第8話 女のプライドをかけた戦争よ
数日間かけて重量級のファイル達を確認した。
フャイルに記載されていた内容は物語の期間や、主人公とヒロインの細やかなプロフィール。さらに脇役である自分の役回りや他の脇役の情報だ。
情報には主人公の初キス相手や場所、経緯やヒロインの初恋の相手や好きになった理由など大量に書かれていた。物語を創造する上で個人情報など気にしていられない。
事前情報を頭に叩きこむのは苦労したが何とか記憶することは出来た。
そして本日は最初の物語会議を俺の自宅で行われる予定だった。
ランクAである俺とマユミの参加は必須で学校の生徒や教師達の責任者、街の演者達の責任者の計四名で行われる。
初の顔合わせなので今回は挨拶をしてから大まかな物語の構成などを決めて行きたいと考えていた。物語が始まるのは学校の入学式からなのであと数週間しかない。
時間が限られているので実のある会議にしなくてはいけない。
意気込んでいると母親役の女性が来訪者を告げる。部屋を出て一階に出向くと玄関で靴を履いたままのマユミの姿があった。相変わらず不愛想だ。よく言えば凛としている。
「お前が時間を守るなんて珍しいな」
挨拶をすっ飛ばして俺は意外感をそのまま口に出した。マユミは遅刻する事が多い。もちろん寝坊や遊びの予定が入ったという理由ではない。仕事が忙しいからだ。
「時間が私を守るのよ」
家の中を値踏みしていたマユミは何やら哲学的な言葉を発した。全くもって意味が分からないが「そうか」と話を合わして置く。どういう意味なのか聞けば話が長くなる。
マユミはすでに学生服を着ていた。白いシャツの上に赤を貴重とした上着、膝まで隠れる黒の靴下、スカートは赤と黒のチェック柄。スカートはなかなかに短く、マユミの引き締まった生足が露出されて下着が見えてしまうのではないかとこちらが目のやり場に困るほどだった。
率直な意見を言わしてもらうと、マユミは恥ずかしくないのだろうか、だった。
「学校の制服が似合っているじゃないか」
マユミの容姿とスタイルならほとんどの服装がマユミに合わしてくれるだろうなと考えてしまう。男性から好まれるが女性から妬まれる原因の一つなのかも知れない。
「似合っている……それだけなのかしら?」
何気なくマユミを褒めただけなのに不満のようだ。こちらを探るような目線は喜んでいない。もしかしたら気に障る発言だったのだろうか。本当に難しい奴だ。
「似合っているだけじゃ足りないわ。豊満な胸の下着がうっすらと透けている白いシャツ。ミニスカートと長い靴下の間に位置する魅惑的な白い柔肌。美しく女性特有の丸みを帯びたお尻。興奮するぜうっひょー……と言いなさい。観察が足りないのはあなたの欠点の一つなのだけれど?」
「お前の中の俺はいつもそんな感じなのかよっ!」
しかしマユミが語った描写は興奮する以外は当たっているので妙に悔しい。
「ええ。あなたが獣だと私が言ったのを覚えていないのかしら?」
「いやいや、獣じゃないから。そして理性ある普通の男子だから。でもたしかにお前の制服姿はなんていうか……可愛いとは思う」
「可愛いなんて本人の目の前で言わないでくれるかしら……恥ずかしい男。気持ちが悪い。むしろ気味が悪いのだけれど」
「マユミさん。気味が悪いは言い過ぎだと思いますが……褒めているだけなのに」
よし。とりあえず会議室に行こう。俺は虚しさを忘れようと行動に移す。
マユミのペースに巻き込まれつつある俺は不敵に笑みをこぼすマユミを二階まで誘導した。
会議室として用意した部屋は俺の部屋の隣にある。広さは大体八畳といったところだ。中央には円卓の机を用意してあり扉から一番離れた位置にホワイトボードが置かれている。
簡単な作りの会議室に他の二人が到着するまでマユミに待機をしてもらうつもりだった。しかしマユミが俺の部屋を見せてほしいと言い出した。
別に構わない俺は考えを変更して俺の部屋で待つことになった。
「そういやこの前の話になるけど教室でアイと遅くなるまで話していたのか? 本当にお前らはいつも言い合いをしているよな。仲がいいのか悪いのか……」
辺りを観察しながら顎を左右に動かしているマユミに先日の事を聞いてみた。先に帰ったので二人の行動は知らない。
俺としてはお互い仲良くして欲しいという気持ちはある。マユミもアイも俺の友達だ。友達同士がいがみ合う姿は見ていられない。
「あなたが帰った後であの子とファミリーレストランに行ったわ」
「ふーん。ファミレスにねぇ……というか、お前らの仲は本当に謎だな」
「謎は深まるほど面白いのだけれど、それほど対した謎でもないわ。ほんの気まぐれよ」
レストランで何の話をしたのかは考えない方がいいかもしれない。どうせろくでもない会話をしていたのだろうと素直に悪い発想が浮かんだ。
あれ? もしかして俺の心って汚れているの?
