第13話 二人目のヒロイン
学校に着くと入学式の会場となる体育館に足を運んだ。
まずは自分の指定されている席に腰を下ろす。周りを見渡すとはしゃいでいる男子、顔見知りと意味のない雑談を交わしている女子が騒いでいた。
脇役ランクCに所属している生徒達はさすが脇役のプロといった所だ。本来彼ら彼女らは友達でも何でもない。数日前に初めて顔合わせた程度なのだ。
学校という空間に全く違和感がない。見事に学生を演じきっていた。
生徒役の中には二十歳を超えている者もいるのだが誰が高校生でないのか見ているだけでは分からなかった。
座席にゆったり座りながら生徒達を観察していると、後ろで無意味な雑談をしていた女子生徒が俺の存在に気づいた。
女子生徒は律儀に立ち上がると「おはようございます」とこちらに向かい一礼する。彼女の様子に気がついた他の演者達も次々に俺に向かって挨拶をしてきた。
この物語の現場監督である俺に挨拶してくるのは当たり前なのだが、ここまで大勢の人数に挨拶をされると嬉しい反面、正直鬱陶しかった。
あまり注目されるのが苦手だ。ランクAの憂鬱な部分が少し分かったような気がする。
「挨拶はもういらないから演技に戻ってくれ」
はいと短い返事をした演者達は再び物語の世界へ。そんな演者達を少しの間眺めていると誰かが俺の肩に手を置いた。最重要人物の目の前で俺も自分の役柄に集中する。
「アユトは先に着いていたのか。春休みは楽しく過ごせたか?」
爽やかな笑みで声をかけてきたのは佐伯裕樹だった。
この物語での軸となる人物。つまり主人公だ。
「春休みは何もしていないよ。お前と何日か遊んだくらいだ。それより式が始まる寸前なのに今着いたのか? お前みたいな真面目な優等生が時間ぎりぎりに来るなんて珍しいこともあるんだな」
時刻は入学式開始時刻二分前だ。冷やかした俺に腹を立てない佐伯裕樹は後頭部に手を添えながら爽やかな笑みを見せる。
「まぁ登校中に色々あってな。だけど間に合ったのなら問題はない」
今朝のことを思い出しているのであろう佐伯裕樹は当然のように俺の隣に腰を下ろした。
俺の役割は佐伯裕樹の親友だ。小、中、高、とすべて同じ学校に通っていた幼馴染という立ち位置である。
佐伯裕樹は俺のことを何でも知っているし、俺もこの男のことを何でも知っている、という設定なのだが俺が実際に主人公と会話をしたのはこれが初めてだった。
この物語の世界では親友を演じなければならない。つまり気安く話しかけてくる初対面の相手に心をすぐに開かなくてはならない。
物語の上では二人は昔からの幼馴染だからだ。脇役の力の見せどころでもある。
このように脇役の演者達は実際にはこの世界に数ヶ月しかいないのだが、主人公とヒロインには何年も前から親友が存在しているという記憶がある。
主人公達の記憶に差異がないように俺たち脇役は辻褄を合わせる為、この世界の情報を事前に頭に叩き込まなくてはならない。
予定通り本物の佐伯裕樹と接触した所で入学式が静かに始まった。
そして入学式が終わると佐伯裕樹とクラス分けを確認するために学校の玄関口に向かう。
佐伯裕樹はクラス分けに興味があるのか瞳を輝かせながら展示版を見つめていた。対象的に俺は全く興味がなかった。誰がどこのクラスに所属するのか、どこの席に座らせるのかを決めたのは俺だからだ。
「おっ。アユトと俺は同じクラスじゃないか」
「そうらしいな。本当に裕樹とは縁がある。ここまでくれば運命を感じてしまうほどだ」
自然な笑顔で佐伯裕樹の背中を叩いた。主人公は思ったより筋肉質だなと全く別の事を考えてしまう。
「アユトは大げさだな。だけど同じクラスになれた事が嬉しいのに変わりはない。アユト。これからも仲良くやっていこうな」
明るい声に喜びを混ぜる佐伯裕樹はこちらに向って微笑んだ。会話の流れとして喜んだ方がいいだろう。この場面で喜ばない親友などいない。
「俺も嬉しいよ。このままの調子なら大学も裕樹と一緒かもな」
「高校に入学したばかりでもう大学の話か? アユトと同じ大学か……悪くない。だってお前といるのは楽しいからな。まぁ先の話はこれからだ。とにかく高校生活もよろしく頼むよ」
佐伯裕樹は俺に手を差し出した。握手を求めているようなので迷わずに握手を返す。
優しい笑顔、裏表のない性格、友達思い、馬鹿正直。俺は出会って間もない主人公に好印象を抱いた。
