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脇役の苦悩を主人公は知らない!?  作者: 竜宮


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第34話 逃げないで下さい!

 カーテンの隙間からは眩しい日差しが室内へと飛び込んできている。

 暑くもなく寒くもなく快適な日だ。ただ、俺の心は今にも雨が降り出しそうな曇り空の気分だった。制服の上着を着るのも身体がだるい。

 正直、他の演者に合わせる顔がない。

 しかしこれ以上マユミとの約束を破るわけにもいかなかった。どれだけ惨めだとしても幼馴染のマユミを悲しませるのは嫌だ。嫌われるのが恐いのではない。

 自分を嫌いになるのが恐かったのだ。


「アユトさん。おはようございます」


 リビングの扉を開けると俺の為に律儀に朝食を準備してくれている母親役の女性が声をかけてきた。俺は顔を見ずに「おはようございます」と不愛想に返した。


「……どうされたのですか?」


 テーブルに腰掛けたタイミングで朝食を持ってきた仮の母親は、自分の頬を触りながら訪ねる。少しだけ驚いた要素を言葉に含んでいた。


「気にしないで下さい」


 少しだけ冷たいような気もしたが目もあわせずに突き放す。説明する義理もないし他人に説明する気分でもなかった。

 微妙な俺の雰囲気を察してか仮の母親はもうそれ以上何も聞かなかった。

 テレビも付けず静まり返るリビングで朝食を食べ終えた。

 マユミの「諦めたら殺す」という言葉を何度も繰り返す。朝食は作業的に口に運んでいただけなので味は分からなかった。

 顎を動かす度に頬をビンタされた箇所に痛みが走る。

 不快だったが自業自得なのだと考えれば心が沈む。


「いってらっしゃいませ」


 学校の制服に着替ええてから玄関の扉を開けると見送る母親役の声が俺の背中に当たる。行ってきますと俺は振り向かずに答えた。

 玄関を出て空を見上げると快晴の空が広がっていた。

 果てしなく続く青さに何も感じずに眺めた後で重い両足を動かす。


「アーユトさーん!」


 最初の曲がり角で青色の物体に声をかけられた。

 青色のジャケットを羽織っており、青色のお嬢様風のふんわりとしたミニスカート。さらに青色の靴下は膝まで伸びており青色のスニーカーで地面を掴んでいた。

 ツインテールのリボンも青だ。どの青も若干に色合いが違っているがいつも通り分からない。


「なんでお前がいるんだ……」


 俺は下着も高い確率で青だと予想できるアイに向けて呆れる。今日は平日のはずなのに私服で住宅街をうろうろしているのはおかしい。


「えー。その腫れたほっぺはどうしたんですかー!? 事件!? 事件なのですか!?」


 相変わらず言葉のキャッチボールがうまくいかない。

 アイは唇に手を当てると開いた口が塞がらないという動きを見せる。三文芝居を見せつけられているようで少し腹が立った。俺に余裕が無い証拠だ。


「気にするな。それよりなんで私服のアイが俺を待ち伏せているんだ?」


「気になります!」


「……もしかして俺が家から出てくるまでずっと待っていたのか?」


「気になりますー。隠されると余計に気になりますー! 本能が情報を欲しています!」


 俺の質問には一切気にしてくれない。アイから心配そうな視線を送られるのも鬱陶しかった。。

 俺はアイをとりあえず無視して再び学校へと歩き出した。

「待ってくださいよー」と少しだけ拗ねた声を出したアイは後を追ってくる。

 二人並んで住宅街を歩きながらアイの会話をすべて無視していた。ここまで徹底すればさすがに雰囲気を読み取ったのか俺の最初の質問に回答する。


「今日は中学校が休みなんでアユトさんに会いに来たんですよ。ちょうど私も早朝に出かける用事があったので……タイミングよく出会えてよかったです」


 無視され続けてショックなのか声に元気はなかった。俯いた瞳は震えているようだ。


「そうだったのか」


 さすがに可哀想になった俺は仕方なくマユミとの今朝の一件をアイに話した。

 ただしビンタされたのはさっきの事ではなく昨日の夜という事にしておいた。

 朝から俺の部屋にマユミが居たという事実は変な誤解を生み出しそうで恐かったからだ。


「アイ。お前はどう思う?」


 客観的な意見も聞いてみたかったのでアイに感想を求めてみる。

 物語の指揮を取る俺は自分なりに頑張ったが結局なにも成果を残せてはいない。破綻する結果が見えているのであれば早く諦めた方が出演する演者達の為ではないかと考えていた。つまらない物語を演じるのは脇役だって苦痛なのだ。