咄嗟に俺は自分の考えに首を振った。思春期の少女が二人集まれば恋の話やファッションの話にでも花を咲かせていたのかもしれない。可愛らしい物を見せ合っていたという可能性もある。女の子だからな。しかし二人には似合わない風景だなと思ってしまった。
そうだ。そもそも人を疑うのは駄目だ。俺は誠実な人間を目指したい。自分の固定観念を捨て去ろう。視野を広く持って寛大な人間になるんだ。
しかし俺の期待を裏切られるのには数秒もかからなかった。
「夕食を取りながらアユトの話を二時間ほどしたかしら……アユトの性癖を幼女の脳に植え付けるのには苦労させられたわ」
「お前は何に苦労してんだよッ! 鬼畜なのかッ!? 無垢な魂を汚す悪魔なのかッ!? そして肩を揉んで疲れたような仕草で一仕事終えた雰囲気を出すなってのッ!」
出来れば俺の予想は当たって欲しくはなかった。勝手に期待した俺が悪かったのだろうか。あまりに怒鳴り過ぎて声を枯らしてしまう。
「別に悪いことをしたわけではないわ」
「そうなのか?」
「個人情報を流しただけ」
「間違った個人情報ですよね!? あぁもう……そもそも個人情報を流すなよ……はぁ……頼むからあまりアイで遊ぶのは止めろ。あの子はお前と違って純粋だからな」
そう、お前のせいで誤解を解くのが面倒なのです。人の苦労を知らないマユミは立ったまま俺には目もくれず壁の方に顔をじっと意識を向けている。
俺の話をきちんと聞いていないようだった。本当に話を聞かない子だわ。
「わかった……努力する……」
んっ。あれっ? どうしたんだろう。以外に素直だ。いつもなら何重にも皮肉の技をかけてくるのに。皮肉世界選手権の実力者なのに?
珍しいこともあると考えながら俺は壁に掛けられていた時計を見る。
「とりあえずその椅子にでも座れよ。もう少し経てば他の二人も到着すると思うぞ」
「大丈夫。少し用事を思い出したからひとまず失礼するわ」
学習机の椅子に向かって指をさす俺に見向きもせずに、マユミは艶のある黒髪をなびかせながら身体を回転させる。
華麗なターンだったと見とれずに扉に向っているマユミに焦ったように呼び止める。
「ちょっと待て。これから会議なのにどこ行くんだよ?」
「愚問ね。女のプライドをかけた戦争よ」
「は? おい!」
小さく呟いたマユミは映像を早送りにしたように去っていった。
あいつは一体何を言っているのだろうか。俺は開かれたままの扉に意識をむけたまま首を傾げずにはいられなかった。
物語のジャンルはラブコメなので戦争が起こるはずはない。物語を面白くするための何か秘策があるのだろうか。戦争なんて怖い発言だが何かの俗語なのだろうか。
最年少ランクAを取得したマユミの思惑を長くない時間で考えてみたが答えは結局は分からなかった。
天才少女と称されたあのマユミの行動原理上、会議に出席してくれるという期待感は抱かない方がいいと判断する。裏切られる可能性は大だ。
とにかくマユミ抜きで俺がランクAとして頑張るしかない。不安とやる気が入り混じる心境で意気込みを新たにすると残りの二人が到着した。




