第5話 Bを選んだら地獄行きよ
校門を通り抜けると無駄に広そうだと分かる敷地が広がっていた。俺はとりあえず学校の雰囲気を眺めながら教室に行ってみることにした。
歴史があるのか古い校舎に入り階段を上がると教室に入った。学校には誰もいない。
寂しげに並べられた机と椅子の傍を通り抜けて窓際まで歩み寄った。
教室の窓を開け学校のグラウンドを見下しながら腕を組んだ。さあ一体どんな展開で物語を進めようかな。ラブコメとはどういうものかを一から考えなくてはならない。
一般的な知識だとギャグ要素が多い恋愛だと言える。本格的な恋愛の話に慣れていない人達も入りやすいジャンルだ。
「アユトさんすみません……少し席を外してよろしいですか?」
振り返るとアイがスカートを掴み両足の内太ももをこすり合わせている。くねくねと身体を動かす姿を見て俺は察した。女心には疎いがアイの伝えたい内容はさすがに分かる。
余計な贅肉の言葉を付け足さず小さく頷く。合図を受け取ったアイはすぐに廊下を駆けて行った。
誰もいない校舎で慌てた足音だけが響き遠のいていく。アイを見送った俺は再び窓からの景色を眺めながら思考の世界へ戻る。
すると数分も立たず背後からこちらに近づく足音が聞こえた。落ち着いた靴音はリズムを奏でている。振り返る必要は無い。アイが帰って来たのだろう。別に急がなくてもいいのに。トイレぐらいゆっくり済ませばいい。
「誰もいない教室。開け放たれた窓。差し込む夕日。この状況下であなたに選択肢をあげるわ」
油断していた俺に対して聞き覚えのある声が背中に当たる。アイじゃない冷静で大人びた口調はすぐに誰の声なのか分かった。
「A、旧友と挨拶する、B、興奮を隠しきれず私の唇を奪う」
どういう選択肢だよ。相変わらず訳が分からん。俺はゆっくり振り返った。
なぜここにこいつがいるのだろうかと一瞬だけ考えたがすぐに予想はついた。こいつがこの世界を訪れても不思議ではない。
「久しぶりだなマユミ。お前と会うのは半年振りくらいか?」
腰まで伸びる艶がある黒髪。鼻筋が高く、大きな瞳はこちらを観察するような視線を向けている。同年代の男子に高嶺の花と称されるマユミは大げさに肩を落とす動作をした。
選択肢に関して言えば結果的にAを選択している。当たり前のことだが。
「はぁ……本当にあなたは根性なしね……可哀想な人。少なからず同情してあげるわ。私の同情心を快く受け取りなさい」
なぜ俺は同情されているのでしょうか。マユミに皮肉を言われる筋合いなどないのですが? あれっ? 何か気に障る事でも言いましたか?
身に覚えの無い同情に少しだけ苛立ちが芽生える。マユミから可哀想な目で俺を見ている。拒否反応を示す瞳は睨んでいる。物凄く不機嫌そうに睨んでいる。おそらくマユミは俺が間違った選択肢を出したと決めつけているようだ。
マユミは昔から面倒な奴だ。親しいつもりだが仲がいいのか悪いのか分からない。
「そんなに睨むなよ……怖いから……もしかしてBを選んだほうがよかったのか?」
「Bを選んだら地獄行きよ。馬鹿なの? 阿呆なの? 暴漢主義者なの?」
「えっと……自分は暴漢ではないと思いますが?」
顎を軽く上げこちらを見下すように告げる。殺気をも含ませた瞳はこちらを凍りつかせて死に至らしめる魔法が含まれていた。身の危険を少しだけ悟った俺は心の中で叫ぶ。
じゃあそもそも選択肢として出すな! 一択ですよね!?
「それはそうとチキン君。先日の久しぶりに掛けてきた電話は何だったの? あなた風情が私に連絡を寄こすのは珍しいの一言に尽きるのだけれども。どうでもいい話なら内容は聞かないでおくわ」
何でいきなりチキン君!? 俺はから揚げのマスコットキャラではない!
喉元まで反論の言葉が出そうになるがぎりぎり耐えた。
なぜならマユミの発言にいちいちツッコミを入れていたら話が進まない。これは俺がマユミとの長い付き合いで得た知識の一つだ。
「……電話したのは俺がランクAになったのをお前に伝えたかっただけだ」
「おめでとう。お祝いの言葉を心からあなたに送るわ。これまでの功績が認められたようね。素晴らしいわ。本当におめでとう。あなたほどの人材なら認められて当然だと私は心の奥の底の方で少しだけ思うわ」
無表情で祝いの言葉を並べられても全くお祝いされている感じがしなかった。
拍手くらいしても罰が当たらないと思いますよー。あと心の底の奥の方って心って複雑なんですねー。繊細なマユミさんに俺はため息ものですよ。はい。
こんな事なら電話が繋がらなくて良かったかも知れない。おそらく、いや確実に今と同じような反応だっただろう。
「まぁとりあえず今回の仕事は同じランクAとしてよろしく頼む。俺はなったばかりだからランクAの先輩であるお前に頼らせてもらうよ」
俺は今回の物語のもう一人のランクAであるマユミに形式的に挨拶をする。ファイルに記載されていたランクAは俺とマユミだった。
「あなたは本当に気持ち悪いわ」
「ちょっと待て。なぜそこで気持ち悪いという発言が出る!? どういう脈絡!?」
「自覚がないというのも重罪なのだけれども……付き合いが長いから許してあげるわ。私じゃなければ嫌われてもおかしくない発言だわ。命拾いしたわね」
本当にマユミの考えていることは理解できない。もしかして俺は嫌われているのだろうかと弱音を吐きたい気分だった。
幼馴染であるマユミは俺と年が変わらないのに脇役の頂点であるランクAを取得していた。脇役業界最年少でランクAとなったのはマユミなのだ。
業界内では奇才の美少女なんて噂されている。実際の所では俺自身もマユミの功績を認めている。マユミが作る物語は斬新さと奥ゆかしさを兼ね備えられており素晴らしい作品を数々生み出しているのだ。




