対価
人口が増えすぎた世界。人々は、その日のパンを得るために、毎日、「死のルーレット」を回さねばならなかった。1〜99の目なら、その日の食料が配給される。だが、たった一つ、ゼロを引けば、死が待っていた。
今日も、長い列ができている。
人々は固唾を飲み、順番を待っていた。
老人も、若者も、子供を抱いた母親もいる。
やがて一人の男が台の前に立つ。
震える手で、玉を投げ入れる。
カラカラカラ――。
その頭上にある巨大な電光掲示板では、今日も煌びやかなアイドルが、場にそぐわない陽気な歌を歌っていた。
♪ だいじょうぶだから〜!
♪ きっと、だいじょうぶだから〜!
♪ わたしが運命を、えらぶんだから〜!
誰も、その歌を聴いてはいなかった。
ただ漠然と
…あんなセレブになれば、毎日のパンに不安を抱えることもないのに。
…あんなセレブになれば、死のルーレットに怯えることもないのに。
そんなことを考えるばかりだった。
しかし、セレブになるのは、ほとんど不可能だった。
一億個の空くじの中から、一本だけの当たりを引くようなものだった。
そんな不可能を、ある少女が実現した。
最初に投稿した動画が偶然、爆発的に拡散された。
次に出演した番組が大当たりした。
彼女が歌えば人々が笑い、彼女が笑えば人々が歓声を上げた。
正真正銘のセレブだった。
ある日、政府から呼び出された。
「おめでとうございます」
白い部屋で、役人が言った。
「あなたは本日をもって、死のルーレットから除外されます」
「……え?」
「今後、あなたがルーレットを回す必要はありません」
少女は、しばらく意味を理解できなかった。
「私……死なないんですか?」
「はい。ルーレットでは、死にません」
少女は泣いた。
そして、その夜、父に電話をした。
「お父さん。私、もうルーレット回さなくていいんだって」
『そうか』
「うん」
『よかったな』
「うん……」
『本当によかった』
父は、呟くように言った。
少女の人気は、さらに上がった。
街中の電光掲示板に彼女が映った。
人々は彼女の歌を聞いた。
誰もが彼女の笑顔を見た。
その絶頂の中で、父が死んだ。
事故だった。
ニュースには、ほんの少しだけ名前が出た。
少女は、父の葬儀の日にも、テレビの仕事があった。
父の死を知らない人々が、彼女に笑顔を求めた。
彼女は笑った。
カメラの前で。
何万人もの観客の前で。
笑った。
十年後。
少女は大人になった。
そして、子供を持った。
ある日の朝、子供が尋ねた。
「ママ」
「なに?」
「ぼくも、大きくなったらルーレット回すの?」
少女は、まっすぐ答えられなかった。
「……そうよ」
「死ぬこともある?」
「1パーセント。」
「百人に一人?」
「そう。」
子供は少し考えた。
「じゃあ、ぼくが死ぬかもしれないの?」
少女は、子供を抱きしめた。
「大丈夫」
そう言いながら、自分でも分かっていた。
大丈夫ではない。
翌日、少女は政府を訪ねた。
「私の子供を、セレブに……いえ、死のルーレットから除外してください。」
役人は、少女を見た。
「はい。わかりました。」
「えっ、本当に?」
「はい。」
「どうすれば?」
役人は、事務的に答えた。
「対価を払っていただきます」
「いくらですか?」
「お金ではありません」
役人の目が光った。
「あなたの命です。」




