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脇役の苦悩を主人公は知らない!?  作者: 竜宮


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第30話 誰にも言わないでくれ!

 俺は視界から入る情報は皆無に等しいほどの暗闇に身を委ねていた。

 心臓の鼓動が通常より高まる。呼吸の音を殺すためにゆっくりと出し入れしているのでかなり息苦しい。

 同じ境遇のツインテール少女は緊張している俺とは対象的に鼻息を荒くしていた。

 アイと俺は二人で入るには狭すぎる場所で身体を密着している。つまり俺たち二人は抱き合っている体勢となっていた。

 ただ、抱き合っているといっても俺は両手を上へ挙げているので正確に言えばアイに抱きつかれているというのが正しいだろう。

 俺とアイは生徒会室の狭い掃除箱の中にいた。


「鍵が開いているのに誰もいないね」


 自分の鞄から生徒会室の鍵を取り出したが使う必要がなかった佐伯裕樹は掃除箱の外側で些細な疑問を口にした。

 結果として、鍵を取り出すほんの数分が部屋の中に居る俺達に隠れる時間を与えてくれたのだ。

 佐伯裕樹と出雲かなでの気配を感じてアイを隠さなければと焦った俺は生徒会室をさっと見渡した。そして部屋の隅に位置する長方形の掃除箱を視界に捕らえる。

 そこしかないと判断した俺はアイの背中を押して掃除箱へと急いで誘導するとここで隠れていろと耳打ちをしたのだ。

 そこまでは良かった。しかしアイを掃除箱へと押し込もうとした時いきなり俺の腕を掴まれ一緒に掃除箱の中へと引きずり込まれたのだった。


「そっ、それより、さっき何か大きな音が、きっ聞こえませんでしたか?」


「確かに聞こえたけど……」


 二人の声だけしか聞こえず身動きが取れない。

 やばい。この状況はさっきよりやばい。暗闇では確認する事は出来ないがアイの衣服は、自らの奇行ではだけたままの状態だろう。もし掃除箱の扉を開けられてしまったらどう言い訳すればいいんだ。後戻り出来なくなる。

