第26話 勘違いだ!
店内を見渡すと夕食時で家族連れが多い。子供の元気な声や笑い声がフォークやナイフの音が演奏しているようだ。
腰を下ろす俺の目の前にはテーブルの上の鉄板に置かれたハンバーグが食欲をそそる音を奏でている。ハンバーグは佐伯裕樹が注文した料理だった。
向かいに座る佐伯裕樹は俺が注文したパスタが来るまで、作りたての料理を食べないで待ってくれていた。
「そろそろ裕樹の相談を教えてくれないか。いつも通りお前の力になれるなら全力で協力させてもらう」
案の上、生徒会室に最後の到着となってしまった佐伯裕樹はマユミに棘だらけの文句で心を傷つけられた。そして生徒会の仕事が終わった帰り道に二人でファミリーレストランに来ている。
目的はもちろん聞けなかった佐伯裕樹の相談を聞くためだった。
主人公の相談は俺にとって重要度が高い。些細な相談なら問題ないのだがもし恋の相談だとしたら放って置く訳にはいかない。
例えば、ヒロインの片方を好きになってしまった場合だと物語の構成を調整しなければならないし、ヒロイン以外の女性を好きになってしまった場合は全力で阻止しなければならない。
こちらとしては脇役側の意図もあるので相談を乗る事に少し緊張感を高ぶらせている。
いったい何の相談なのだろうか。口ごもった佐伯裕樹はここまでの道のりで本当に悩みを打ち明けるべきかを考えている様子だった。かなり伝えにくい内容だと察する。
ほどよい緊張の中で俺は佐伯裕樹の心の準備が整うまで俺はじっと待っていた。
「じゃあ相談させてくれ」
「おう。で、何を悩んでいるんだ?」
「……最近……妹のアイ俺に対して冷たいんだ」
話し出した佐伯裕樹は声を押さえて悩みらしき事柄を打ち明けた。
妹とは俺のよく知るちびっ子ツインテールのアイだ。
良かった。家族の相談か。緊張感が一気に吹き飛んだ俺は自然と笑みをこぼす。
重い相談やヒロイン以外の女の子に対する恋愛相談じゃなくて助かった。
「妹が冷たいなんてどこの家庭でもあることじゃないか。思春期ならなおさらだと思うけど。でもまぁお前の妹はたしかに冷た過ぎる気もするが……」
ありきたりな慰めで佐伯裕樹を励まそうと試みると同時に俺が注文したパスタが到着した。ウエイトレスの女の子は不機嫌そうにパスタをテーブルに並べる。
俺は女の子に向かって「ありがとう」と笑みを見せる。
「裕樹もアユトも暇なの? 本当にこの店に来るなんて……」
料理を置きながらウエイトレス姿の真中葵がため息を吐き出す。
白いシャツに腰に巻かれたエプロン。真中葵は可愛らしくとは対照的にかっこよく着こなしていた。真中葵の可愛いより綺麗な容姿をしているので学校の制服よりもさらに大人びて見える。
佐伯裕樹は座ったまま微笑んだ。
「葵の頑張っている姿を見てみたいと思っていたんだ。その制服も似合っているじゃないか。とても可愛いと思うよ」
真中葵は頬を染めながらうつむく。いたって真面目に答える佐伯裕樹はさすが主人公だなと俺は感心した。
爽やかに可愛いと自然に伝えられるのが羨ましい。下心なんて無いのは分かっているがあったとしても全くいやらしさが無い。女の子が喜びそうな事をよく知っているようだ。
「別にあんたに見てもらう必要なんてないんだから! じゃあね。アユトだけごゆっくり!」
すぐさま顔を背けて真中葵はテーブルを離れていくと俺達は笑いあう。
真中葵がここで働いているのはすでに知っていた。別に真中葵が隠していたわけではないので佐伯裕樹も知っている。
ただ俺は真中葵のシフト状況や従業員なども細かい点も知っている。ちなみにこの店の従業員すべては女性である。俺がそう指示したからだ。
少し考えすぎなのかも知れないがイケメン男とバイト先で恋愛なんてされたら困るからだ。
「そういえばどんな風に妹が冷たいか言ってみろよ。どうせ大した内容ではない気もするが」
フォークを手に取り、カルボナーラの半熟卵と麺を絡ませながら具体的な説明を求めた。
おそらく妹役であるアイが中学三年生の少女を演じるため、兄を鬱陶しがっているのではないかと想像する。思春期の年頃である少女達は大半がそのような態度を兄に向けているらしいので別におかしい事ではないだろう。
まぁ俺には妹がいないので経験はないのだがあそこまでの暴力はあまりよろしくない気がする。むしろやり過ぎだ。アイが自ら人を殴る蹴るなんてしない。マユミの指示なのだろうか。
「俺が話しかけると、うざいと言われるし俺がリビングで寛いでいるとアイス買ってきてと俺を見下すように命令したりするんだ……」
「まるで妹の奴隷みたいだな。そもそも裕樹が優しくするからそうなるんだよ。あんまり甘やかすといい大人にならない気がするぞ?」
同情の笑みをこぼしながら、俺はどこの家庭でもありそうな相談を受け流す。兄貴とはそんなもんだろうと考えながら、フォークを動かして湯気をはなっている麺を口に運ぼうとした。
「でもそれが別に嫌じゃないんだ」
「……え?」
口に運び入れる動作を途中で止めて俺は間の抜けた声を出した。
「妹に命令されるのがむしろ心地よく感じてしまう自分がいる。俺の妹は兄の俺から見ても美少女だ……最近ではそんな可愛い妹に命令されたい、もっと俺を罵って欲しい、命令してほしいなんて思ってしまうんだ……」
こっちが悩みの本題かよ!
俺は麺を絡ましているフォークを皿の上に置く。
佐伯裕樹の相談は、妹が冷たいから困っているではなく、妹の冷たい態度に興奮してしまうという話だったと今まさに理解した。
アイのせいで硬派な主人公が妙な性癖に目覚めてしまっている事実に俺は内心で驚きを隠しきれない。表情に出さないのを必死に堪えるほどだ。
事前の資料には掲載されていなかったはず。俺は記憶している主人公の性格を思い出したが妹の罵声に興奮するなんて文言は見つからなかった。
しかも妹に興奮するだと。もしかして主人公は妹に恋してしまいそうになっているんじゃないのか。それは大問題すぎるぞ。物語的にも社会的にも。
いや、兄妹の愛を表現した物語はある。一定の層にも需要はあるだろう。別に否定する訳ではないが今回の物語の趣旨とはズレすぎている。複雑な恋愛はコメディ要素が足りないではないか!
「ちょっと待て裕樹。それはお前が妹想いだからだよな?」
俺は悩みの本質を理解するためにも重々しい表情を作っている佐伯裕樹にいつもより強めの声を出した。俺がそう思いたいという願いも込めているのは間違いない。
「それは関係ないと思う……もしかして俺って妹の事が好きなのかな?」
淡い期待を打ち砕かれるような回答を佐伯裕樹から聞き入れる。主人公が妹に興奮しているという事実が、俺の脳内で高波のように押し寄せると思考が浸水された。俺は冷静さを取り戻す為に一度だけゆっくりと深呼吸した。
「裕樹……それは明らかに。そして紛れもなく。確実なまでの。勘違いだ!」
勘違いの宣言をきっかけに料理が冷めてしまうのも構わずに佐伯裕樹を説得する時間が始まった。




