第48話 俺も出雲さんが好きだ
帰宅する俺はゆっくりと歩いていた。
空を見上げると沈みゆく太陽を追いかけるように雲が流れている。視線を横に向けると隣には出雲かなでが肩を並べていた。
辺りを見渡すと同じ学校の生徒はいない。すれ違うのは会社帰りのサラリーマンや夕飯の買い物袋を下げた女性が多かった。
生徒会は球技大会の後片付けをしてから祝勝会を行ったので時間的に同じ生徒がいないのは当たり前だった。
生徒会以外の生徒達はすでに帰宅した後だろう。学校の行事が球技大会ということもあり部活なども今日は休みになっていた。
今日の帰り道は出雲かなでと二人きりだ。いつもは佐伯裕樹も一緒なのだが用事があるというので今の状況に至っている。佐伯裕樹は校門を出た辺りで自宅と全く違う方向へ走り去って行った。
佐伯裕樹に予定が無いのは知っていた。主人公が友達と遊ぶにしても家庭の用事だとしてもすべて俺の耳に入るのだ。
主人公の動向はすべてチェックしているので間違いはない。
「あっ、あの、さっ、最近はどんな絵を書いているんでしょうか……」
主人公の不可解な行動について黙って考えていると遠慮がちに出雲かなでが話題を切り出す。徐々にボリュームを下げていく聞き方だった。
「残念だけど最近は忙しくて絵を書けていないんだ」
俺は当然のように話を合わす。出雲かなでとは友人関係を保つ必要があるからだ。
だが、実を言うと俺と出雲かなでの二人きりの帰宅はあまり盛り上がっていると言えなかった。
理由は佐伯裕樹の行動が気がかりでるのも事実だが、出雲かなでと二人きりで帰るのはなんのメリットもない。ただしデメリットもない。
出雲かなでにいたっては終始おどおどとした雰囲気だった。今、俺の隣にいる出雲かなでは初対面の頃の出雲かなでのようだ。最近では少し打ち解けてきたと感じていた俺は少しだけ混乱してしまう。
「すっ、少し疲れました。きゅっ、休憩しませんか?」
機械的に世間話をしていると出雲かなでが指をさす。目線を先に向けると小さな公園のベンチが寂しく設置されていた。ベンチに座りませんかと誘われたようだ。
どうしようか。この雰囲気は嫌な予感しかしない。俺としては早く出雲かなでと別れたい。しかしこの状況では難しい。俺は出雲かなでを応援していた立場だ。急に冷たくすれば出雲かなでに何か勘繰られる恐れもあった。
「そうだね。球技大会での疲れが残っているだろうから少し休んでいこうか」
俺の肯定に出雲かなでが小さく頷いたあと、二人は絶妙な距離感でベンチに腰掛けた。すると何かのスイッチが入ったように出雲かなでが俺を見つめる。
「あっ、あのっ。今日の球技大会で、わっ、私は頑張っていましたか?」
「えっ……ああ、頑張っていたよ。俺だけじゃなくみんなもそう思っていると思う」
出雲かなでにはめずらしい勢いのある切り出しに反応が少し遅れた。ゆったりと時間が過ぎていき誰もいない小さな公園の電灯がつく。
出雲かなでは膝を両手で乱暴に掴み太ももをすり合わせ続けている。
「がっ、頑張ったのなら……ごっ、ご褒美……」
あまりにも小さな囁きだったので聞こえなかった。薄暗くなってきた公園で俺は出雲かなでに「なんて言ったの?」と問いかける。
すると次は力強く胸の前で両手を組んだ出雲かなでは俺に接近してくる。
「私はアユトさんからご褒美が欲しいんですっ!」
俺の肩に触れそうなほど顔を寄せて上目遣いで見つめられる。さらに出雲かなでの大きな瞳はなぜか潤んでいた。もちろん俺は焦ってしまう。同時に嫌な予感がほんの少しだけ頭をよぎった。
「ご褒美って……もしかして……あれの事?」
濁した言い方に出雲かなでは大きく頷く。
なぜ出雲かなでが俺からご褒美が欲しいのか意味が分からない。
あまりにも接近され、なおかつ見た目は十分に美少女な出雲かなでに上目遣いで見つめられているので自然に視線を外すしかなかった。心臓の鼓動が脈打つのが分かる。女性関係に慣れていない自分は脇役失格だなと蔑んだ。
「だっ、駄目でしょうか……」
「いやっ、ちょっと待って。駄目ではないけど……」
出雲かなでが哀しさを表すと俺は慌てたように出雲かなでに手をかざした。すると出雲かなでは静かに語り出した。
「わっ、私は自分の臆病な性格が嫌いでした。本当は球技大会にも出たくはありませんでした。でっ、でもアユトさんの励ましや応援があったから私は頑張ることが出来ました。それで気づいたんです。自分の臆病は一生変わらないと思うのは間違いなのかも知れないと。だから私は今日の頑張りを忘れたくないんです……そのためにアユトさんのご褒美が必要なんですっ!」
出雲かなでの内面は変わり始めている。
それは俺にとっても応援したいと思う気持ちはあるのだが俺からご褒美をもらう意味が分からなかった。出来ればその思いを主人公に向けて欲しい。
もしかして何かのおまじないの意味合いがあるのだろうか。確かに球技大会の出雲かなでは予想を大幅に上回る頑張りを見せていた。ご褒美をもらうに等しい頑張りだった。
