第9話 慣れない事は言わない方がいい
「初めまして、アユトと申します。この物語の現場監督、作戦指揮を担当するランクAです。先日ランクAの通達がきたばかりの未熟者ですがどうかよろしくお願いします」
俺は最初の一言として固い挨拶をした。
現在この会議室は俺を含め四人が在室していた。一人は生徒や教師などの責任者で脇役ランクBであるフウキという名の少女だ。
彼女の名前はファイルで確認していたが、いざ会ってみると初見ではどうも少年か少女か分かりにくい容姿をしていた。男といわれればそう見えるし女といわれればそうと見える。中性的な顔立ちで髪型もショートボブだ。
とにかく共通して言えるのはどちらの言葉の頭に美の文字がつくことだ。
同姓や異性にかまわずに好意を持たれるだろうなという印象を受けた。その好意とはもちろん恋愛対象だ。ちなみに男を虜にする容姿を持ったマユミは同姓の女には嫌われている。
マユミと真逆だなとぼんやりと考えてしまった。
もう一人は学校以外の街全体の責任者であるランクBのおっさんだ。最初は失礼の無いように名前は覚えていたが忘れることにした。
理由は態度が大きい。俺やフウキさんなどの責任者が年下なので舐めているのか会議が始まる以前から脚を組んで話をまるで聞いていない。
「お堅い口調のアユトさん凛々しくて素敵です。政治家みたいです」
最後の在室者はアイだった。本来呼ばれていない人間である。
アイが言うには自分の配役を確認するために俺の家を目指して歩いている所でフウキさんと出くわしたらしい。
彼女とは面識があったらしく一緒に到着するとこの会議に出席したいとおねだりされたので俺は了承することにしたのだ。
アイも一応はランクBであり会議に参加する権利はある。ちなみにマユミは予想通り欠席だった。ランクAのマユミは独自に動く権限がある。同じ立場の俺はマユミの行動を咎める事は出来ないので放っておくことにした。
「アイ。あまり騒ぐな。他の方に迷惑だろう」
「はい。承知いたしました!」
席にちょこんと座ったツインテールに指摘するとアイの正面に腰を下ろしたおっさんが嫌味ったらしく鼻を鳴らした。挑発的な態度は目を見張るものがある。
「こんなガキばかりで面白い物語なんか作れんのかよ。そもそも何でこの俺がお前らと一緒に仕事しなきゃならねえんだよ。子守りか?」
組んだ足を小刻みに揺らすおっさんはポケットから流れるような動作でタバコを取り出した。口にくわえたタバコを見て俺はすぐに手で制す。
「すみません。この部屋は禁煙ですので遠慮願います」
「なんだよ、ケチなランクAさんだなー。頭が固い奴は嫌いだね」
「ケチとかそういう問題では――」
「お前みたいなガキがランクAなんて本当に信じられねーよ。脇役協会に金でも積んだのか?」
くそっ。歳が若いからって舐めやがって。積める金なんて持ってねーよ。
俺は何とか頭に血が上らないように理性を保つことに集中する。
彼の実績はすでに知っており、ランクは自分の方が上となったが経験からすればおっさんのほうがはるかに勝っている。今回は彼の経験を生かした助言などをしてもらおうと考えていたすでにその気は消え失せていた。
人は実際に会ってみないと分からないものだ。
「……では顔合わせも済んだことですし、俺が考えた物語の構成案などを述べたいと思います。なお後一名のランクAは急用で席を外しておりますが気にせず会議を進めます」
「あの天才少女はいねーのか? あの女抜きでお前なんかが会議を進められんのかよ?」
口の悪いおっさんが悪意を込めて俺を睨んでいる。張り詰めた空気に変わる会議室。
さすがに温厚な俺でも悪態をつくおっさんに向けてかしこまるのが馬鹿らしくなってきた。我慢の限界とばかりに反論しようと息を吸い込んだとき、アイが円卓の机をはげしく両手で叩く。机が割れたのかと勘違いするほど大きな音だった。
「マユミさんがいなくてもアユトさん一人でなんとか出来ます! あなたは少し黙っていてもらえませんかっ! アユトさんに失礼です!」
敵意むき出しのアイはおっさんを睨む。静まり返る室内は全員が揃ってアイに注目していた。少しの間だけ驚いていたおっさんがアイに向けて舌打ちを繰り出すのと同時にフウキさんが発言した。
「とりあえず落ち着きませんか。私は早くアユトさんの意見をお聞きしたいと思います。時間には限りがありますので有意義な時間の使い方をしませんか?」
おっさんに向けて魅力的な笑顔で淡々と述べると、そのままの笑顔で視線を俺に合わしてきた。フウキさんの落ち着いた笑顔によりおっさんも興が冷めたのかぶつぶつと何か呟きながらも最終的には大人しくなった。
フウキさんのおかげで話が出来るようになったので俺は数日かけて考案した意見を披露した。
一時間ほどかけた一度目の会議がとりあえず終わり本日は解散することとなる。
ずっと俺の意見に面白みがないなどの反対意見を繰り返したおっさんは、会議が終わると一人で勝手に帰りやがった。玄関まで見送ったのはフウキさんだけだ。
「今日の会議を参考にさせて頂きます。私もランクBとしてアユトさんのサポートをすぐにさせて頂きますのでよろしくお願い致します」
「ありがとうフウキさん。頼りにさせてもらうよ」
フウキさんは落ち着いていて柔らかな笑みもどこか余裕がある。おっさんとは違い本当に頼りになりそうだと心強く感じた。フウキさんとお互いに別れの挨拶をする俺の隣では彼女が玄関を閉めるまでずっと手を振るアイの姿があった。
「お前はフウキさんと一緒に帰らないのか?」
「私はまだアユトさんに配役を教えて頂いておりませんが?」
「アイの配役か……そうだったな……」
質問を質問で返してくるのはいただけないがアイの言うことはもっともだった。アイがここに来た目的を俺はすっかり忘れてしまっていた。
「とりあえず先に言っとく……ありがとな」
「はて? なぜ私はアユトさんにお礼を言われたのでしょうか?」
ふいにアイがこちらに視線を向ける。俺は横顔に視線を感じたがまだ真新しい玄関を見続けていた。正直に言えば真正面からアイを見るのが恥ずかしかった。
「俺の代わりに怒ってくれたから。嬉しかったよ。後輩のお前に庇ってもらうのも恥ずかしいけどな」
「ふふっ。私が許せないと感じたので怒鳴ったのです。だからアユトさんから感謝の言葉は必要ありませんよ。逆にアユトさんのそんな顔を眺める事が出来たので私の方が感謝したいくらいですね」
くすくすと笑うアイに逆に感謝されてしまう。ふいに顔の温度が上昇する。この感覚は懐かしかった。客観的に見て俺は照れている状態なのだろう。
「とりあえずリビングに戻ろう!」
決してアイに顔を合わせぬまま俺は両足を素早く動かした。今の雰囲気に耐えられなくなったからだ。背中がむず痒い。慣れない事は言わない方がいいな。




