第1話 廃墟 1
学校の授業終了とともに、生徒たちは動き出す。
放課後の学校は授業という堅苦しい物から開放され、清々しい表情を浮かべる生徒たちが多くなる。
これからが本番だと嬉々として、部活に向かう者。
帰り道に寄り道しようと、友達を誘う者。
どこかのファンクラブの会合なのか、声をあげてファンクラブの掟を叫んでいる者。
時折、優也の兄貴である優作の名前が出ることを察するに……あれは優作のファンクラブのようだ。
優也はそれを興味なさげに見ると思考を教室へと戻した。
教室では、授業を終えてしばらくたっているのに沢山の生徒が残っている。
何人かがこっちを見てヒソヒソと話をしているところを見るからにまた兄貴と比べられているのだろう。
優也は、毎日毎日馬鹿の一つ覚えのように相沢兄弟を比べるクラスメートたちを表向き無表情に眺めた。
内心は結構苛ついているのか、少し眉間に皺が寄っている。
優也はクラスメートたちの視線から逃れるように顔を机にうつ伏せた。
そして、遅刻がバレたことにより担任の教師に呼び出された親友を思い浮かべ心の中で呟く。
(ほんと、毎日毎日飽きもせず……あー、ったく。亮め、早く帰ってこい)
しばらく優也がそうしていると、教室に能天気な声が響いた。
「優也ぁー。お待たせぇ〜」
明るい脳天気な声で優也の名前を呼ぶのは、もちろん亮だ。
亮は、朝と同じようににへらっと締まりのない笑顔を浮かべている。
担任から注意された後だと言うのに、そんなこと気にしてないっといった感じに明るい。
優也は、亮を見ると先ほどまでの嫌な気分が少しはれた。
親友と会ったからか、亮があまりにも能天気だからか……優也は、亮を見ると気分が落ち着くようだ。
「遅い」
気分は確かにはれたのだが、自分が長いこと馬鹿なクラスメートたちに比べられたのは亮が待たせたせい。
そう思うと、優也は眉を寄せぶきらぼうに一言きっぱり言った。
亮は、優也の機嫌を察するとごまかすようににへらにへらっと締まりのない笑みを浮かべる。
「いひひっ。めんご、めんご。ちょ〜っとタナちゃん話長くてさぁ〜」
タナちゃんとは担任の教師、田中義明(48)である。
担当教科は国語のせいか、生徒の言葉使いにはとてもウルサい。
一度怒らすととても説教が長く面倒なので色んな意味で生徒に注目しされている。
そんな教師をタナちゃんなんて呼べるのは、この学校では亮だけだ。
優也はそれを聞くと溜め息をついた。亮のことだ。いつものようにタナちゃんなんて呼んで担任を余計怒らせたのだろう。
「もうさぁ、タナちゃんってば訳わかんねぇんだよ。いきなり説教してきてさぁ〜」
「俺、悪いことしてないのに」なんてブツブツと呟く亮に優也は呆れたように今日で何度目かの溜め息をついた。
そして、亮が来てからも当たり前かのように視線を向ける馬鹿なクラスメートを無視して、口を開く。
「亮、そろそろ行こうぜ」
学校の裏山の中にポツンと建っている廃墟見つめながら二人の少年が立っていた。
ひとりは、ススキ色の髪が少しはねており顔はもうひとりに比べると童顔で、ススキ色を少し濃くした瞳が廃墟を眺めている。
もうひとりは、金髪に青みがかった瞳。顔はなかなかに凛々しくもあるのだが、残念ながらしまりのない口元がそれを台無しにしている。
二人とも、十条高校の藍色の制服を着用している。通常は、首元に赤黒いネクタイがしめられているはずなのだが、二人とも外しているのかなにもない。
「亮、お前……ほんと目ざといよな」
ススキ色の少年、相沢優也は呆れたように言葉を口にした。
すると、金髪の少年、亮はにへらっと口元を緩ませて照れくさそうに頭をガシガシと掻いた。
「いやぁ〜、優也ってば褒めるなって♪俺、照れちゃうぜ」
「いや、一つも褒めてねぇから」
優也は、亮の言葉にきっぱりと突っ込みを入れた。
優也が言うのも無理はない。
廃墟があったのは学校の裏山。
学校の裏山と言っても山と言うだけあってただ広い。
そんな広い山の中で廃墟を見つけること事態難しいのに、廃墟までの道筋が尋常ではなかった。
普通に獣道を通るは、川を乗り越えるは、崖っぷちを落ちないように歩くは、何度探検を止めて帰ってやろうかと思ったことか……
