第51話 事実は小説より奇なり
数分後、ゲンブに呼び出された本人が入室してきた。
俺はその人物を一目見るとなぜ呼び出されたのがこいつなんだろうと混乱してしまった。ランクAでもなければ何かの責任者でもない。
そしてなにより長い髪を下ろしておりチャームポイントであるツインテールではなかった。
「アユト君には紹介するまでもないかな?」
栗色の髪を下ろしたアイは上品な動作でゲンブの隣にゆっくり腰を下ろした。いつもより大人しく上品さが溢れている。服装も全身同じ色のコーディネートではなく白いシャツに黒のスカートとお嬢様のような服装をしている。
やはり祖父の前ではしっかりとしないといけないのだろうかと眺めていると隣から歯ぎしりの音が聞こえた。
不快な音の方へと顔を向けるとマユミは対象的に子供のように明らかに不機嫌な態度をとっていた。
「あの……なぜ彼女を呼んだのでしょうか?」
遠慮がちに口を開く。素直な疑問だった。
するとゲンブは含んだ笑いを見せながらもったいぶるように間をとった。
「実は……孫のアイはランクAなんじゃよ」
「えっ……」
アイがランクA。その台詞を何度も頭で繰り返された。思いもよらない事実に理解が追いつかず俺は不甲斐なく固まってしまった。
「事実よ。残念で仕方のない事なのだけれどアイはあなたの先輩ということ」
「アユトさん。改めてご挨拶をさせていただきます。私は脇役ランクAに所属するアイと申します。ただランクAと言っても私の本来の仕事は脇役に徹する事ではありません。ランク認定の審査をするのが本来の私に任されている仕事です」
黙りこくっていたマユミはさらに不機嫌を高めるが気にもしないアイは俺に向かって改めて自己紹介した。
俺の知っているいつも元気で甘えてくるアイではない。凛とした表情、さらにはアイの特徴でもある活発さが嘘のように落ち着いた口調だった。
栗色の髪も結んでおらず口調と所作でさらに大人っぽく見える。俺は出雲かなでに続いての衝撃に言葉が出ない。
「アユトさんが混乱しているようなのでさらに説明させていただきます。もうおじい様からお聞きになったとは思いますが今回の物語はアユトさんの実力を試す為に行われました。そしてそれを指揮したのがランクAであるマユミさんです。そして審査をさせていただいたのが私です」
「……ということはあのアイはすべて演技だったのか?」
アイは小さく顎を引く。親近感が遠のいていく錯覚が押し寄せる。どこか寂しさが心の片隅で膨らんでいくようだった。
「そうか。俺を慕っていてくれたのも全て演技だったのか」
俺が独り言のように呟くとアイがすぐさま反応を見せた。
「はいすべて演技です。私はあなたを別に慕ってなどいません。すべて仕事として接していました」
「そうか……すっかり騙されたよ」
「そんなに落ち込まないで下さい。簡単に後輩から慕われる人物などいません。そしてアユトさんは一目見れば分かるような魅力的な人物でもありませんので落ち込む必要もありません」
アイは励ましてくれているのだろうか。俺は肩を落とし、隠すようにため息を出した。
さらにアイの話は続き、以前の仕事で出会った時からすでに審査が開始されていたという事実を知らされた。つまり審査する仕事として俺の家に遊びに来ていた。俺に付きまとっていたのも審査の仕事の延長線上だ。
マユミの奇怪な行動、フウキさんの裏切り、アイの不可解な行動、出雲かなでの告白。
それらはすべてマユミの指示であり俺を審査する目的があったのだ。
俺はようやく全て理解出来た。
「それよりアイ。私は出雲さんにアユトに告白をしろという指示は出していないのだけれど? どういう事か今すぐ説明してくれないかしら? 報告を受けていないのだけれど?」
俺の考えがまとまった所でマユミがアイを呪うかのように睨んだ。
「あれ? そうでしたっけ? 記憶にございませんが?」
「白々しい女狐という称号をあなたに捧げるわ。ふん。あなたはいつも私の邪魔ばかりするのだから困ったものだわ」
首を少しだけ傾けたアイはすぐさま反撃した。
「お言葉ですが最初に仕掛けてきたのはマユミさんではないですか。私の名前が脇役名簿のファイルに無かったのは誰のせいでしょうかね。そのおかげで多忙なおじい様にわざわざ手紙を作っていただいたんですよ?」
