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大王丸の宇宙

作者: リェロン

 小さい頃は、夢にあふれていた。


 お話の中のヒーローになれると信じていた。お姫様を助け、宇宙の果てで大冒険を繰り広げていた。


 いつの頃からか、夢を忘れて、進学だとか就職だとか、そういう現実的なことだけを考えるようになっていた。


 それが、本当に自分のやりたい事かと聞かれると、決してそうではなかったが、自分に何かを選ぶような余地があるとは思えなかった。





「おはよー! 亮ちゃん。ねえ、進路予定表は書けた?」


 髪をおさげにした、背の低い女の子が話しかけてくる。


「まだ、何にも」


 歩きながら答える。


 女の子の名前は、わたり幸恵ゆきえ。同じ高校のクラスメイトだ。


「昔っから、ギリギリになるまで出さないんだから、こういうのは早く決めないとダメだよ」


「うるさいなあ」


 早足で歩く。背が低く、歩幅ほはばが小さいので歩くのが遅い幸恵は、小走りになって必死についてくる。


「歩くの早いよー。ねぇ、手握って?」


 幸恵が、俺の手をつかんでくる。小さい頃からのクセだ。


「やめろよ、誰かに見られたら恥ずかしいだろ」


「えー、別に恥ずかしくないよー。それとも亮ちゃん、誰か好きな子でもいるの?」


「別にそんなんいねーよ」


「あ、目ぇそらした。いるんだ、やっぱりいるんだ! うんうん、もういいお年頃だもんね。彼女の一人や二人は作っておかないと!! 応援するよ!!」


「いや、二人いたらマズイだろ……」


 彼女は一夫多彩主義者いっぷたさいしゅぎしゃなのだろうか、気前のよい事であった。





 学校の校門に二人でたどり着く。未だに手は握ったままだった。


「あ、愛ちゃんだ!!」


 幸恵が指さす。校門の前に、高級そうなベンツが止まる。中から先に、スーツを来た若い男性が降りて、扉を開け、制服姿の女性をエスコートする。


 中から降りてきた女性は、化粧や派手なアクセサリーこそないものの、よく手入れをされ、軽くウェーブのかかった綺麗な長い髪と、すらりと美しく伸びた背筋せすじが、一目を引く美人だった。


