第12話 真実は小説より奇なり
放心状態の俺は作戦の失敗によるショックからか出雲かなでの安否など気にする余裕もなかった。初対面の出会いは一度きりだ。一度きりだから初対面なのだ。
「大丈夫ですかっ?」
曲がり角でド派手に転んでいる少女に驚いた佐伯裕樹は急いで地面にうつぶせ状態で倒れている彼女に軽快に走り寄る。
「……すっ、すみません。わっ、私は大丈夫です」
地面に膝をつく佐伯裕樹の両腕によって抱き起こされた出雲かなでは動揺した仕草で素早く立ち上がる。そしてお礼の言葉も口にせずに何事もなかったように歩き出した。
転んだのが恥ずかしかったのか赤い顔を地面に落として歩いている。
挙動不審さが増した出雲かなでが怪我をしていなようなので安心をしたのか、佐伯裕樹は彼女の背中を眺めながら笑みを浮かべる。
「……とりあえず、これはこれで主人公とヒロインの出会いになったのではないでしょうか? 大丈夫ですよアユトさん。こういう何気ない出会いから恋愛は始まると私は思いますよ」
活発が取り得なアイとは思えないほど落ち着いた声で励まされる。
そうだな。アイの言う通りインパクトは無いがこれはこれで一つの出会いの形だ。ただもう少しお色気要素が欲しかった。両者がぶつかると主人公がヒロインに覆いかぶさり主人公の右手はヒロインの胸に、というシナリオを破り捨てた。
こちらの期待を見事に裏切った犯人を睨むと俺とアイが隠れていた電柱を通り過ぎた先で再び段差の無い道で転んだところだった。
向かうべき目的地は同じなので、出雲かなでの後ろを歩いていた佐伯裕樹は先ほどと同じように彼女の元へ駆け寄る。同じ展開を見せつけられた俺は吐息をつく。
この作戦が失敗したことをマユミやあのおっさんに知られるのは嫌だ。といってもそれは無理な話だと分かっているので諦めるしかない。序盤から躓くとは情けない。
物語は始まったばかりだと開き直るよう精神を誘導したいのだが時間が経つにつれて、どんどん暗闇に陥ってしまう。先行き不安だ。もう悪い予感しかない。
「アユトさん……アユトさん! あれを見てください!」
少し卑屈になっていると真剣味を帯びたアイの声が耳を貫く。
よく見ると転んだ出雲かなでのスカートが大胆にめくれあがっている。お尻を覆っているピンクの布が見事に披露されていた。
なんて大胆なお披露目なのだろうか。正直、下着が丸見えすぎてチラリズムの欠片も無い。
佐伯裕樹はと言うと駆け寄ったはいいが下着丸出しの出雲かなでを見て顔をさっと快晴の空へ背けていた。決して下着を見ないように努力しながら「大丈夫ですか?」と四つん這いの出雲かなでに片手を差し出している。どうやら立ち上がる手助けをするためらしい。
転んだ張本人は少しの間その手を見つめると、ふいに自分の下着が見えていることに気づく。気づいた瞬間の表情の変わりようは凄まじい。
目を見開き頭から湯気を出しそうなほど真っ赤な顔になっている。
パニック状態に入ったなと俺が判断する頃には、顔を両手で覆い隠してクラウチングスタートで走り去っていった。
俺は出雲かなでの逃亡を眺めながらまた転んだりしないか心配になったが足を絡めることなく過ぎ去っていった。それにしても素早い逃亡劇だ。羞恥心の成せる業なのだろうか。
一部始終を見終えたアイは人差し指を立て落ち着いた声を出す。
「アユトさん。真実は小説より奇なりですね。勉強になります」
こいつは笑いを取りに来ているのだろうか。アイの言葉に対して笑ってやるべきなのだろうか。そもそもこいつは言葉の意味を理解しているのだろうか。
発言の選択に迷っているとアイが痺れを切らした。
「無視しないで下さいよ……とりあえずそろそろ私も中学校に行きますね。アユトさんも早く行かないと入学式に間に合いませんよ?」
腕時計に目をやると俺も学校に登校しなければならない時間だった。すると「じゃあ行って来まーす」とアイはツインテールを揺らしながら軽快に走り出した。アイの華奢な背中に「お前も転んだりするなよ」」と俺は釘を刺してみる。
「ありえませんよ」と笑うアイは少し離れた先で立ち止まり俺の方へと身体を向けた。
「アユトさんなら絶対に大丈夫です! この仕事も今まで通り乗り越えられます! 私は死に物狂いで応援していますから安心して下さいねッ!」
そこまで大きな声で言わなくても聞こえている。
後輩のエールに答えるように俺は苦笑いで片手を挙げた。本当にアイには勇気を貰ってばかりだなと俺も学校へ向けて歩き出した。




