今際の際の想い人
あなたにまた逢いたくて
ピッ ピッ ピッ
真夜中の静かな病室に心電図の音だけが無機質に響く。
ベッドに横たわる老人がふと目を覚ますと、傍らのイスに座りこちらを見つめる美しい女性がいた。
「……お久しぶりですね。三度目でしょうか?」
老人が懐かしそうに頬を緩めると、「四度目だ。」と女性は温度のない声で応えた。
「最初はお前が子供の頃川に流された時、次は学生の頃車に轢かれた時、その次は心筋梗塞で勤め先で倒れた時。そして今日。四度目だ。」
老人は女性の顔を愛おしそうに眺める。
もう手も足も動かせない。
しかしただ生の終わりを待つだけだった老人は、女性に再び逢えた事を心から喜んでいた。
老人が死の淵を彷徨った時は、いつでもこの女性が側にいてくれた。
老人は女性に長年、恋をしていた。
「そろそろお迎えですか。
私は三回も死に損なって貴女の手を煩わせてしまいましたね。」
女性は死神だった。
死神の仕事は死者をあの世へ連れて行く事。
あの世へ引き渡したら、また別の死者の元へ行く。
あの世へ引き渡したら、もう逢う事はない。
「お前は死なないよ。
──私がまだ死なせてやらない。」
女性は無表情のまま男の冷たい手に触ると、男の命の炎を少しだけ継ぎ足した。
「あと30年は生きるだろう。
そうしたら今度こそ、迎えに来る。」
老人は驚き、苦笑した。
「そしたら私は世界最高齢でギネスに載ってしまいますよ。」
女性は静かに笑いながら何処からか出したコーヒーを飲んでいた。
そして少し温かくなった男の手を親愛を込めてゆっくりと撫でる。
「ギネスでも何でも載るがいい、私はお前が気に入ってるんだ。
さぁ、人生はまだ長い。
今宵もお前の話を聞かせておくれ。」
『猫を助けようとしたら足滑っちゃってさぁ、あの川あんなに深いとは思わなかったよ。
そういえば僕、この間テストでさぁ……』
『車に撥ねられた時はマジで終わったと思ったよ。
走馬灯とか全然なくて焦った〜!
ワンチャン異世界転生するかと思ったけど普通に目が覚めてちょっとガッカリしたっていうか。
あぁ、そういや先週バイトで……』
『社内で倒れるってちょっとドラマティックというか、キモいおっさんに触りたくないと誰も助けてくれなかったらどうしようかと思いましたよ。
まぁこんな話は置いといて、この前猫カフェ行ったんですよ、キモいおっさんなのに。そこで……』
「歳を取ると身体に力が入らないし、ベッドの上は本当に退屈ですねぇ。
看護師さんに色々な所を拭かれるのが恥ずかしくて申し訳なくて。
あぁ、貴女に聞きたい事が沢山あったんですよ。
もし甘いものが好きなら今度……」
いつの時代も、入院先のベッドの傍らで死神はこの男の話を穏やかな顔で聞いている。
もう少しだけ顔を見たくて。
もう少しだけ側にいたくて。
〈終〉