だが、俺は決してキスをするわけにはいかない。
なぜなら出雲かなではヒロイン。俺は脇役だからだ。恥ずかしいから無理などの理由を覆いつくすほどの強大な制約がある。
「他のご褒美じゃ駄目かな……」
俺は笑顔を作りながら他の道を探った。すると出雲かなでの表情が一瞬にして曇った。
「やっ、やっぱり駄目ですよね……すみません! ご迷惑でしたよね!」
急に立ち上がる出雲かなでは俺に表情を見せないようしている。俺は哀しげな横顔を見るとすぐに同じように立ち上がる。そして出雲かなでの頭を優しくなでた。
「じゃあ出雲さんが前向きな気持ちを持ち続けていたらご褒美をあげるよ。だから今回はこれで勘弁してくれないかな?」
「……ふゃ、ふゃい」
いきなり触られて驚く出雲かなでは声を裏返した。
「約束するよ」
「やっ、約束ですからね!」
地面と俺を交互に見つめている出雲かなでは照れたように笑っていた。
そして月日は流れ物語の最終日となった。
球技大会以降から物語の構成を見直し、さらにはフウキさんの奇抜な意見を取り入れながら俺はランクAとして努力してきた。
遊園地での主人公とヒロインのデートやプール事件やら色々とイベントを行ってきた。
だが結局、出雲かなでは恋愛的に佐伯裕樹を好きになることはなかった。
俺は今、ある人物に呼び出されて屋上に来ている。
天気は快晴。初夏の日差しは容赦なく俺を照らしている。俺は鉄格子に肘をかけ、グラウンドを見下ろした。
一学期の終業式が終わったばかりなのに運動部の演者達はすでに部活動に励んでいる。暑い中でよくあんなに動けるなとぼんやり感心していると屋上の扉が開くのが耳に入った。
俺はあえて気づかないふりをした。俺は空を見上げ、なぜこうなってしまったのだろうと考える。
その兆候に気づいたのはやはり球技大会の終わりからだった。嫌な予感が的中したのは演者の俺にとっては不幸だった。
「あっあの、お待たせしてすみません」
丁寧にお辞儀する呼び出した張本人は階段を駆け上がってきたのだろうか肩で息をしている。
俺が待ってはいないと一言投げかけると出雲かなでは胸を撫で下ろしたようだった。
球技大会の後ぐらいからの出雲かなでの接近は凄まじかった。俺にお弁当を作ってきてくれたり、休日はどこかいきませんかと聞かれたことは一回や二回ではなかった。
積極性が増したのはいい事だとは思う。
本当になぜこうなってしまったのだろう。
「わっわたし、アユトさんに伝えたい事があるんですっ!」
下駄箱の手紙に書かかれていた内容を繰り返される。あれはラブレターというやつなのだろうか。いまどき古風なやり方だなと俺は丸文字を眺めながら思ったのが今朝の話だ。
可愛い女子生徒にラブレターを贈られるのは個人的には最高の場面なのだが、脇役の演者にとっては最低の結果だった。
出雲かなでは勇気が出ないのか次の言葉が出てこない。俺は催促せずに黙って待っていた。俺の勘違いであってほしいなど楽観的に考えている。
主人公を好きになったので手伝ってもらえませんかと言ってはくれないかな。
「私はアユトさんが好きです!」
湿った風が出雲かなでのくせっ毛を揺らす。必死で自分の想いを打ち明けた出雲かなではなぜか泣きそうな表情をしている。
俺のどこに魅力を感じたのだろうか。俺はどう答えればいいのだろうか。俺はランクAとしてどういう選択をすれば正しいのだろうか。
次の対応に慎重になればなるほど言葉が出なかった。
「すっすみません……アユトさんを困らせているようですね……」
何も言わないせいか出雲かなでは表情を暗くした。確かに困らせているのは事実だ。営業妨害とも言える。
「困ってはいない。出雲さんの気持ちは素直にうれしいよ」
「じゃ、じゃあ私とお付き合いしていただけませんか?」
必死な眼差しが俺に刺さる。出雲かなでの赤く火照った顔を窺うと最大限の勇気を振り絞っているのが分かる。無責任なことを言えない雰囲気となっていた。
本日でこの物語も終わってしまう。結果から言えば失敗に終わったのは周知の事実だろう。物語では想定外のことが立て続けに起こり俺はうまく対処できなかった。
自分の実力が乏しかったのが一番の原因だ。
恐らくこの仕事の結果で俺はランクAから降格されるのは間違いない。
でもそれでも構わない。俺は信念を持って仕事に取り組んだ。後悔はない。この結果を受け止めてまたランクAに返り咲いてやるという強い気持ちを持っていた。
ある意味で開き直った俺は自然と笑みをこぼしながら出雲かなでに近づいた。
「アユトさん……」
肩を掴まれた出雲かなでは視線を合わすのが恥ずかしいのか上下左右に瞳を泳がしている。
そして俺はランクAの脇役ではなく物語のアユトとして出雲かなでに想いを答えてあげた。
「俺も出雲さんが好きだ。俺でよければ付き合ってくれないかな?」
不安から解放された出雲かなでは涙を流して「もちろんです」と答えてくれた。
ここまでお付き合い頂きありがとうございます。
もう少しだけ続きますので最後まで付き合って貰えたら嬉しいです。




