第20話 対等ではない
今日は帰っていいわよと全員を生徒会に加入させてみせたマユミは解散を宣言した。
生徒会の活動は明日からと説明を付け足していたが同じ脇役側の立場である俺も初耳だった。
俺に黙って勝手に決めるなと注意したいが主人公達が傍にいるので文句を飲み込むしかない。マユミの独断は今に始まった事ではないのでもう慣れてしまっている自分も存在していた。
「じゃあ帰るかアユト」
「ごめん裕樹。今日は予定があるから出雲さんと二人で帰ってくれないか?」
「そうか。分かった」
俺は主人公と出雲かなでと帰らずに一人で生徒会室に残る。マユミに文句ではなく伝えたい話があったからだった。
「とりあえずなんとか全員生徒会に加入できたな。ほぼ強制的だったような気もするけど」
二人きりとなった生徒会室でマユミに笑みを送った。俺の予定とは大幅に違ったが結果的に全員を生徒会に加入できたのなら問題はない。過程ではなく結果を評価するべきだ。マユミの無茶苦茶な勢いで達成されてしまったのは悔しい。だけど悔しい気持ちを表に出すほど子供ではなかった。実力を素直に評価するのは当然だ。
嫉妬で感情的になり事実を捻じ曲げるつもりはない。
「身を削った甲斐があったわね」
マユミが呟いた台詞は何のことかわからなかった。
何かを犠牲にしていたかなと俺は数分前の記憶を思い出した。
「もしかしてお前の過去を喋ったからか?」
マユミは無言であごを引いた。
「身を削ったか……たしかに佐伯裕樹と出雲かなでには効果があったかもな」
マユミ自身が説明した通りマユミの両親はどちらも他界している。
過去に交通事故が起こり孤独になったマユミは親戚に引き取られた。そのマユミの親戚と俺の父が親友だった。
ある日、父に連れられてマユミの親戚の家を訪問したのが俺とマユミの最初の出会いとなる。
当時のマユミは無口で俺が話しかけても何も答えてくれない少女だった。心に傷を抱えたマユミの事情を父親から聞かされていたので優しく接するようにと頼まれていた。子供の自分は心の傷なんて分からなかったけど同年代のマユミを励ましたい気持ちはあった。
マユミは昔も今も変わらず容姿は整っている。当時の俺は子供ながらに可愛い人形が生きていると思ったほどだ。
どうしてマユミは自分の過去をわざわざ語ったのかを考えてみた。
想像するに出雲かなでは自分を変えたいと考えており、佐伯裕樹は困っている人を見て見ぬ振りできないという二人の弱みに付け込んだのだろうという結論に至った。
ただ、少しだけ違和感もある。この状況は上手くいきすぎではないだろうか。
「そういえば昔のお前と似ているな」
「私が似ている? 女神に? それとも天女に?」
自分を自信満々に女神と勘違いするの凄い。全く恥ずかしげもなく自己を肯定するのも凄い。幼馴染じゃ無ければ変な人と勘違いしてもおかしくはない。
自己肯定感を自身の無い人に分けてあげて欲しいぐらいだ。
「どれだけ自意識過剰なんだよ……俺が似ているって言ったのは出雲かなでと昔のお前がだよ。お前も昔は挙動不審だったからな。話しかけても何も返してくれないし今より上品気味な無口だったよ」
久しぶりに過去を思い出したので懐かしさで笑ってしまう。子供の頃から変わり果てたマユミに慣れてしまっていたが、過去を振り返ると自然と幼いマユミと出雲かなでの印象を重なる部分が多かった。
「何を言っているのかしら……私は出雲かなでのようなぶりっ子女は大嫌いなのだけれど?」
「物語のヒロインを大嫌いになられても困るのだけど?」
「では言い換えるわ。そうね。私はぶりっ子が大嫌いなのではない。大嫌いなのがぶりっ子なのよ」
「いや言い方を変えただけだろ……」
「アユトの創造力では言葉の本質が理解できないようね。女の裸を見すぎて脳が曇ったのかしら」
想像以上に否定したマユミはこちらに睨みをきかしている。どうやらあまり好意的な話題ではないのだなと瞬時に察した。
