表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

企画参加短編集

二回目の告白

作者: 高砂イサミ


 ほのかに甘い香りが鼻先をくすぐった。

 顔を上げると、目の前で黒い前髪が揺れている。長いまつげがぱたぱたとはためく。

 彼女とつきあい始めて1ヶ月になるんだが、まだ、この状況に慣れられない。


「喜多野君。問題解けたの」


 落ち着いた声。思わずぎくりとする。

「ご、ごめん、まだ」

「あやまらなくていいから」

 向かい合わせの机。正面に座って小説を広げているのは、クラスメイトの西川さん。

 規定通りにぴしっと制服を着て黒い髪はうしろでひとくくり。そして眼鏡。色気のカケラもない縁なし眼鏡。絵にかいたような『優等生』だ。

「できたら見せて。採点してあげる」

「……思うんだけどさ。三角関数とか、学校出てから使うことあんのかな?」

「さあ」

「使わないこと勉強して意味あると思う?」

「とりあえず、来週の追試では使うでしょう。口を動かす間に1問でも解いた方がいいと思うけど」

 はい。ごもっともです。

 俺はまたノートに視線を落とす。それから上目にうかがってみると、彼女はまた本の世界の住人になっていた。

 無愛想は彼女のデフォ。切れ長の目とか唇の形は、わりと好みなんだけどな――

「手、止まってる」

「はいっ!」

 視線すら動かさずに彼女が言った。俺は首をすくめて苦行に戻った。


                 *  


『ねえ、喜多野君。つきあってくれない』


 教室を出ようとして呼び止められたのが、1ヶ月ばかり前のこと。忘れもしないハロウィーン。3連休を控えた金曜日だった。

 西川とはそれまでほとんど話したことがなかったから、その時の俺は「ハトが豆鉄砲くらった顔」だったそうだ。クラスメイト談。

『……どこに?』

『そういう意味じゃないんだけど』

『え? じゃあどういうこと?』

 西川はため息をついて、ていねいに言い直した。

『私とつきあってください。交際をするという意味で』

 その瞬間に至っては俺は魂が抜けたようにまっ白だったそうだ。そんな俺達のまわりではどよめきが走ったんだとか。西川、男に興味ありそうなタイプじゃないし、おまけにあんな堂々告白だったしな。

 とにかく俺達はつきあうことになった。

 その、はずなんだが。やってることといったら、部活のない日に一緒に宿題して一緒に下校して、とかその程度で。いまだに実感がわかない。

 そもそもどうして俺だったんだろう。それがまったくわからない。目立って得意な科目なんてないし、特技らしい特技も……ないことはないが、何かに役立つようなもんじゃないしなぁ。

 で、実際本人にも聞いてみたけどやっぱりわからなかった。返答は一言。


『喜多野君だから』


 ……。

 そんなこんなで、現在に至る。


                 *


 数学でみっちり絞られたあと、だいぶ暗くなったので西川を家まで送ることにした。

「いいのに」

「方向一緒だし。気にすんな」

 俺は自転車、西川は歩き。自転車を押しながら住宅街の路地を歩く。ええむしろゆっくり歩きたいんです。頭がパンク寸前で、自転車だと事故りそうだ。

 西川はいつも通りすっと前を見て、まっすぐに歩いている。この調子で何も会話のないまま別れたことも1度や2度じゃない。

 なんなんだろうな、この関係って。

「――あ、あのさ、西川」

 思い切って口を開いた。顔だけがこちらに向いた。

「なに」

「もうすぐクリスマスだろ。どうする?」

 街灯の下を通るたび、眼鏡に光が反射して、西川の目が見えなくなる。

「どうって?」

「いや、……予定ある?」

「いいえ?」

 か、会話が。続かない。

 クラスの連中に散々つつかれて、いくつか計画立ててはみたんだけどな。これはあれか? 別になにもしなくていいってことか? 女子ってイベントとか好きなんじゃないのか、ってのは偏見かもしれないが……うーむ。

 ぐるぐる考えながら、吐く息の白さに目を奪われた。

 それで――油断した。


「あっ……」


 西川の声にはっとする。

 いつの間にかまっ白な猫が俺の脚にまとわりついて、ごろごろとのどを鳴らしてた。目を上げると、西川はじっと猫を見つめて、石像みたくなっていた。

「に、西川! 大丈夫か!?」

 前にそこらの猫と行き会ったときもこういう感じだった。きっと苦手なんだろう。

 それに気がついてから、ずっと注意してたはずだったのに! ああバカ、俺のバカ!

