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お題しりぃず

思い出書店

「ようこそ思い出書店へ。本日はどのような御用向きですかな?」


そういって俺を向かえ入れたのは、妙に耳が尖っている男だった。

本棚の整理をしていたのか、腰の高さ程の台には本が山と積んでいる。


「グランドサザンクロスを信仰したい」


それが合言葉。


どのような技術を使うのか、記憶を自在に操る者がこの書店には居る。

合言葉はその人物に記憶を操作して欲しい時に使われるものだった。


「久しぶりのお客人ですな、さてさて」

男は書店の入り口に「本日閉店」の掛け看板を出し、店の奥へと歩いていく。


「ほれ、アンタも来なさい」

連れられて入った部屋には簡素なベットと小さな机が1つずつ、後は天井まで届く本棚が並ぶだけだ。

男が持ち出した紙を机の上に置く、内容はこのようなものだった。




『簡易契約書(この契約文は契約者への連絡、相談無しに一切の変更を行いません。)


1.契約者には当店に対する謝意が植え込まれます。


2.契約者の記憶は消去・保存・再生・書籍化に関わらず、思い出書店に保管されます。


3.保管される記憶は全て本となります。特に契約者の意見が無い場合、個人を特定できるものは架空のものに置き換えられます。


4.この本は当店に訪れた全ての人が購入する権利を持ちます、売上金の一部は契約者に還元されます。


5.この本は契約者本人のご注文に限り、何度でも無料で再発行をさせていただきます。


6.上記5点を同意していただいた場合、十全に処置させていただきます。


〜思い出書店店長、メメント〜』




契約書と書かれているが、どちらかと言うと注意書きのようだった。

謝意が植え込まれる、これはまぁ感謝するのはおかしくない。植え込まれるというのに違和感を感じるが特に問題ない筈だ。

保管方法はこちらがとやかく言う事ではない、これも問題ないだろう。

自分の記憶を人が物語として読む、というのは少し抵抗があるがお金に換わるなら別にいい。

最後のモノは記憶の除去を頼む自分にとっては関係の無いことだ。

2、3度読み直した上で特に問題が無いのを確認し、サインする。


「よろしい、ではどの記憶をどのように処置しましょうか」

サインされた契約書を眺めた男、メメントがベットに横たわるように促しながら尋ねた。

俺が頼むのはエピソード記憶、具体的にはとある人物に対する感情の除去と保管だ。






~~~~~~

「好きだ、付き合ってくれ」

そういって里見に告白したのは数日前の事だ、その時の里見は目を白黒させていた。

「私?アナタもしかして男色の気でもあるのかしら?」


その時の俺は物凄い顔をしていたらしい、俺は里見が男だとその瞬間まで気付いていなかった。

だってそうだ、里見の外見と言えば濡れ羽色の長い髪、艶っぽく女らしい仕草、服装に至ってはどこのお嬢様かと思うような物を着ている。

若干声が低いものの、その辺にいる女よりもよっぽど女をやっていたので気付けという方が無理な話だ。

別に男色の気があるわけでは無いが、しかし惚れたのは事実だった。

その場で(きびす)を返すのは何か違う気がして、そのまま続けたが、見事に振られた。

「ごめんなさい、私もう婚約まで済ませているの」

男色の気があるとでもいえば罵声を浴びせて帰ると思ったわと、困った顔をしていた。


「私ってこんなのだから男友達っていないの、友達ではダメかしら?」

振った直後にこんな話を持ち出す辺り、人付き合いもあまり多く無さそうだった。

複雑な心境で散々迷ったが、すぐに答えがでるはずも無く、結局しばらくの時間を貰う事にして、その日はそれで終わった。



自宅で悩んでいた俺に切っ掛けを与えたのはチラシで、そこにはこんな事が書いてあった。


『喪失してしまった大切な記憶はございませんか?

 喪失してしまいたい嫌な記憶はございませんか?

 形にして残しておきたい記憶はございませんか?

 アナタのあらゆる記憶を消去・保存・再生・書籍化いたします。

 詳しくは思い出書店まで』


胡散臭いチラシだった。

しかしネットで調べてみるとかなりの好評具合、その上結構な金額がかかるだろうと思ったらそうでも無いらしい。

彼への思いをどうにかしておきたかった俺は、色々と限界だったのだろう。

藁にでも縋る気持ちで思い出書店に訪れる事を決め、すぐに行動に移した。






~~~~~

「良くあるパターンですな。相手が同性というのは希有ですが」

うるさい。

「それは失礼しました。では目が覚めたらアナタは記憶喪失だ、もうその相手への恋心を客観的にしか見れなくなっている。それでよろしいかな」

ことこの場に至って俺は後悔しだしていた、普通に時間をかけて納得すればよかったものを。

しかし当然引き返せるラインはすでに超えていた。


「微調整は頼んでもいいのか?」

細かい部分を言葉にしかねる俺は、少し心配になり訊ねる。


「十全にこなして見せましょう」

メメントはそれに絶対の自信を持って答えた。






〜〜〜〜〜

今日は珍しく通学途中の電車の中で彼にあった。


「よう里見、今日も綺麗だな」

つい先日まで俺はこいつに恋していたらしい。確かに美人だ、惚れるのも無理は無い。


「あら、5日程見かけなかったけど、もしかして私に振られて塞ぎ込んでたのかしら?」

正解。

だが今はもうどうと言う事は無い、思い出書店に感謝だ。


「よくわかったな、けどもう大丈夫だよ。今日からは友達だ」


「そう、ならアナタが私の初めての男友達よ」

彼の微笑みに心がざわつく事は無い、何かを亡くした感覚に戸惑う事も無い。

あれもこれも、里見に関する事は全て客観的だ。


「ちょっと大丈夫?」

里見が顔をしかめて俺を覗き込んだきた、顔をしかめても美人は美人だ。

何が?と返す前に彼は続ける。


「アナタ泣いてるわ」


何に泣いているのか自分でも分からなかった。


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