あまり二人の印象が似ている話を拡げるのは止めた方がよさそうだ。
「……そう言えば真中葵に何を吹き込んだんだ?」
空気に重さが増したので話題転換を急いだ。
転換と言ってもなかなか気になっていたことではある。質問を受けたマユミはさっきからこちらを睨んでいる目をいつもの観察するような目に変える。
機嫌が良くなったのか「知りたいのかしら?」と唇を舐めた。もちろん「知りたい」と答える。
「女同士の秘密だから言えないわ」
マユミの不敵な笑みを浮かべる。どうやら教えてはくれないようだ。興味はあるが無理に聞きだすほどではない。むしろ追求すれば深い沼にはまりそうで怖い。
教える代わりに窓から飛び降りなさいとか平気で命令するのがマユミという幼馴染だ。
「そういえばお前の昔話には一つだけ間違いがある」
女同士の秘密とやらを聞き出すのを諦めると些細な疑問を口にした。
別に深い意味はない。
「へー。挑戦状かしら? 受けて立とうじゃない。罵倒される覚悟は出来ているのでしょうね」
「いやいや。挑戦状ではないだろう。なんでお前はいちいち会話を捻じ曲げるんだよ?」
「じゃあ何が間違いなのか簡潔に教えなさい。間違いなど無い場合はあなたを心から軽蔑するわ。人を疑うという行為にはそれほどの痛みが必要なのよ」
なぜ俺は睨まれているのだろうか。そんなに悪い話題を振った覚えはない。
「俺が言いたいのはずっと一人って部分だよ。それは間違いだ。だって俺が居たじゃないか。幼馴染の俺の存在を忘れられては困る。昔はお前とは毎日のように遊んでいただろ?」
昔のマユミは大人しくて本当に可愛かった。
俺が遊びに行くのを心から待ち望んでいてくれたものだ。夕方になって帰ろうとする度に寂しいから泣き出すのがあの頃のマユミだった。
「……アユトの存在を完全に忘れていたわ。不必要なことは脳の容量から削除するようにしているから仕方ないわね。容量が無駄になるのは嫌いなの」
どうやら俺との思い出は削除済みの記憶らしい。
「そんなに記憶の容量を圧迫する思い出では無いような気がするけど?」
「そもそも幼馴染気取りをされるのも腹が立つわ。調子に乗らないで」
「ちょっと待て! 幼馴染なのは本当だろうが!」
「じゃあ私の好きな所を十個言いなさい」
好きな所を言えたら幼馴染だなんて子供の発想かよとは死んでも言えない。マユミからの言葉の報復が飛んでくる。俺は勇者ではない。自らを犠牲にして立ち向かえる勇気もない。
吐息をついた俺は思いつく限りマユミの長所を並べることにした。
「可愛い。綺麗。実は泣き虫。優しい所もある。努力家。仕事が出来る。かっこいい。才能がある。自信家は人見知りの裏返し……」
マユミの良い所を言うと何だか虚しくなってきた。
マユミの輝かしい経歴を妬む様になったのはいつからだろうか。昔は何も考えずにマユミと笑いあえるだけで楽しかったはずなのに今は違う。
マユミは努力して今の地位を勝ち取ったのは分かっている。マユミが変わったのではない。俺が純粋では無くなったのだ。本当に俺は情けない男になった。
「抱きしめたい、興奮する、大好きが入ってないのはなぜなのかしら?」
「……はいはい。俺が興奮する抱きしめたい大好きな女性ナンバーワンですよ」
「えっ……そう……別にアユトが勝手に大好きになるなら私は構わないのだけれど……」
「どうした? 何か言ったか?」
少し落ち込んでいるとマユミのぼそぼそとした声を聞きのがしてしまった。
「やはりアユトは私の幼馴染を名乗る資格が無いと言ったのよ。幼馴染を今すぐ返上して頂けるかしら?」
「いやいや。そもそも誰に返上するんだよ……」
誰からも認められて信念を貫くマユミが心底うらやましい。
マユミの長所を口にすることにより、これが俺の本心だったのだなと気づかされてしまった。
なぜマユミとこれほどまでに差が付いたのだろうか。
今の俺はマユミと対等ではないのが真実だった。