「あら。そんな事あったかしら?」
「ありました。幼馴染が心配なのだとしてもやり過ぎは良くないかと?」
「ごめんなさい。全くもって記憶にないわ」
にこやかに話しかけたアイにマユミはしらを切った。
もしかしてマユミが裏で動いてアイの名前がファイルに書かれていなかったのか。
「さらに物語で私に意味不明なことを言って私の仕事の邪魔をしていたのはマユミさんの方だと思いますけど?」
「邪魔? この私が邪魔をしたのかしら?」
「もしかしていつもの仕返しですか?」
「仕返しだなんてあり得ないわ。そんな事より物語の中であなたはアユトに接近しすぎじゃないかしら。掃除箱での件はやりすぎだったわね。少しは恥を知りなさい」
掃除箱の件と聞いて俺はあの時のアイを思い出した。一瞬だけ記憶を蘇らせる俺を置き去りに、少しだけ笑みを浮かべるアイ。それはいやらしい笑い方だった。
「おかしいですね。ファミレスでもっとアユトさんに接近しろと指示を与えたのはマユミさんじゃありませんか? 私はマユミさんの指示通りにしたまで。文句を言われる筋合いはございません」
「私はもっとアユトの立ち振る舞いを審査するべきと伝えたはずだけれど?」
「そうでしたか。私の勘違いでした。申し訳ございません」
思い返すとマユミとアイは数回ほどファミレスに行っていた記憶がある。
マユミは少し苛立っているようにも拗ねているようにも感じた。余裕を見せるアイはマユミの動揺を察してか何かを企んだ表情を見せる。
「話は少し変わりますがマユミさん。そういえばアユトさんが追い詰められた時に助言していませんでしたか?」
「……助言なんてしていないわ」
「まさかとは思いますが、私たちはアユトさんを試す立場であるにも関わらず助言をするというのは違反に当たると思われますが?」
「……知らないわ」
「面倒くさい恋人のように家に押し掛けるのも迷惑だと思いますが?」
マユミは視線をあからさまに外す。二人の雰囲気は明らかにおかしい。
違和感が生まれた直後、二人のこのやりとりがいつもの逆だと気づいた。物語の世界、つまり俺が知っている二人のやりとりはいつもマユミが優位だった。だが本来の世界でからかわれているのはどうやらマユミらしい。
「嘘はいけませんねマユミさん。本当の事を言わないとアユトさんにあの秘密を伝えますよ」
「なっ、何の事かしら?」
笑いを堪えるようにアイは口に手を置く。攻撃を仕掛けられっぱなしのマユミは動揺している。マユミの慌てぶりに嬉しそうなアイは俺へと意識を向けた。
「アユトさん。実はマユミさんは――」
「ちょっと待ちなさい! いいわ。あなたの批判を全面的に認めてあげるわ!」
「うふふ。素直じゃないですね。本当にアユトさんがらみになるとマユミさんは面白いです。からかいがいがありますよ」
訳が分からない俺は何も言わない。そもそも脇役協会の理事長であるゲンブの目の前でこいつらは何を雑談しているんだ。失礼だとは思わないのだろうか。
新鮮な二人のやりとりの中で俺は疑問を感じていた。
「本当に仲のよい二人じゃな」
少女二人をにこやかに眺めていたゲンブがふと口を挟んだ。するとアイとマユミは同時に言葉を発する。
「もちろんですおじい様」
「ありえない」
二人は全く逆の意見を同時に出した。聞き入れたゲンブが満足気に笑った後俺へ意識を向けた。するとゲンブから一瞬で表情から笑みが消える。
「さて、本題に戻ろうとしよう。アイ。報告書ですでに提出してもらっておるが改めてアユト君にもお前の評価を伝えてやりなさい」
「承知しました。アユトさんは判断力、行動力、発想力などやはりランクAに不可欠な要素が欠けています。実力不足というより経験不足というのが私の意見です。今回の物語にいたっては厳しいようですがかなり評価が低いと思われます」
淡々とアイは意見を述べた。全て正しい事なので俺は何も反論がない。
「聞いての通りじゃアユト君。君はまだランクAにふさわしくはない」