 と、焦ってるそばから。


 にゃあ。ごろにゃーん。


 他にもどんどんわいて出てきた。黒猫キジ猫、あ、三毛、あれは雌だなーってそんな場合じゃないだろうが!

 これが俺の役に立たない特技だ。やたらと猫が寄ってきてはなつく。

 俺はいいんだ嫌いじゃないし。むしろ好きだし。

 だけど、西川が!

「悪い! こいつらすぐ、どっか連れて行くから!」

 急いで自転車を横に倒置き、猫をかき集める。だけどこの時点でもう6匹。腕に収まりきらない。

 とりこぼしたトラ柄のやつが、西川にも近寄っていった。西川が一歩、うしろに下がり――


 悲鳴を上げた。


 そして西川は、逃げ……なかった。逆に猫達が「ぎゃっ」と言って逃げ出した。


「ねこちゃん! ねこちゃん! ねこちゃああああぁんっ!!」


 西川が猫を追いかけてく。が、当然人間の足では追いつけるはずもなく。猫達はあっという間に姿を消した。

 ていうか、え? 何、これ?

「あぁ……」

 呆然と立ちつくしてた俺は、西川の悲しそうなため息で我にかえった。

 暗くて表情はよく見えないが、しゅんとうつむいてとぼとぼと歩いてくるのを見る限り、落ち込んでいるようだ。

「え、えーと」

「あ」

 西川が俺を見るなり、ぱっと手で顔を隠した。こ、今度はなんだ!

「――……」

「へ、何か言った?」

「……さい」

 それからやっと顔を上げた西川は、俺にも聞こえるように話しだした。

「ごめんなさい。隠してたけど、私……猫好きなの。大好きなの」

 あ、うん。それは今のでよくわかった。

「でもあっちは私が嫌いみたいで。すぐ逃げられちゃうの」

 うん……あんな勢いで迫られたらそりゃあ逃げるだろうね。

「だから、いつも猫に囲まれてる喜多野君がうらやましくて」

 あー、どっかでそういう場面でも目撃されてたんだろうか。告られる前はよくあったことだしな。

 ……ん? ちょっと待て?


「ってことはさ。西川もしかして、猫目当てで俺に告ってきたってこと?」


 口に出してみたら、心にぐっさり刺さった。

 なるほどそういうことだったか。それなら納得できてしまう。少し――かなりショックではあるが。

 そこで急に、西川は俺の顔をのぞきこんできた。

「違うわ。いえ、猫目当ても事実だけど、それだけじゃない」

 俺と西川の身長差はわずか5センチ。詰め寄られるとだいぶ顔が近い。夜目にも真剣な表情がわかるくらいに。

「猫があんなになつくんだから、きっといい人なんだろうって思ってた。ずっと気になってたのも本当。……信じてくれる?」

 あ、あの。ほんと近いんで――

「わかった信じるから! ごめん! もうちょい離れてくれないかな!」

 俺は西川の両肩をそっと押し返した。――心臓が。やばい。

「そんなに好きなら……さ。今度教えるよ。猫との上手なつきあい方」

 胸の動悸を無理やりなだめつつ言うと。

 少し、ほんの少し不安そうだった西川の表情が、みるみる明るくなった。

 え。なに、コレ。

「本当? 私も猫にさわれるようになる?」

「あ、ああ。任せとけ」

「……嬉しい」

 西川の少しかすれた声。

 え、ほんとに。ナニコレ?

「約束、ね」

 小指を差し出す西川。条件反射的で俺も手を上げる。そしたら、強引に指を絡められた。


「ありがと、喜多野君。……大好き」


 西川が笑った。




 俺の彼女は猫好きです。

 そして俺は、そんな彼女が――



                                 END


そうじたかひろさん、霧友隆さん主催の短編企画、「もしかして:かわいい」参加作品です。ドラスティックお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 猫を捕まえに走った瞬間の豹変振りが、可愛くて可愛くてっ! メロメロなんですねぇ、いろいろ。いろいろ。 なんだかんだでバカップル、っていうのがたまらなく好きでした。一皮剥いたその下が、こんな…
[一言] 猫が好きな奴に悪い奴はいない。 西川さんの猫をロックオンしたときの、その喜びよう。そして逃げられた時のがっかりよう。 嫌いじゃないわ。
[良い点] ・毒気のない読み易い表現 ・優等生で無愛想なヒロインが見せる意外性。 ・『ねえ、喜多野君。つきあってくれない』~「まっ白だったそうだ。」までの物語の流れ。 ・「そんなに好きなら……」~「西…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