第6話 俺を貶めるのは止めてもらいたい
久しぶりにマユミと会話したが相変わらず世界観が分からない。マユミらしいと言えばそれまでの話なのだが。もっと普通に話は出来ないのだろうか。噂では俺以外の人間には普通にコミュニケーションが取れているらしい。なぜ俺だけなのかと思ったが幼馴染だから仕方がないのかもと勝手に解釈して自分を正当化させている。幼馴染の俺だからこそ本当の自分を見せてくれているのだろう。本当に可愛い奴だと勝手に思っている。そう思わないとまともに会話が出来ない。
とりあえずマユミに仕事仲間として挨拶を済ませた所で、廊下の方から駆け足が聞こえる。
「アユトさーん。お待たせしました。ってえー! なんでむっつり女がこの世界にいるんですかー! 不法侵入ですよー!」
息を切らせたアイは口を大きく開けて驚きを隠そうとしなかった。
失礼な態度なのを気にもせずに年上や階級の差を無視してマユミに勢いよく片手で指をさした。動揺しているのか指先が若干ぴくぴくと痙攣している。
「ちびっ子ツインテール……なぜあなたのような幼女風情がここにいるのかしら? ここは保育園ではないのだけれど?」
対抗意識を持ったのかマユミはアイに向けて両手で指をさした。
大股で膝を曲げているマユミ。かなり変なポーズになっている。指を向け合う二人は互いをにらみ合い火花を散らしていた。
この二人はなぜか出会うとすぐ言い合いになる。だけど俺が見る限りは二人は仲が悪いわけではないはずという印象を持っていた。ちなみに一切の根拠はない。ただの勘である。
「もしかしてアユトさんがむっつり女をこの場所に連れ込んだんですか……かっ……か……」
なぜ俺に容疑がかかる? ひどい冤罪だ。そしてなぜ身体を震わせている?
とにかくアイの勘違いは素早く正さないとでたらめな噂が広がる危険がある。しかし俺の弁明を聞き入れる間もなくアイは口に手を当て「信じられない私というものが居ながら……」という言葉を吐き出した。絶対に気のせいだろうがアイの瞳は潤んでいる。
いやいや。ちょっと待て。俺とマユミはさっき偶然会ったのが真実だ。だからアイの発言も所作も全てがおかしいからな。
そもそも連れ込んだなんて言葉がなんか嫌だ。
「そうよ。アユトが私を誘ったの。そう……アユトはむしろ繁殖期の獣なのだから」
何でおれが誘った事にしちゃってるのこの人! そしてどうして俺が繁殖期の獣につながるんだよ! 繁殖期の獣扱いをされたのは生まれて初めてだってのッ! それにむしろって何? どういう用法を参考にしちゃってるのかしら!?
俺は意味不明なマユミに対して文句をぶつけようと試みるがアイの猛攻に遮られる。
「あり得ません! アユトさんはマユミさんをこの教室に誘い出して誰もいない教室というシチュエーションを楽しみながらマユミさんの身体を舐めまわすように観察して、興奮を隠しきれずマユミさんを押し倒すような人ではありませんッ! 私のアユトさんは理性のある雄ですッ!」
凛々しい表情でアイは意味不明な物語を追加した。
庇ってくれるのはありがたい! ありがたいけどもマユミの一言でどこまで妄想してんだよ! 思春期であるアイの想像力の深さは俺の浅い思惑を超えているようだ。
どちらにせよ結果的に俺の名誉を傷つけているのは明白だった。
「まだ甘いわツインテール。華奢で臆病なアユトがこの私を簡単に押し倒せるはずがない。だとすれば、獣はどういった策を講じる必要があるのかしら?」
否定しないってことはそういう意味だったのかよ! 俺を媒体に嘘の情報を共有するなっての! 何だよこの時間!? 意味が分からな過ぎるのだけどッ!
質問を投げかけるマユミの瞳は怪しく光っている。妖艶な瞳は言葉では表現できない黒い何かを含んでいる。
「えっ……じゃあ睡眠薬とかですか?」
アイはマユミの急な切り返しに戸惑っている。どうやら必死で頭を回転させてたどたどしくも自分の考えを述べることが出来たようだ。
「正解。その証拠としてアユトのポケットには睡眠薬が入っているわ。もちろん非正規品の薬だわ。卑劣な男にはお似合いの代物ね」
俺の下半身のポケットに二人の視線が集中する。
「だっ、だとしたらアユトさんは眠らせたマユミさんに乱暴を働くのですかっ!」
「アユトは乱暴だけじゃない……もっと想像力を働かせてみて……常に最悪を想定するのよ」
「まっ、まっ、まさか縄で……すかっ!」
おーい二人とも。話がおかしな方向に飛んでますがー。縄って何ですかー。
現実世界の俺を置き去りに二人は妄想世界を突っ走っている。勢いが衰えない二人の妄想に並走するなんて到底出来なかった。置いてけぼりの俺は唖然とするしかない。
俺の呆れを無視するアイは頬を赤く染めていく。さらに大袈裟に瞳を見開かせて両手を口元へと押し当てていた。どうやら俺の蛮行に驚いているようだ。
アイの反応を確かめたマユミは唇を一度ゆっくりと舐め、誘惑するような吐息交じりの声で囁く。
「縄……それだけで満足するかしら。この男の思考や性癖。全てを掛け合わせればおのずと答えが見えてくるのだけれど?」
マユミはアイに答えを促せるようとしているのが分かる。どうやらマユミのやつ。完全にアイをからかって楽しんでいるようだ。そろそろ止めないとアイが可哀そうである。
「ム……ムチも追加ですかっ!」
挙動不審になったアイは瞳を上下左右に動かしている。火照ったように顔は真っ赤になっていた。どうやら俺の尊厳の為にも強い意思を持って二人を止めた方がよさそうだ。
マユミの暴走は純粋な後輩であるアイの教育によろしくない。そもそもこの二人は一体何の話をしているのか分からない。
分かりたいとも思わない。
「二人共そろそろ妄想を止めろ。俺はそんな人間ではない」
俺は二人の間に立って冷静にこの場を沈めようと割って入った。表情はいたって真面目だ。誤解されるのは勘弁して欲しいと心の底から考えていた。
すると二人同時に怒鳴られた。
「臭い口を挟まないで!」
「アユトさんは黙っていてください!」
えっ。なぜ怒鳴られるの? 脅えた俺は条件反射で「はい」と小さく返事をした。
再び二人が会話を始めたのをきっかけに疲労感が押し寄せた。二人の妄想を止めるのを完全に諦めた俺は「先に帰るぞ」と熱く語り合う二人に伝える。
さすがに付き合いきれない。このやりとりに対してもう考えることは止めよう。被害者なままであるのは癪だが面倒くさい気持ちが勝った。
岐路に着く俺はアイの傍を通り過ぎる。アイは妄想の世界に入れ込んでいるので俺に別れの挨拶すら返ってはこない。俺の姿が目に入っていないようだ。
一人で教室を出て背後から聞こえる二人の口論を全力で聞き流しながら校舎を出る。
辺りは暗く空気も冷えていた。肌寒くなってきた俺は自然と両手をズボンのポケットに突っ込んだ。もちろん睡眠薬は入っていない。
すると教室の開け放たれた窓から叫び声がはっきりと聞こえてきた。
「ほえー? ローソクは五本同時ですかっ!」
俺は大きなため息を抑えることが出来なかった。アイは驚きすぎて声を張らずにはいられなかったのだろう。頼むから妄想の中で俺を貶めるのは止めてもらいたい。