 今までの人生経験を全力で活かして言い訳を作り上げる。脈拍が急上昇するのを止める事は出来ない。背中は汗ばんで気持ち悪い。

 そんな中、キーンという金属バットの音が聞こえてきた。


「……さっきの音は野球部の練習の音じゃないかな?」


 佐伯裕樹が言った自分の推理に対して出雲かなでは「そうですね」と同意してくれた。どうやら野球部の金属音だったと勘違いをしてくれたようだ。

 俺は胸をひとまず撫で下ろす。

 金属バットがボールを打つ音とは明らかに違ったような気もするが、佐伯裕樹と出雲かなでにとっては不可解な音はそれほど議論する余地のない話だったのだろう。

 とにかく助かった。吐息をもらす俺は野球部ありがとうと決して言葉にはせず感謝の気持ちだけを送った。


「アユトさんの身体って温かいですー」


 ひとまず掃除箱を開けられる危険が無くなったのはいいのだが、俺の緊張感とは真逆の声色で囁くアイはこの状況を楽しんでいるようだった。

 その証拠に俺の胸にさらに強く抱きついてきている。

 この無邪気な女の子は誰のせいでこうなったのか分かっているのだろうか。

 アイの未発達な胸を押し付けられている状態。小さくても意外と柔らかな感触を意識の外側へ向ける努力を強いられ「あまり強く身体を締め付けるな」と声を落として注意した。


「アユトの鞄があるって事はどこかに行っているのかな?」


「すっ、すぐに戻ってくるかも知れませんね」


 佐伯裕樹は机の上に置かれていた俺の鞄を確認したのだろう。

 どうするべきか考えなければならない。聞き耳を立てながらこの場所から安全に抜け出す方法はないかと高速で考えを巡らせていた。


「あっ、あの……恥ずかしいんですけど……」


 出雲かなでは佐伯裕樹との会話の流れを無視してたどたどしい声を出す。


「えっ……見ていいの?」


 佐伯裕樹が驚きを滲ませる。俺は二人の雑談らしき会話を聞き入れながらこの空間からの脱出方法を決断出来ずにいた。

 誰かに連絡を入れるべきなのだろうか。このままでは生徒会メンバーの一人である真中葵も到着するのは時間の問題だ。

 人数が増えると余計に脱出が困難になってしまう。マユミに助けを求めるとしても連絡手段がない。スマホは鞄の中で静かに眠っている。


「本当にいいの……めくるよ」


「はっ、恥ずかしいです」


 何かに対して遠慮している様子の佐伯裕樹は何かをめくろうとしているようだった。アイも外の様子に聞き耳を立てているのか、びくっと身体を動かした振動が俺の身体に伝わった。


「恥ずかしがらないで出雲さん。きっと綺麗なんだろうから」


 一体二人は何をしているのだろうか。

 暗闇に隠れたままなので想像を膨らませるしかない。


「アユトさん……恐らく二人はそういう仲にまで発展していたんですよ。出雲かなで……意外と大胆です」


 今もなお抱きついてきているアイは、なぜか興奮を上乗せしている。そういう仲とは何の事だろう。俺はアイの意図を理解できずに首を傾ける。


「そっ、そんな真剣な顔で見ないで下さい。はっ、恥ずかしいです」


「大丈夫。綺麗だよ」


 恥ずかしがっているらしい出雲かなでの声は裏返っていた。よほど恥ずかしい思いをしているのだろうか。とにかく何をしているのか全く分からない。


「アユトさん。私たちも負けてられませんよ」


 理解し難い対抗心を燃やし出したアイは抱きつくために腰に回していた手を解除して、俺の太ももを柔らかい手つきでゆっくりとさすりだした。

 やめっ、やめろ。くすぐったいだろっ。


「出雲さん……触ってみてもいいかな」


 変なスイッチが入っているアイの奇行を止めてくれと限界まで音を抑えた声で抵抗していると、掃除箱の外で佐伯裕樹が好奇心を前面に出した声が聞こえた。


「……はい」


 外側で決心した口調で佐伯裕樹の問いに答えた出雲かなでに続いて、内側のアイは俺に対する嫌がらせの手を止めて、意味不明な要求を小さく呟いてきた。


「アユトさん……私の身体も触ってください」


 アイは狭い暗闇の空間で意識がおかしくなってしまったのだろうか。

 俺は五月中旬の心地よい気温を感じられず、蒸し暑くなってきた掃除箱の中でアイに対してかなりの心配をしなければならなかった。


「あれっ? マユミとアユトはまだ来ていないの?」


 外側の様子を気にする余裕がないまま、暗闇の中でアイと沈黙を共有していると、真中葵の声が聞こえた。彼女はいつのまにか生徒会長のマユミを呼び捨てになっていた。

 生徒会長であるマユミと真中葵は当初ギスギスした関係だったが、今になってみれば互いに気を使わない仲にまで発展しているようだった。真中葵と出雲かなでは最近では真中葵の過剰なスキンシップが目に付く。