心では覚悟していたはずなのに強烈に落ち込むのを抑えられない。駄目だろうと自分に言い聞かせているのにほんの少しだけの期待が残っていたせいだろう。本当に俺もまだまだだなと反省しているとマユミがいつもの威勢はなく遠慮がちに口を開く。
「……もう一度アユトにチャンスを与えてあげてはどうかしら」
絶望とまではいかないがそれに近い状態の俺に少しだけ光がさす。マユミに対して笑みを向けるアイは小さく頷いた。
「そうですね。おじい様、アユトさんにもう一度チャンスを与えてみるのも面白いのかも知れません。アユトさんの十分に熱意は感じられました」
うつむき加減の俺はすぐに顔を上げる。
「ほう。お前がそういうのならアユト君はやはり見込みがあるのだな」
ゲンブはアイの人を見る目を信頼しきっているようだった。俺にとっては願ってもない事だった。期待感が急激に膨らむ。
「よし。じゃあアユト君にはもう一度チャンスをあげよう。次のジャンルはそうじゃな……ファンタジーで指揮をとってもらう」
「はい! 今回の経験を活かし必ず物語を成功させます! 機会を頂きありがとうございます!」
全く予期していなかった展開に俺は勢いよく意気込みを表した。
その後の予定は日を改めて連絡するということに決まったので俺とマユミは部屋を後にした。
俺とマユミは並んでこの建物の出口へ向かう。すると隣で肩を並べて歩くマユミが前だけを見て呟いた。
「アユトにファンタジーは荷が重いと思うのだけれど……」
「荷が重いのは分かっているさ。でもなんとかしてみせる」
次は必ず。
「今回のように権限放棄しようとしたら私が容赦しないから」
「わかっているよ。お前のビンタはもうこりごりだ」
あんな真剣なマユミをもう一度見てみたいって好奇心もある。
「結果として今回はあなたを騙していたわ。恨まれる筋合いなどないけど……文句があるなら聞いてあげるわ」
「いいさ。それが仕事だったんだろ」
「何を笑っているのかしら? 気持ち悪い」
俺達の仕事は他人を騙すようなものだ。
「とにかくお前と仕事が出来て楽しかったよ」
「私はあなたの邪魔しかしてないのだけれど?」
「それも含んで楽しかったって言っているんだ」
マユミの奇怪な行動も思い返せば面白い。
「……私もあなたと仕事が出来て……嬉しかった」
「んっ。最後なんて言った?」
「なんでもない!」
なんで怒っているんだろうか。
「とにかくありがとう。マユミのライバルになれるように努力するよ」
「……当然よ馬鹿」
俺達は建物を出ると別々の道へ向かった。マユミと別れた俺は自宅へと帰るために駅を目指す。駅の構内では早朝とは違い落ち着いている雰囲気だった。そして並ばずに機械で切符を購入していると後ろから声をかけられた。
「アユトさん」
声自体は知っているのだが言い方が全く違う。慣れない口調だ
「こんな所でどうしたんだ?」
偽者ではなく本物の彼女へと俺は振り返った。演じている彼女しか知らなかった俺は今でもまだ戸惑ってしまう。警戒しているというのが正しいのかもしれない。
「アユトさんにお聞きしたい事がありまして追いかけてきました」
言いたい事とはなんだろう。
駅のアナウンスや電車の音を聞き入れながら俺は首を傾げた。
「次に空いている日はいつですか?」
彼女は表情を変えないまま俺を見つめている。空いている日もなにも次の仕事が来るまでは休みみたいなものだ。俺は空白の予定をそのまま伝えた。
「そうですか。でしたら明日にでも私と出かけましょう」
「……なぜ?」
「私はアユトさんを好きではありませんが興味はあります。理由はそれだけです」
「え?」
彼女は折りたたんだ紙を俺に渡してくる。開くと番号が並んでいた。
「楽しみにしています」
演じている彼女とは違い自分の意見を淡々と主張すると振り返って帰ってしまった。
取り残された俺は電話番号が書かれた紙を掴んで呆然と彼女の後姿を眺める。
そして訳の分からない俺はひとまず吐息をついて小さく呟く。
「事実は小説より奇なりという事なのかな?」
最後までお付き合い頂きありがとうございます。
少しでも楽しんで貰えたのなら嬉しいです。
最後の彼女は出雲かなでかアイで分からなくしていますが、個人的には出雲かなでがいいですね。
ともかく、ありがとうございました。