「おはようございます、わたりさん、大王丸だいおうまるさん」

「おはよう、愛ちゃん!!」

「お、おはよう……」


 俺たちに向かって会釈えしゃくをする。クラスメイトの、二見ふたみあいだった。


 校舎に向かって歩いていく彼女を、二人でじっと眺めていた。


「いやー、愛ちゃん可愛いねえ、綺麗だねぇ」


 幸恵がうっとりとして、感想を述べる。同姓でも見とれるものらしい。


「おや? おやおや、いつの間にか手が離れている」


 幸恵が気づく。挨拶をした際に、無意識に幸恵の手を振り払っていたらしい。


「ふーん、さては亮ちゃんの好きな人って……」


 幸恵がにやにや笑う。


「別にそんなんじゃねーよ、ところで二見さんって進路予定表には何て書いたのかな?」


「王族とか、セレブとか」


「それって、選べばなれるようなものなのか? なら、俺もそれにしようかな」


「あはははは、亮ちゃんには格が足りないよー!!」


 笑われる。そんなに俺は貧乏人丸出しのオーラなのだろうか。ちょっと怒る。


「なら、幸恵は何て書いたんだ?」


「え?」


 幸恵の笑いが止まる。カバンを、ぎゅっと抱きしめる。


「べ、別に何だっていいじゃない」


「いーや、人に聞いておいてそれはないだろう。そのカバンに入ってるんだろう? 見せてみろ」


 幸恵にじりじりと迫る。


「えー、やだよ恥ずかしいよー」


 幸恵がじりじりと後ずさる。


「いいから、見せてみろ。笑わないから」


「イヤー、何か怖いー!!」


 幸恵がグラウンドに向かって逃げ出す。俺も思わず追いかける。


「待てー!! ムリヤリにでもこじ開けて、恥ずかしいものを見てやるー!!」


「助けてー!! 私のたいせつなものを無理矢理奪われるー!! 誰かー!!」


「うへへへへ、大人しくしやがれー!!」


「イヤー!!」


 そんなこんなで楽しく走り回っていると、突然後ろからタックルを受けて、地面に倒される。


「おうふ!!」


「おい、大王丸だいおうまる!! お前、何て事を……」


 体格の良い、成人男性に取り押さえられていた。


「あなたは、体育教師の先生!!」


「来い!! 話は、職員室で聞いてやる!!」


 ムリヤリ連行される。





「……で、進路予定表をめぐって追いかけっこをしていたのか?」


 担任の坂口さかぐち先生が、大きくため息をつく。どこか疲れた様子が見える、大人の女性だ。


「最近校内で、不審者ふしんしゃが目撃される事件があったばかりですので、校内を巡回してもらっていたのですが、まさかこんな事になるとは……」


「すいませんでした」

「すいませんでした」


 幸恵と二人で謝る。そっちが勝手に勘違いしたんだろう、とはいえなかった。何か非常にヤバい精神状態になっていたのは、否定できない。


「ともかく、責任問題にならなくてよかった。くれぐれもこの事は、教育委員会にも、PTAにも内密に頼みますよ」


 校長先生からさばきが下る。校長先生は、とにかく自分の保身ほしんが第一なので、騒ぎを大きくはしたくないみたいだった。


「と、ということだ。今度から気をつけろよ。さあ、朝のホームルームに行くぞ」


 坂口先生も、面倒事が嫌いなので、軽い注意ですんだ。体育教師だけは、俺を不審者ふしんしゃをみる目つきでにらんでいたが、軽く会釈をして立ち去ることにした。





「さ、みんな席についてー」


 先生と一緒に教室に入ると、さわいでいた生徒たちが素早く席に着く。俺と幸恵も、離れて自分の席に着く。


「あー、また黒辺くろべは来てないのか」


 先生が俺の隣の席に目を向ける。そこは、いつも通りに空席だった。


 ドタドタドタ、と廊下から走る音が聞こえる。


「間に合ったー!!」


 ガラッと、勢いよく教室のドアが開かれる。


 ショートカットで、日焼けした女の子が、息をはずませ、スカートをひるがえして教室に入ってくる。


「間に合ってません。あと、廊下を走るのはやめなさい」


 担任の先生が、冷静なツッコミを入れる。


「でも、量子力学りょうしりきがくによると、あらゆるものごとは観測されるまでは確定しないんですよ。つまり、廊下が観測されていない限り、廊下には「走っていた自分」と「走っていなかった自分」が重ね合わせの状態で存在していたのです!! つまり、私が走っていた事実は観測されない限り、確定しえないんですよ!!」


 昨日ならった授業の知識を使い、科学的な反論を黒辺くろべ桐子とうこが試みる。


「こらー、黒辺ー!! お前、廊下走ってたのを見たぞー!!」


 廊下から、巡回していた体育教師が怒鳴り込んでくる。


「観測終了。何か反論は?」


「ありません……」


「すいません、黒辺には私の方からきつく叱っておきますので……」


 坂口先生が頭を下げる。


「いえ、それならいいんですよ、それなら。何かあったらまた呼んでください!!」


 体育教師が去っていく。と、はあ、と坂口先生が大きなため息をつく。


「次に遅刻したら、エヴェレットの多世界解釈たせかいかいしゃくについてのレポートを書かせます」


「はーい、もうしません」


 黒部がしぶしぶ、俺の隣の席に座る。


 いつも通りの、騒がしい朝だった。



続く

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― 新着の感想 ―
[良い点] ドタバタしてるけど何気にリアル、そこがイイと思いました。 [一言] それにしても、保身という言葉がとてもリアル…非常にリアル…。 勘違いで連行される主人公…。 ドタバタした日常とはこのこと…
2013/01/14 14:56 退会済み
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