第14話 好意を寄せている
俺の前で腰に手を当てて仁王立ちする初登場の真中葵のポケットからは小さな熊のぬいぐるみが顔を覗かせている。
真中葵は可愛いぬいぐるみ集めが趣味である。
設定としては俺と佐伯裕樹との幼馴染。小さい頃からずっと仲良く過ごしていて今に至るというのがこの世界での設定だ。客観的に見ると仲良し三人組と表現が出来る。
真中葵は目じりが少し上がっているが威圧的ではなく可愛いというよりより美人な容姿をしていた。他の同年代より大人びて見えるのも特徴だ。赤みを帯びた茶色の髪をポニーテールにして全体的に健康的な印象を受けた。ハキハキと喋る口調も性格を表している。
情報では可愛い物がたまらなく好きらしく、美人な顔立ちとは対象的に幼い少女のような一面があるようだ。
「どんだけあんた達を探したと思ってんのよ。まだこの学校に慣れてないから探すのに疲れた……私の体力を無駄遣いさせないでよね」
「お疲れ様。それより俺やアユトに用事でもあったのか?」
「あんたらとクラスが一緒になったからこれからよろしくって言いたかったの!」
真中葵は頬を膨らまして子供のように拗ねる。美人な顔立ちであるが内面はやはり可愛い女の子だなと俺は感じた。
そうだったのかと適度に驚きを見せた佐伯裕樹と俺は交互によろしくと真中葵に声をかけた。
三人一組となった俺達は自分の在籍する教室に入る。
それぞれの席順は黒板に書かれていたので学校側に指定された席に向かった。クラスの席はあらかじめ主人公の両サイドにヒロインが位置するように俺が決めていた。
「出雲さんは同じクラスだけじゃなく席も隣なのか。あらためて。一年間よろしくね」
佐伯裕樹は予定調和のようにすでに隣に腰を下ろす出雲かなでに気さくに声をかけた。自然な口ぶりは相手に安心感を与えている。
「はっ、はい。よっ、よろしくお願いします。あっ、あと先ほどはありがとうございました。きっ、きちんとお礼を言わなくて……すみません」
正面に向いていた身体をわざわざ隣の席に腰掛ける佐伯裕樹の方へ向けると、足の膝と胸を引っ付くほど座っている状態で深くお辞儀をした。
そこまでされると困るだろうなと俺は主人公のすぐ後ろの席で見守っていた。俺の席は主人公の後ろに位置する。
「そこまで感謝されることなんてしてないよ。だから顔を上げてくれないかな?」
佐伯裕樹は周りを気にしながら想像通り困ったように笑う。周りから見れば主人公がヒロインをいじめているのだと勘違いされてもおかしくない構図となっていた。
真中葵は主人公の姿を机に頬杖を付いて薄目で眺めている。あからさまな不快感の視線には気がつかない出雲かなでは「すっすみません」と謝罪の言葉を述べて、急いで上半身を起こした。
「裕樹。入学早々にナンパしてんじゃないわよ。確かにその子が可愛いのは認めるけど……部屋の棚に飾りたいって気持ちは分かるけど……」
「勘違いするな。決してナンパじゃない。出雲さんとは今朝から色々あってな……あと出雲さんをぬいぐるみ扱いしないでやってくれ」
今朝の事を思い出したのか佐伯裕樹は少し照れたような表情が見え隠れする。
佐伯裕樹の様子からを今朝の失態を思い出したであろう出雲かなでは、自分のスカートにしわが出来るほど強く握り締める。
「……あんた。こんな無垢な少女に何をしたのよっ!」
出雲かなでの素振りに異変を感じた真中葵は驚き半分嫉妬半分といった表情で佐伯裕樹に迫った。続いて佐伯裕樹の両肩を上下左右に乱暴に揺らし始める。
「何があったのか今すぐ教えなさいっ! 絶対に教えなさいっ!」
「ちょっと待て! 何もない! 何もないから揺らさないでくれ!」
「何もないならなんでその子が顔を赤らめているのよ。可愛さが増しているじゃない!」
「登校中に転んでいた出雲さんと出くわしたんだ。転んだ拍子に下着が丸見えになったから出雲さんは恥ずかしいんだろう。見てしまった俺も何だか悪いことをしたなと思っている!」
何を馬鹿正直に説明しているんだ主人公。被害が増すのが分からないのだろうか。
「下着を見たですって! 変態! どんな可愛い下着だったのよー!」
遊園地の絶叫マシーンのように身体を揺らされている主人公。
ラブコメの主人公も大変だなと同情しながら真中葵の追及に心で答える。
ピンクの下着だった、と。
「葵。そろそろ止めないと裕樹が可哀想だ。首の骨が折れてしまうかもしれない」
意識を失いかけている被害者に俺は助け舟を出した。
ホラー映画のような光景を隣で見ているだけしかできない出雲かなでは、葵の狂気に驚きを隠せない様子だ。
「あっ、ごめん。つい興奮して……」
我に返った葵は我に小さく謝罪しながら動作を止めた。どうやら真中葵の狂気は霧散してようだ。
「大丈夫だよ葵。おかげで首のこりが少し和らいだ気もするし……」
こいつは怒りというものを知らないのだろうか。苦笑いで自分の肩に手を置いている佐伯裕樹に疑問を感じてしまった。
「すっ、すみません。私が転んだので心配して駆け寄ってくれたんです……そっ、それだけです……」
出雲かなでの主張により、真中葵はそれ以上に何も追求しなかった。どうやら完全に頭が冷えたらしい。佐伯裕樹はくたびれたの深い息を吐いた。
仕事のファイルによるとこの二人のじゃれ合いは昔からだと記載されていたはずなので、佐伯裕樹はいつものことと慣れているのかも知れない。
場が落ち着いた所で真中葵は自分の胸に手を置いた。
「私は真中葵。これから一年間よろしくね出雲さん」
「こっ、こちらこそ! よろ、よろしくお願いしますっ!」
ハキハキと話す真中葵に出雲かなでは視線すら合わせない。視線を逸らしながら深々と頭を下げている。
「本当に出雲さんって同い年とは思えないほどの可愛いさね。抱きしめたくなる!」
両手を絡めて出雲かなでを見つめる真中葵に佐伯裕樹が何気なく答えた。
「さすが葵は可愛いものに目がない。可愛い所はお前も一緒だけどな」
「なっ! 何を馬鹿な事を言ってんのよ……とりあえずあんた。間違っても出雲さんに手を出さないように……可愛いが汚れるから」
爽やかに微笑む佐伯裕樹に妙に照れた真中葵が小さく呟いた所で教室の扉が開く。
続いて教師役の演者が登場して席に座れと指示を出した後に教師は自己紹介を始めた。
俺はそれを聞き流しつつ、真中葵の方へ目を向ける。
やはりファイルに記載されていた真中葵のプロフィールに間違いはない様子だ。
真中葵の佐伯裕樹に対する雰囲気は俺と接する時と違うように感じられる。佐伯裕樹の親友だからついでに俺と仲良くしているといった印象を受けた。
ついでに仲良くというのは少し悲観的過ぎるかも知れないがヒロインのプロフィールが当たっているようなので俺はひとまず安心する。
主人公の好きな食べ物や、ヒロインの好きな色など、あまり必要性の無い情報とは違いこの物語では重要となる情報がある。
情報とは、真中葵は佐伯裕樹に好意をよせている、だった。




