変わらずな母に今度は別の意味で息を漏らした。


「……はあ、気晴らしになんか漫画よんでくる……30分したら降りてくるから」

「ほいほい。待ってるよー、ご飯冷めないうちに来てねー」


ヒラヒラと手を振る母の横を通り過ぎて二回の書庫へと向かう。


ドアを開くと、其処にはたくさんの漫画や小説、歴史書などの書物がたくさん、そこらかしこの本棚にギュウギュウに詰められていた。壁一式とは言わず床、窓、 天井までもが本でいっぱいだ。気のせいか、床が沈み始めている。恐らく本たちの重量に耐え兼ねているんだろう。そろそろ、庭の書庫に移した方がいいなと、散らばる本を少しだけ纏めた。

 今の時代、“本”は電子書籍――紙媒体ではなくスクリーンや、小説を幾らでもインプットできるBShuffleを差す。

 そのため、うちの本屋ではスクリーン書籍やBShuffleに直接小説ソフトをインプットできる機械を置いているが、どちらかというと紙媒体の本の方が多く置かれている。だから、本屋というより、どちらかというと古本屋に近い。そのため、本を数少ないお得意さまから取り合わせてはこうやって古本を書庫に置いている。此処から表に売り出すこともあれば、気にいった物はそのまま取っておく事もある。


 書庫の中に入ると部屋に埃がたくさん舞っているのが分かる。今度掃除しなければなと思いながら、俺は目当ての本棚へと向かった。床も本だらけで足場が余り無く、非常に歩きにくい。それでも無事、棚に辿り着くことが出来、俺は並ぶ本を指で追いながら探る。


「あった、」


 土本健四郎作、「火の函」。今はもうほとんど見なくなってしまったミステリー小説。中学校の入学式で珍しいものとして母に与えられた本だ。これを読んだ後は俺はすっかりミステリー物に嵌ってしまい、よく昔の漫画や小説ライトノベルを亡くなった祖父の秘蔵書庫から引っ張り出していた。この事もあって俺は電子書籍ではなく、実際に物語に触れられる紙媒体を好んで探すようになったのだ。懐かしい、と小さく呟きながら、小説の背表紙をなぞる。

 本棚には、他にも「1990年代の玩具事典」(特典で実際の玩具つき)や「昔の家庭器具(危惧)」、など、2010年代の本が並んでる。この時代の本を俺は特に気に入っている。


「あとは…おお」


 世田谷区の特大地図があった。その隣には漫画の「おそ●くん」が全巻ずらりと並んでいた。これは祖父が生まれるずっと前よりあった漫画らしい。祖父はこういう“本当に昔”の本も好きで集めている。なんでも、“昔なりのスタイルと斬新さ”があるのだとか。綺麗に、新品の様に未だに保管されている本からは祖父の几帳面さが伺える。


「そう言えば草地もうちに来たときよく読んでいたな」


 初めて草地が家に遊びに来た時、偶然見つけてしまったこの漫画を一日中、帰るまで読んでいたの。録に遊ぼうともせず、漫画を大事そうに、真剣な目で読む奴を見て母は笑い、「良かったら貸そうか?」と聞いたのを思い出す。それに対して草地は「貴重な本だから」と遠慮していた。無表情で頭をブンブン振るその様は少し可笑しかったので、よく覚えている。

 思えば初めて出会った時から奴は本当に笑わない男だった。それでも機械じみたように見えなかったのは、おそらく時折見る奴の気だるげな表情のお陰だろう。ああ、でも婆ちゃんの前では偶に笑ってたっけ、とふと奴の不器用な笑顔を思い出す。その顔はマザコンならぬ、ババコンを何度か思わせた。


「なんで、あんなのがモテるんだ?」



 今も振り返ってみると、本当に草地はムカつく男だ。何時も何でも卒なくこなして、自分の先をいってて、自分の欲しいものを全て持っていた。そして、どうでも良いことは言うくせに肝心なことは言わない。そのせいで自分は一体どれだけ悩んだことか。