 俺の考えは決して間違っていない。


「私はあのむっつり女を許せません!」


 やはりアイは俺の味方だ。俺がこんなに努力しているのにマユミは何も手伝おうともせずに好き勝手やっている。助言も何もしてくれないのに俺に向かって諦めたら殺すなんて言うのは無責任だ。

 どうやらアイは俺と同じように諦めるという決心が正しいと思ってくれているようだ。

 情けなさが込み上げるが気持ちを分かってくれるのはありがたかった。


「お前はそう思うか?」


「はい。アユトさんのかっこいい顔に翌日まで残るような傷を負わせた事が許せません。あっでも、アユトさんのすべすべの頬を触れたことは正直うらやましいです」


 アイは怒った表情から悔しそうな表情へ変換させる。


「ちょっと待て。俺が聞いているのはビンタの話じゃない。潔く物語を諦めるという話の感想を聞いている」


「あっ、そっちですか!」


 会話の脈絡を辿れば気づくだろうとアイの独特な思考にため息を吐いた。まあそれも個性の一部ではある。アイらしいと言えばそれまでだ。

 会話の軌道修正が済むとアイは少し考え込んだ。恐らく自分の考えをまとめているのだろう。

 アイがうーんと考えている間、きっとアイは俺の味方になってくれるだろうと期待していた。アユトさんは頑張っているのに努力が評価に繋がらないなんておかしい、アユトさんの実力はこんなもんじゃないなどの励ましの言葉をきっとかけてくれる。

 だが、俺の期待は見事に裏切られた。


「アユトさんが責任から逃げているだけだと思います」


 期待と真逆の答えに心臓の鼓動がドクンと身体を震わせた。

 言葉が出ない。俺はアイの大きな瞳を覗き込む。驚いている俺に構わずにアイは続ける。


「むっつり女の言っている事が正しいです。私も任せられた仕事を途中で放棄するような無責任な人は信頼できません。実力や経歴以前に心構えから鍛えなおした方がいいですね」


 淡々と自分の主張を語るアイの意見はもっともだった。俺は反す言葉が見つからず黙るしか出来なかった。真っすぐな目から目を逸らさないように必死に我慢した。


「今のアユトさんは辛い仕事や責任から早く解放されたくて必死なんだと思います。弱音を吐くのはいいですが完全に諦めるのはどうかと思いますよ」


 仕事や責任から早く解放されたい。アイの指摘が俺の心に重くのしかかる。


「アユトさん。まだ諦めるのは早いですよ!」


 アイの言葉は正しいのだと頭では分かる。俺だって馬鹿じゃない。しかし分かっているけど負の感情を抑えられずにいた。皮肉が抑えられない程に俺はおかしくなっていた。

 自然と拳を固く握ってしまう。


「まだランクBのお前に何が分かるんだ! ランクAの責任の重さを知らないくせに……いい加減な事を偉そうに言うな!」


「アユトさん……」


 後輩にこんなにも好き放題言われて悔しくないのかと言う自問自答から忘れかけていた闘志の炎が点火する。


「本当に好き放題言ってくれる……お前に俺の気持ちなんて分からない! 何のコネもなく努力だけでここまで頑張ってきたんだ! お前のように両親や祖父の権力を使って脇役の世界に入った訳じゃないだ!」