とりあえず、めちゃくちゃ大変だった。
「くぅー!!優也ぁー!!探検、探検、ドキドキするなぁ〜」
亮はキラキラと子供のように瞳を輝かせた。
優也はそれを見ると思わず笑ってしまいそうになる。
確かに、廃墟まで来る道筋は大変だったのだが……亮の笑顔を見れたのでそれはそれで良しとした。
「おい、亮。怪我に気をつけて探検すんだぞ」
優也は、亮の保護者にでもなったかのように溜め息混じりに言う。すると亮は分かってるのか分かってないのか優也のほうへ向くとグッと親指を立てた。
廃墟の中に入っていくと、外の外見と全く同じように荒れに荒れていた。
中は洋風の屋敷のようになっているのか天井にシャンデリアが設置されていた痕がある。
入ってすぐに目の前に二階へと上がる階段が見えた。
「まずは、一階からだよねぇ〜」
亮はウキウキが隠しきれません。っといった口調で言うとどこから探検しようかとキョロキョロと周りを見渡す。
どうやら、手前の部屋から探検を開始することにしたらしい。
亮は、ドアを開けるとさっさと入っていった。
(ったく、躊躇も何もねぇな)
あまりにも無防備にドアを開けては入っていく亮を見て優也は眉を寄せた。
「おい、亮。もう少し慎重に」
「おー!!優也ぁー!!優也ぁー!!ちょ、これ見てみ!!」
優也が、注意しようと口を開くと亮が興奮した声で優也を呼んだ。
優也は、少し眉を寄せると亮のいる部屋へと入っていきポカーンと口を開ける。
部屋に入るとすぐ目の前にそれは見事な肖像画が飾られていたのだ。
長い年月をかけたせいか絵は少し薄れているが、それでもその絵の中に描かれた少女の魅力を薄れさせるほどではない。
「いやぁ〜、スッゲェ美人さんだねぇ」
亮の感嘆した言葉に優也はただただコクンっと頷いた。そして、じっと絵を見つめこの絵のタイトルを読んでみる。
(ガゼット王国、アンジュ姫……ガゼット王国?)
優也は、タイトルについた王国の名前を見て首を傾げる。そんな名前の王国なんて聞いたことない。
「なぁ、亮。ガゼット王国って……居ない」
優也は王国の名前を聞いたことあるか聞こうと、亮に話しかけるも隣にいたはずの親友の姿は見当たらなかった。
耳をすましてみると遠くからドアを開ける音がするので、また他の部屋を探検しに行ったのだろう。
「ったく、……ん?」
優也は亮の行動に呆れたように溜め息をつくと部屋の隅に一冊の本が落ちているのを見つけた。
優也は少し考え込むと、本を拾い上げパンパンと埃を落とした。
もしかしたらこの本にガゼット王国について何か書かれているかもしれないと思ったのだ。
優也は、埃を払いのけると本のタイトルをじっと見つめた。どうやら、日記のようだ。
「……」
優也はじっと日記を見つめるとペラッとページを捲り読み始めた。
日記には、へんてこなことが書いてある。優也の知りたかったガゼット王国のことも書いてあったのだが、勇者だの、魔王復活だの、魔法だの、痛々しいくらいファンタジックな内容だった。
(妄想日記?)
優也は日記を閉じるとそう思った。
そして、日記を机の上に放り投げ携帯で時間を確認する。
学校が終わって来たせいかもう遅い時間だ。
優也は携帯を閉じると部屋から出て大きな声で亮を呼び掛けた。
「おーい、亮。そろそろ帰るぞ!!」
呼び掛けてしばらく待つも一向に亮の返事が返ってこない。
「亮?……聞こえてねぇのか?」
優也は電話をかけようともう一度携帯を取り出すも残念ながら圏外だ。
優也は仕方無さそうに頭を掻くと、亮を探すため呼び掛けながら屋敷内を歩き出した。
亮を探して一時間はたっただろうか……外は薄暗くなっている。
「亮ゥゥウ!!出てこい!!……オイオイ、なんで居ないんだよ」
優也は眉を寄せた。いくら探してもどこにも亮の姿が見えない。
時は刻々と過ぎて行き、これ以上暗くなると山を降りるのがキツくなる。
「これだけ探しても居ないとなると……あいつ置いて帰りやがったな」
優也は眉を寄せてボソッと呟く。
実は、優也は一度だけ探検に夢中になった亮に忘れられそのまま置いてけぼりを食らったことがあるのだ。
「……明日からしばらく昼飯あいつに払わしてやる」
優也は亮への罰の内容を呟くとこれ以上暗くなる前に急いで山を降りた。