「来ていない。それより葵も見てみろよ。凄く綺麗だろ?」


 簡潔に答えた佐伯裕樹は笑顔を滲ませた声を出す。「何を?」と一声かけた葵の二人に歩み寄る足音が小さく響く。


「へー綺麗ね。どこで写生したの?」


 感心したような葵の言葉にアイが敏感に反応する。


「しゃ、しゃせいって!」


 俺はアイの身体を強引に自分の胸の辺りに押し付けて、その言葉を断ち切らせた。馬鹿、声が大きい。

 危惧していた通り、室内全体が静寂に包まれる。

 聞こえてしまったかと俺が呼吸を止めていると少しの静寂を破ったのは真中葵だった。


「何か声が聞こえなかった。たしかそっちの方から……」


 心臓が高鳴る。アイも俺の鼓動が伝わっているのか何も反応を示さない。俺の胸にアイは強く抱きしめられた状態だ。


「廊下で歩く生徒の声じゃないか?」


 幸運なことに佐伯裕樹は自分の妹役であるアイの声を聞き入れなかったようだ。

 良かった。俺はシャツの繊維を通り抜ける、アイの暖かい息を感じながら太い息を吐いた。


「まぁいいわ。それより今日はかなでちゃんに聞きたい事があるのよ」


「なっ、なんでしょうか葵さん?」


 掃除箱の中ではアイに息苦しいじゃないですかと文句を言われている所だった。もちろん俺は謝る気はさらさらない。自業自得だ。

 アイの文句には嬉しさという成分が混在していたのが少し気にかかったが、俺は勘違いと判断したのち閉鎖された世界から外界の様子を窺う。


「前からさ……ずっと気になっていたんだけど……間違っていたらごめんね。かなでちゃんってもしかして……皆からいじめられてる?」


 葵は言いよどみながら語尾を上げて質問する。

 いじめられている。言葉の意味を一瞬理解出来なかった俺はさらに全神経を耳に集中する。


「べっ、べつにいじめられていま……せん」


「葵。どういうことなんだ?」


 俺の同じ思いを抱いた佐伯裕樹は葵に詳細を求めた。


「私の勘違いだったら謝るけど……かなでちゃん。クラスの私以外の女子全員に無視されているようなのよ」


 たしかに出雲かなでが葵と生徒会長のマユミ以外の女子生徒役と話をしている場面は記憶に無いような気もする。

 佐伯裕樹は強めの口調で無視する理由を求めて真中葵に迫ったようだが私もわからないのよとは頼りない言葉を返していた。


「わっ、私は気にしていませんので、だっ、大丈夫ですよ」


 険悪な雰囲気に耐えられなくなったのか、出雲かなでは無理に明るく振舞った声を出す。無理をしている様子から、他の女子から無視をされているのは事実のようだと全員が理解する。


「全然大丈夫じゃないだろ。なぜそんな事をするのか今すぐその子達に俺が聞いてくる」


「ちょっと待ちなさいよ裕樹!」


 数人の慌しい足音が響く。続いて生徒会室の扉が勢いよく開かれる音が聞こえた。

 なぜだ。確かに俺はクラスの女子生徒役に属する演者には、ヒロイン達には普通の友達として接してくれと指示を出したはずだ。

 だから無視されるというのはありえない。

 事実ならば出雲かなでが引っ込み思案な性格のせいではなく意図的に友達が出来ない状況を作り出された事になる。

 俺は自分の考えをまとめようと必死になったが答えは出ない。歯がゆさだけが残った。


「アユトさんも行かなくていいんですか?」


 アイも想定外の事実を知った事により冷静さを取り戻したようだった。

 アイの囁くような助言はもっともなのだが、俺は佐伯裕樹をすぐにでも追いかけたいが今の状態が次の判断を迷わせていた。

 おそらく出雲かなでがまだ在室している。このままアイと二人で掃除箱から出て行くのはまずい。変な誤解はもちろん生みたくない。


「黙って考えてる時間はないですよ!」


 アイは小さく呟く事はせず俺の身体を両手で突き飛ばした。

 突き出された拍子に扉が開き、勢いよく掃除箱から飛び出した俺は床にしりもちをつく。


「ひゃ! えっ、えっ、えっ……」


 もちろん驚くはめになった出雲かなでと、床に不細工に座っている俺は不本意ながら視線を重ねてしまう。

 椅子に腰掛けた出雲かなでは大きめのスケッチブックを胸に抱きしめて瞳に雫をためていた。

 テンポ良く固まったままの俺と白いシャツがはだけたままのアイを交互に何度も確認している。


「……理由は後で話すから。この事は絶対誰にも言わないでくれ!」


 とにかくこうなった以上、今は佐伯裕樹を追いかけるのが先決だ。出雲かなでにそう言い残した俺は勢いよく立ち上がり駆け出す。

 出雲かなでの哀しい表情を見たらアイに説教をしてやるという気持ちは吹き飛んでしまった。

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