第3話 優しさの意味とは?
ランクAの認定を知ったのは今日だ。むしろ先ほどなのだ。
数分前に俺の部屋を訪ねてきたアイが知っている訳がない。首を傾げている俺を見て瞳をキラキラさせているアイが「なぜかと言えば」と前置きする。
「この件はおじい様からお聞き致しました!」
なるほどそういうことか。なら知っていても不思議ではない。
アイの祖父は脇役業界の重鎮である。多大な実績を積み重ねて脇役の世界では知らない者はいない人物だ。脇役を仕事とする俺も尊敬している一人でもある。
アイの祖父は脇役引退後にランク認定者の選考委員長を任されているのだ。
事情を理解した俺は自然と笑みを浮かべる。
祝われて嬉しくないはずなんてない。むしろ誰かにお祝いされたいと思っていたのでアイに向けて素直に感謝した。
「ありがとう。嬉しいよ」
「本当におめでたですー!」
「しかもさっき新しい仕事も入ったばかりだ。物語の責任を担うランクAでの最初の仕事になる。めちゃくちゃ気合が入るよ」
「私はアユトさんならランクAにすぐになれると思っていましたよ。一緒にお仕事頑張りましょう。アユトさんの初めて責任者となる物語に出演できるなんて光栄です。一生懸命に頑張らせていただきますのでよろしくお願い致します!」
気合いを込めたアイは元気いっぱいの共闘の宣言をした。
凛々しくしてもやはり童顔なので可愛らしい。身長の低さも相まって可愛らしく見えているのかも知れない。いや、身長が低くて子供だから可愛いとのは思い込みなのだろうか。俺を純粋に応援してくれるから可愛く映るだけなのだろうか。
いや待て、アイの分析はどうでもいい。
それよりも一緒に仕事を頑張るとはどういう意味なのだろうか。俺はなぜかアイがやる気を出すことに違和感を覚えた。
確認したい俺は荷物で届いた分厚いファイルを無言で開く。そして今回の仕事に携わる出演者一覧を確認してみる。思った通りア行にはアイの名前は印刷されていなかった。
「アイの気持ちは嬉しいがこの仕事にアイの名前は書いてないんだが?」
「で、す、か、ら、これを現場監督であり作戦指揮のアユトさんに大事なお手紙をお渡しします!」
質問の答えの代わりに差し出されたのは手紙だった。差出人を確認すると直筆でアイの祖父の名前が書かれていた。ものすごく達筆なので目を凝らさないと読み取れないが間違いなく選考委員長の名前だった。そして俺は手紙の内容を確認する。
孫を新しい仕事に参加させるように。
手紙の内容は一行のみだった。白い手紙の裏などに他の文字が書いていないかどうか確認したがやはり一文のみだった。なんだろうこれは。
手紙の右下には格式ばった判子が押されている。アイの祖父の朱印なのだろう。
「愛するアユトさんの初陣。私がサポートしなければなりませんからねっ! いやっ。これは宿命なのですよ!」
気持ちは嬉しくもあるが別にそんな心遣いはいらないんだが。しかも宿命って言葉の使い方がおかしくはないかい?