魅力的な主人公と固い握手を交わしていると視線の端でもう一人の重要人物を確認する。
人ごみの奥で自分のクラスを確認しようと背伸びしている人物がいる。人ごみが慣れていないのか、それとも自分の名前が探し出せずに焦っているのか分からないが悪目立ちするほど挙動不審だった。
下唇をかみ締めている様子から泣き出しても不思議ではない。困っているのは明らかだ。
「どうした。何をそんなに見ているんだ……あっ、あの子はたしか……」
俺の視線の先を追った佐伯裕樹の行動は早かった。人混みをすり抜けて彼女との短い距離を詰めたのだ。
「ここにいるって事は君も同じ新入生だったんだ。俺は佐伯裕樹。同じ新入生だね。よろしく」
二人の邪魔にならないように佐伯裕樹の後ろで見守っていると、佐伯裕樹は握手をしようと彼女へ片手を差し出していた。
今朝のあの出会いの後でよくそんな軽々しく話しかけられるなと感心してしまう。そして俺は預言者ではないが、この後の出雲かなでの行動を予知することが出来た。
「あっ……あっ……」
出雲かなでの白い素肌は桜の花びらのように頬を染めていく。足を震わせて今にも逃げだしそうな挙動に俺は吐息をつく。
やっぱり。予想通りすぎて面白みがない。また逃走劇の繰り返しなのだろうか。
「恐がらなくていいよ。君は自分のクラスを確認するために来たんだろ。俺が確認してあげる。君の名前を教えてくれないかな?」
佐伯裕樹は落ち着いた優しい口調で彼女に問いかける。すると出雲かなでは逃げ出しそうな両足は固定してかすかに唇を動かした。
佐伯裕樹の背中に立つ俺は周りの生徒による雑音で聞き取ることが出来なかった。まぁ聞こえなくても自分の名前を口にしたと予想は出来る。
二人の空気は悪くはない。むしろ佐伯裕樹の人柄で出雲かなでが落ち着きを取り戻している。さすが主人公だなと俺は頷きながら感心してしまった。
これは出雲かなでが主人公に惚れるのも時間の問題かもしれない。誰が見ても主人公の親切心はきっと出雲かなでにとって好感触に違いないと思ってしまうからだ。接近させればすぐに恋に発展するかも知れない。これは今後のプランを練り直す必要がある。
出雲かなでの名前を聞き入れた佐伯裕樹は掲示板に目を凝らした。
そして佐伯裕樹は出雲かなでに向って微笑んだ。いや見つめているといっても過言ではない。
「俺達と同じクラスだ。よろしく出雲さん。あと今朝に転んだとき怪我とかなかった?」
「だっ、大丈夫です。あの……私はこれで……失礼します」
出雲かなでは深く腰を折ると人ごみの外へと駆け出した。どうやら恥ずかしくて逃げ出したようだ。
「そろそろ教室に行くぞ」
俺が声を掛けると佐伯裕樹と共に人ごみを離れ教室へ向かう。
教室までの雑談としてなぜ知らない女の子を手助けしたのかを聞いてみる。親友を演じている俺の質問には冷やかしが大部分を占めていた。ナンパをする人間だと思わなかったと口にすると佐伯裕樹は困ったように首を振った。
「あの子は今朝に会ったんだよ。だから合うのは二回目になるのかな」
会うのが二回目なのは知っている。なんせ現場にいたからな。今思い出しても出雲かなでのドジっぷりに呆れてしまう。
真実を知らない佐伯裕樹は言葉を続けた。
「あの子が困っている様子だったから話し掛けただけだよ。別にそれ以上でもそれ以下の意味でもない。とにかく手助けが出来てよかった」
本当に主人公はいい奴だな。このままの調子で出雲かなでにとって王子様的な存在になって欲しいものだ。そもそもヒロインの彼女に主人公を好きになってもらわないと物語が破綻してしまう。
いや、破綻は大げさかもしれないが俺のラブコメ構想に支障が出るのは間違いない。
「一つ質問をしていいかアユト」
「どうした?」
「もしかして彼女を知っていたのか?」
「いや知らない子だ。どこの中学から来たのかも分からない」
いきなりの質問に俺は間を置かずに淡々と答える。
「そうか」と発した佐伯裕樹の表情は言葉とは逆でまだ納得のいかない顔をしていた。
あまり深く考えられると面倒なので俺はすぐに話題の方向を変えようしていると背後から声が届いた。
「あーいたいた。やっと見つけた……あんたら存在感薄すぎ!」
「葵か。そんなに慌ててどうしたんだ?」
二人揃って振り向くと目の前には二人目のヒロイン、真中葵が呆れていた。