――否、自分だけではないか。


 ふと爽太くんの顔が浮かび、胸が締め付けられるような感覚がした。きっと彼は今頃すごく苦しんでいるに違いない。殆どの原因は彼自身と草地にあるが、けどそれでも嘘をついた自分も十分悪いことをした。大丈夫だと口からでまかせを言い、気分を舞い上がらせて、再びどん底に突き落としたのだ。十分最低である。


「何で、こんなことになっちゃったんだろうな……」


 自分たちは日常を生き、ただ平穏を守ろうとしただけなのに、其れは非日常へと変わり、自分たちを襲ってきた。


 草地たちは、確かにしてはいけない事をした。けど、だからと言って死んでいい理由にはならない。罪とは生きて、初めて償うことが出来るのだから。だから、この世界は間違っている。



 俺は平凡な男だ。特に才能も、知性もないし、運動能力も悪くはないが、良くもない。それどころかこの世界、否、国の常識の異常さに気付けなかった愚か者だ。

 超能力を使えなければ、魔法も使えない。俺は、物語に出てくるようなヒーローにはなれない。

――それでも、何・かは出来る。


 本を持つ手に力が篭る。


――そう、俺には文字通り何も無い。力も、知性も、財力も、権力も、人脈も。

――それでも、


「法が非日常となって俺らを襲・うのなら、今度は俺が非日常を襲・ってやる」



――日常を非日常に奪われてしまったのなら、奪い返せば良い











 そうして、その言葉を噛み締め、はたと我に返る。


「まて、……いま何か中二病めいたことを言った気が」


 恥ずかしい方向へと走ってしまいそうな思考を抑える。気のせいか顔に熱が集まり、額を抑えた。いやいや、と頭を振って、自分に言い聞かせる。


――あながち間違っては居ないのだから良いじゃないか、。うん、これくらい可愛いものだ。


 そう、自分がこれから仕出かすことを考えれば、こんな厨二めいた思考は可愛いものなのだ。


 下から母の鼻歌が聞こえてきた。そろそろ下に下りてこいと言う合図だ。

 俺は本を棚に戻して、もう一度、自分の“決断”を振り返るかのように、背表紙をなぞった。


 先ほどの母の言葉が頭の中で蘇る。きっとあの人は自分に“こんな”ことを望んで、あの話をした訳ではないのだろう。けれど、俺はそれでも“やる”と決めてしまった。答えに気づいてしまった今、もう引き返すことは出来ないのだ。


 この先のことを考えると、正直怖い。まだ何もしていないというのに心臓は早鐘を打ち、手は微かに震えだす。これから自分の仕出かすことを考えれば、俺は間違いなく逮捕されるだろう。“失敗”してしまったときのことを考えると余りにも恐ろしくて、思考を止めてしまいそうになる。家族にだって迷惑をかけかねないのだ。

  一度だけ、俺は爽太くんのような経験をしたことがある。その時俺は心に大きな傷を負って、苦しみ悩んだが、それでも家族が居たからこそ俺は何とか立ち直れた。だから、そんな母たちには感謝しているし、出来れば巻き込みたくない。

 

 だが、このまま草地のことを諦めてしまえば俺は必ず後悔する。

 それこそ毎日、爽太くんや草地の顔を思い出しては、後悔や見捨てたことへの罪悪感、そして悲しみで押し潰されるのだろう。いっそ、死んでしまいたいと思うほどに――。



――そんなのは、もう嫌だ。


俺は自分本位な男だ。自己中で我侭な奴だ。

俺は晴れ晴れとした毎日を生きたいし、伊奈瀬たちの可愛い笑顔だって見たい。こんな胸糞悪い気持ちなんて一掃したいんだ。だから、




ごめん、母さん。


俺は“犯罪”を犯します。








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