色々言いたい事はあるが哀しいことに俺に拒否権などないだろう。
理由は単純明快。脇役協会に所属する俺はアイの祖父の依頼を断れないからだ。脇役協会の重鎮の命令を断るなんて俺の立場では決して出来ない。断れば仕事が入って来ない可能性だってある。もちろん権力を振りかざしてそんな非合理な事はしないと重鎮を信じたい気持ちはある。
と言うより正直に言えば権力が恐ろしい。無茶苦茶怖い。
社会の流れに逆らえない自分の不甲斐無さに肩を落としたがすぐに前向きに考えを切り替える。理由はどうあれ俺はアイを嫌っているわけではない。むしろ一緒に仕事できるのは好ましいことではある。アイはランクBの実力者だ。心強いと思えばいいじゃないか。
「では私の配役はどう致しましょうか? アユトさんのガールフレンドでよろしいでしょうか? それとも奥さんでも構いませんが? 愛人でも全然構いません! ペットと言われるのなら猫がいいです!」
「……なんでそんなキラキラとした期待の瞳を向ける。しかも愛人はさすがに嫌だろ。愛人を演じるのは脇役の人でも少ない気がするけど?」
「覚悟の上です! 私の愛憎を捧げます!」
「なんの覚悟なの!? しかも愛憎とか怖いから!?」
目をキラキラさせながら返事を待つアイは上目遣いで両手を絡めている。いや瞳をギラつかせている気もするが気のせいだろう。うん。気のせいだと決めよう。
「うーん……まだ世界感やジャンルを確認してはいないから配役は後で決めるよ。とりあえず彼女路線は止めて置こうとは思う。物語のヒロインなら可能性はあるだろうけど……俺じゃなく主人公の彼女になるかもな」
元々出演者でないアイの配役は決まっていない。
「……本気ですか? 本当の気持ちと書いて本気ですか? もしくは本棚の気持ちの方の本気ですか?」
「いやいや。そんな信じられないような顔されても……俺はお前の発想の方が信じられないのだけれど?」
ランクAとなり現場の指揮監督を任される立場になれば配役を決定する権限がある。
だが、すべての脇役の演者を決めるわけではない。物語の規模にもよるが人数が多すぎるからだ。
物語が始まる前からある程度に脇役協会推奨の配役が演者達に決められている。そのまま利用してもいいがランクAの権限により変更も可能だ。
そういえば今回の物語はどういった内容なのだろう。アイの乱入もあって物語の大事なジャンルを確認するのを忘れていた。
俺は再度ファイルを開ける。俺の横でそのファイルを覗き込もうとアイが必死で背伸びをしていた。
二人の目線がジャンル名を探す。先に見つけたのはアイだった。
「学園ラブコメディって書いていますね」
学園ラブコメか。SF系や冒険ファンタジーなどではなかったことにひとまず安堵した。
学園ラブコメだと日常生活の延長線上なのでそれほど知識が必要とされない。
しかしSF系などでは専門的知識が膨大な量なのだ。俺やアイのように脇役たちはその物語に溶け込むために前もって舞台となる世界観の知識を蓄えておかなくてはならない。
学園ラブコメだと、街の名前、駅名、親しい人名など比較的易しいので知識習得に長くても二ヶ月程度だ。しかしSF系ともなると長くて二年はかかることになる。
舞台を宇宙に移動させるとなればもっとかかる可能性もある。実際、俺の知人はSF系の物語で敵国の天才パイロットを演じる依頼がきたため、専門的知識に加え一からのロボット操縦訓練の為に二年ほど時間をかけていた。
「良かったですね。このジャンルなら同年代のアユトさんなら楽勝ですよ」
激励してくれているアイは指先でVの字を作っていた。何が楽勝なのか分からない俺は「頑張るよ」と短い言葉を投げかける。
楽勝の根拠はどこから来ているのだろうかとは考えない。考えた所で答えなんて出ない。応援してくれるのなら全力で応えるだけだ。もちろんアイの為だけじゃない、俺自身の為にでもある。
「とりあえず俺は早速出かけようと思う。お前はどうする?」
「私は今日の予定はありません。アユトさんのお邪魔でなければご一緒します!」
「気持ちはありがたいが大丈夫だ。一人で見て回りたい気分だから今日は帰ってくれ」
「分かりました。ご一緒します」
あれ、言葉が通じないのかな。それともわざとか?
「……一人でじっくり回りたいから帰っていいぞ」
「ぜひご一緒します」
「いやだからお前が一緒だと邪魔になるからもう帰れ!」
「そうですか。ではなおさらご一緒しますー!」
アイは俺の右腕に両手を絡めてがっちり固めた。腕が折られる程の圧力が伝わる。
さらに手首の関節を捻られて暴力を主張して来る。手首と肩の関節を外されそうだ。
「ちょ! 腕が折れる! 止めて下さい! 本当にごめんなさい! ご一緒しましょうね!?」
人懐っこい雰囲気で腕を掴むアイに向かって叫ぶ。俺からお誘いするとアイは快く離れてくれた。
俺は自分に慕ってくれているだろう後輩に向けてわざと大きめのため息をついた。
アイのスキンシップはいつものことなので慣れるようにしている。痛いのは慣れないけどね。
「アユトさんは本当に優しいですね。私の気持ちを先回りしてくれます!」
アイが無邪気に微笑む。先回らされたのは俺の方なのですけれど。これが俗に言うツンデレというモノなのだろうか。怖すぎるのですけれど。
俺は優しさの本当の意味って何だろうと自分に問いかけながら瞳を閉じた。