 俺は学校のすぐそばの交差点で立ち止まったアイを睨み続ける。真剣な表情のアイは俺の目から決して視線を外さない。敵対の意思はないのか少し悲しげな雰囲気を纏っている。


「アユトさんの気持ちは私には分かりません! でもアユトさんの気持ちを分かろうと必死で努力はしています! たしかに少し失礼な発言を致しましたが私の紛れもない意見です」


「嘘をつくな!」


 するとアイは俺の制服の胸元を両手で握ってくる。見上げる瞳には涙を浮かべていた。


「私はアユトさんに諦めてほしくないんです! アユトさん。何を恐れているんですか!? ランクAの剥奪ですか!? 演者達から嫌われてしまう事ですか!? それとも世間の評価が悪くなる事ですか!? そんなの関係ありませんよ! アユトさんの信念を貫けばそれでいいじゃないですか!?」


「信念……」


「私は困難に立ち向かうアユトさんが大好きなんですっ!」


「アイ……」


「私はアユトさんが脇役の仕事に誇りを持っているのも知っています! 真剣に取り組んでいるのも知っています! だから……だから……」


「アユトさんだけの信念から逃げないで下さい!」


 アイが俺を心配してくれているという気持ちが痛いほど伝わってくる。

 今日も俺が心配で仕事を放り出して様子を見に来てくれたのだろう。

 俺の胸に抱きついて泣き出したアイを見ていると心の枷がすっと消えていくようだ。

 どうやら俺はアイの優しさも分からなくなるほどに自分自身を追い詰められていたらしい。

 俺は馬鹿だ。自分の事ばかりしか考えていなかった大馬鹿だ。

 こんな情けない俺に期待してくれる人だってまだいるじゃないか。信じてくれる人がいるじゃないか。

 アイの強い思いが俺の心を響かせる。自分に絡み付いていたプライドや仕事に対する固執した義務感が剥ぎ取られていく。 

 この仕事を始める前はランクAとしての意気込みや期待感が湧き出ていた。いや、始める前ではない。子供の時からだ。この脇役の世界に入った時に誓ったはずだ。

 どんな仕事でも決して諦めずに立ち向かうという決意。

 いったい俺は何を恐れていたのだろうか。子供の頃の俺が今の情けない俺を見ればなんと言うだろう。塞ぎ込んで己の道を見失った俺に文句をぶつけるはずだ。

 アイの言う通り悪評や仕事が無くなるなんて気にしなくていいじゃないか。

 自分の信念を貫く。それだけで満足だろう。

 仮に結果が駄目だったとしても全ての責任を取ればいい。自分の実力だと認めるしかないじゃないか。やり遂げてからでも悔やむことは出来る。後悔なんて先送りにしろ。

 まだ終わっていない。マユミに馬鹿にされたままで終われるか!


「……アユトさんがもし脇役の仕事が出来なくなっても……私が、やっ、養って差し上げますよ……」


「ふっ……はははっ。それもいいかもな」


 急にアイは突拍子もないことを言い出したので笑いが込み上げてくる。

 心の中で焦りや不安や葛藤が吹っ切れた。そうだ。何も難しく考える必要なんてない。俺が実力不足なのは分かっていたはずだ。

 まだランクAになったばかり。始めから何もかも上手くいくわけなんてない。実力がないからこそ、これまでがむしゃらに考えて必死に闘ってきた。


「アユトさん!? そんなに面白いですか!?」


「ごめんな。悪くないお誘いだと思って」


 アイは脇役業界の重鎮の孫。つまりお嬢様だ。そうすれば俺は働かなくても、衣、食、住には困る必要が無くなるだろう。

 俺はあり得ない未来を少しだけ想像すると時計に目を落とす。そろそろ登校しなければならない時間を指していた。


「それってもしかして、こっ、婚約の約束で……」


 俺は励ましてくれたアイの小さな身体を力強く抱きしめる。


「アユトさん!?」


「ありがとうアイ。なんだか気持ちが軽くなった。アイが後輩で良かった」


 俺は急に抱きしめられた余韻で放心状態のアイを置き去りに校門へと走らせた。

 見上げると快晴の空が自分の気持ちを表すように、雲ひとつない空を継続してくれていた。

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